強襲の闇ハンター
「食らって砕けろやぁあッ! ――竜撃羅刹・斬風牙ッ!」
ギィンッ! という金属的な衝撃音が響いた。
それは、騎士チュウタにとって聞き覚えのあるものだった。振り抜かれた剣、あるいは斧の先端が、音速の壁を越えた時に発する音だからだ。
――竜撃戦士! ルーデンスの!?
次の瞬間、バキバキという音を立て、目と鼻の先にあった樹木の幹が砕けた。そして破片と枝葉を飲み込む黒い竜巻が、騎士チュウタ目掛けて襲いかかった。
「くっ……!?」
騎士チュウタは咄嗟にサイドステップを踏み、指向性を持った衝撃波の射線軸上から飛び退いた。そのまま左後方に約5メルテほど跳ね、着地。体勢を崩すことも無く、次の攻撃に備えて身構える。
ズシャァアア……! と、黒い竜巻の刃が騎士チュウタが立っていた場所を破砕。地面を削りながら通過してゆく。
鈍重な重装戦士であれば、避けられなかったであろう一撃だった。しかし騎士チュウタが身に着けているのは、メタノシュタット王国の軍事魔法工房が試作した、『高機動魔導外装』。強化外骨格型のゴーレムが、装着者の反応を先読みし稼働することで、並みの戦士を凌駕するパワーと速度を実現する。
「痛っ……! 操り人形の気持ちがわかるよ」
だが肉体への負荷と反動も大きい。短時間の装着であれば問題はないが、長時間の戦闘は装着者に過大な疲労が蓄積する。
「ほぉ、避けやがったか!? やるな……若ぇの!」
木を踏みつける音と、不快なダミ声が耳朶を打った。なぎ倒された木々の向こうから姿を見せたのは巨漢の戦士。筋骨隆々の男だった。
ハゲた頭に凶悪そうな面構え、不敵な笑みを浮かべながら巨大な戦斧を担いでいる。
「いきなりのご挨拶だ」
「よくみりゃ若造か、偉そうに大層な装備を着けやがってよぅ、余裕ぶってんじゃぁねぇぞ!」
「黙れ。メタノシュタット王国の騎士に対し、刃を向けた狼藉、罰を受ける覚悟はできているな?」
「ゲハハ知るかよ! お上品な騎士さまよぉ? ここは、オレら狩人の縄張りだぜ……! ミンチにされて獣のエサになりたくなかったら、今すぐ失せな。おっと……あの船に三匹居る……竜人、特に小娘を置いてなぁ!」
ニタリと欲望で濁った瞳を後方で控えている船に向ける。そして、騎士チュウタを威嚇するように斧を一度振り回すと、両手持ちの構えを取る。
「成敗する」
「ぬかせ、小僧がぁああ!」
巨漢の戦士は地面を蹴ると、猛然と突っ込んできた。
その巨大さからは想像もつかない俊敏さで、瞬時に騎士チュウタの眼前へと迫る。
二人の体格差は歴然だった。騎士チュウタは170センチメルテの身長があり、決して小柄ではない。だが、相手は全てが二回りほど大きく、まるで子供と大人の勝負に思えた。
ギィン! と刃と刃が激しく激突、火花が散る。
チュウタは、量産型雷神剣・改を両手持ちで構え、応戦する。
「ぬッ……ぐ!」
「オレの斧を受け止めるたぁ……!」
再び、斜めに振り下ろされる戦斧を、騎士チュウタは真正面から受け止めた。ズゥム……! と衝撃波が周囲の地面を破砕する。
「ふぐっ……!」
「潰れちまいなぁ!」
脚部と椀部の外骨格ゴーレムのサポート無くしては、受け止めることは出来なかったであろう。
騎士チュウタは戦斧を弾き返すと、反撃の刃を振るう。二度、三度と向かい合ったまま戦斧と剣が激突し、そのたびに激しい火花が散る。
ギィン! ガギィン……! と鋭い金属音を発しつつ一合、二合と斬り結んだ後、互いに数メルテ後方へ飛び退く。
