調査母船『方々(ホウボウ)号』への帰還
「まだ続けるかい? 仲間は生きてる。今なら助かると思うけど」
騎士チュウタは魔法剣を構えたまま、残ったロシトーフに向かって忠告する。
互いの距離は10メルテ以上離れているが、若いハンターが仕掛けてくる気配はない。
ロシトーフからやや離れた場所には、仲間二人が倒れていた。電撃とプラズマを浴びて失神し地面に倒れ伏している。
「雇われた身だから、割に合わない仕事はしない主義なんだ」
若いハンターロシトーフは分厚いコートの下に湾曲した剣を収めると、近くに倒れていたリーダー格のビエリアに水筒の水をかけて目を覚まさせた。
「う、ぐ……?」
最初に電撃を浴びたほうは目を覚ます気配がないので、二人がかりで抱えて帰るしかないだろう。
「退散させてもらうよ」
「賢明だ」
「残念だけど、あの異形は諦める。いい素材として高く売れるんだけどね」
森の木々の向こうで、ゆっくり遠ざかってゆくレギュオスカルが見える。生態系の一部になった魔法生命体を、若いハンターは名残惜しそうに見送る。
「レギュオスカルで満足しておけば痛い目を見なかったな」
チュウタは、ハンター達がプラムを狙ったことが赦せなかった。しかしこれ以上、私怨による攻撃は騎士の品位に関わる。
「……その娘さんには申し訳ないことをしたと思っている。『竜人には手を出すな』っていうのはプルゥーシア・ハンターの掟なんだ。……宝石を目の前に我を忘れちゃった先輩たちは……当然の報いかもしれない」
ロシトーフは、苦々しい思いで胸の内を明かしたのだろう。
「この森はメタノシュタット王国の領域である。すべての資源と住民を我々が保護し、管理する権利を有している」
これに対し、騎士チュウタは淡々と事務的な口調で応じる。立場上、言っておかねばならないといった感情がみてとれた。
「……プルゥーシアの狩人だって生活していかなきゃならない。ルーデンスに先住民、それにカンリューン公国まで。いろんな勢力が入り乱れる古き森には、縄張りと『暗黙のルール』があるんだよ。……新参のメタノシュタット騎士様の言うことに異論はあるけれど、電撃を浴びたら堪らないや」
また主張をぶつけ合えば争いになるだけだ。この場は手仕舞いが賢明だ。言いたいことを言い合ったところで、お互いの面目は保った事になる。
「もう……いい、ロシトーフ退くぞ」
苦痛に顔を歪めるリーダー格のハンターはヨロヨロと立ち上がると、ロシトーフと共に髭男を抱えて退散してゆく。
騎士チュウタは、プラムの三輪馬車に近寄ったところで魔法剣を腰のホルダーに収めた。
「今日の調査はここまでかな。帰ろう、プラム」
「はいなのですー。後ろにどうぞー」
「え……いいの?」
後部座席にチュウタを乗せたプラムがゆっくりとハンドルを回すと、ギュルンと魔導機関が息を吹き返した。
「落ちないように掴まっててくださいなー。あ、背中の羽じゃなくて腰を掴んでくださいー」
「こ、こう?」
プラムの背後から抱きつくように腰に手を回すチュウタ。
「しゅっぱつー!」
三輪馬車が再び、ゆっくりと森の中を進みはじめた。
◇
キョディッテル大森林の北北西、ハンターとの遭遇現場から1キロメルテ南方――。
鬱蒼とした木々の深緑の茂みの上を、一艘の「舟」が動いていた。
全長12メルテ、幅6メルテほどの木製の船体の上には、小屋のような操舵室が載っている。見た目は漁業で使う船そのものだ。
普通の船と違うのは、そこが海ではなく森の上だということだった。密度の濃い梢の上を、まるで海の上を浮かぶように進んでいる。けれどその船には、帆も水流を噴出する魔法の推進機もついていない。
船底は甲虫そっくりの長い脚が六本。金属製で可動する関節を有している。金属ゴーレムのように、ゆっくりと六本の足を巧みに動かしながら、木々を跨ぐようにして移動している。
――調査母船『方々(ホウボウ)号』
「微速、停止……!」
ガション、ガションと
竜人の娘、アネミィが操縦桿をゆっくりと引き速度を落とす。
森の木々の隙間から、三輪馬車に跨ったプラムとチュウタが見えた。
「あ、きたきた……! よかった」
思わず顔をほころばせるアネミィ。プラムと比べて倍近い大きさの、立派で大きな羽を動かす。床にまで届く長い尻尾が左右に揺れる。
操舵室から三輪馬車を回収するために船体を着底させる操作に移る。
すると、背後のドアが開き黒い制服に身を包んだ美しい女性が入ってきた。浅黒い肌にエルフ特有の長い耳。艷やかで腰までの長さのある黒髪をハーフアップに結わえている。
「あの子たち、デートから戻ってきたかい?」
「アルベリーナ隊長……!」
<つづく>