「ふ、やるじゃぁねぇか小僧ッ!」
「……お前の技、ルーデンスの竜撃戦士の使う技に似ている。だが、下衆な無法の徒が、軽々しく真似事をしていいものじゃない」
騎士チュウタが静かに剣先を向ける。
その赤銅色の瞳には、静かな怒りが燃えていた。
「ハッハァ!? ぬかせ小僧、そのとおり、よくぞ見切ったな。初撃を避けたのは褒めてやらぁ! ルーデンスの技を知っているな? ……そうともよ! 俺ァ、元・竜撃の戦士……! だったがよぉ、メタノシュタットの軍門に下りつまらねぇ国に成り下がっちまったルーデンスとは、オサラバしたのよ。そして、好き勝手暴れられる、闇ハンターになったってワケだぜ! あぁ!? ビビッたか!」
闇ハンター。プルゥーシア皇国が裏で糸を引いている密猟集団だ。ここ数年、ルーデンス王国および周辺の狩猟部族たちと、狩場を巡って対立しているという。
「……よく喋る男だ。森の生活は人恋しくなるのか? それと、お前の自己紹介に興味はない。ネズミの糞より価値がない」
量産型雷神剣・改に放電の輝きが宿る。
「てっ、めぇ……ナメやがって! 殺す!」
巨漢の男が顔を真っ赤にし、全身の筋肉を肥大させてゆく。
ビキビキ……と血管が赤黒く浮き上がる。体内を流れる血液に魔法を仕込んでいる。筋力強化の魔法――魔力強化内装だ。
ドウッ! と周囲の木の破片や木の葉を闘気で巻き上げ、全身にパワーを漲らせる。
筋肉の秘めたる力を全開放することで放つ、竜撃羅刹を更に極大化しようとしているのだ。
「次も避けられると思うなよ、小僧がッ!」
「我が雷の刃、かわす術は無いぞ」
騎士チュウタは剣を水平に構え、静かに息を整える。
互いの距離は10メルテ。先に放ったほうが確実に相手を倒せる、必殺の間合い。
だが――次の瞬間。
対峙する二人を割るように、一条の光が空間を切り裂いた。真っ赤な一直線の光は、巨漢の闇ハンターが両手で握って振り上げた戦斧に、吸い込まれるように突き刺さった。
「な……ぁ!?」
ジ、ジジ……ッ! という僅かな振動音を伴い、戦斧が赤から黄色へ、そして眩いばかりの白色へと輝いたかと思うとドロリと融解。
「ぁ熱ッっあああ!? ギィヤ……ァアアアアアアッ!」
溶けた鉄が溶岩のように流れ出し、闇ハンターの頭上から降り注いだ。ドロリとした赤い溶鉄が両腕にかかり絶叫する。
焼け焦げる嫌な音と、巨漢の男が地面をドタバタと転がりながら悶絶する音が響いた。
「アルベリーナ隊長……!」
騎士チュウタが振り返ると、アルベリーナが船から魔法を放っていた。
熱線魔法によるスナイパー射撃は、約100メルテの距離から斧を正確に射抜いていた。
「――超高熱量・指向性熱魔法」
放たれたのは指向性熱魔法だった。
超高熱をピンポイントで放射する指向性を有する熱魔法は、元々は製鉄のための魔法であった。
これを攻撃魔法として対人・対物で用いた場合、特に防御が難しい。高位魔法使いならば魔法結界で防ぐことが出来るだろうが、千五百度を越える輻射熱は防御が困難な代物だ。
「動きを止めただけでも上出来さ。だがね、真正面からバカの相手をするんじゃぁないよ」
「は、はい………」
「あと二人、来るよ」
アルベリーナの魔法通信の通り、森の暗がりから闇ハンターが襲撃してきた。まるで獣のような素早い身のこなしで、騎士チュウタに剣を振るう。
「ギ、ヒヒッ……!」
ガッ、ギギギン! と、瞬きほどの間に四連撃を叩き込まれる。
「こいつ、速いッ!?」
<つづく>




