プラムと騎士アルゴート
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「プルゥーシアから来るのは、いつも怖い人達ですねー」
プラムは心底あきれたという表情で三輪馬車のアクセルスロットを回す。
ハンドルに取り付けてある回転レバーで出力を開放、車輪が空転しない速度で走り出す。人が走るよりは速いので、通常なら追いつけるはずもない。
だが、振り返ると三人が猛追してきた。
「待てやゴルァ!」
「うー? しつこいですしー」
三方向に別れたハンターたちはプラムを挟み撃ちにするつもりらしい。
『――プラム、そっちの位置は把握してるわ……! 今、彼が行ったから、もうすこしがんばって!』
「おー?」
片耳に装着した魔法道具の音声通信が、援軍の到来を伝えてきた。
「待てって言ってるんだがやヤァ!」
「君、待ってくれないかな!」
左右の茂みから同時に剣を振りかざしたハンターが出現した。左から髭男ヨートル、右側から若いハンター、ロシトーフ。
湾曲した剣をギラリと、これ見よがしに振りかざしプラムの三輪馬車の進行を阻止しようとしている。
「飛び出し危険ですー……!」
前方の開けた道を塞がれた格好になり、ブレーキを掛け速度を落とす。ザザ……ザーッ! と後輪が斜めにスライドし、車体が傾く。
バランスを取りながら車体を立て直そうとした時、ビュン! と矢が背後を掠め飛んだ。
「あーっ? ひどいー!?」
狙いはプラムの腕か脚だったのだろう。幸いにも狙いは逸れたが、背中の羽の一部、被膜を引き裂いていた。
痛くもなんともないが、三輪馬車の車体の姿勢が乱れ、ほぼ真横になって停車してしまった。
「よっしゃぁァ、停めた!」
「いいぞ、ヨートル、ロシトーフ! ひっ捕まえろ!」
矢を放ったリーダー格のピエリアが真後ろから接近してくる。
「待って、この乗り物……!」
そこで冷静に状況を分析、焦って仲間の髭男を止めたのは若いロシトーフだった。
竜人の娘にばかり目が行っていたが、それ以前に、跨っている高度な魔法道具が問題だ。見たこともない魔動車は、高度な鍛冶技術と金属加工、それに魔法技術を組み合わせて製造されたと思われた。しかも車体の横には、小さくメタノシュタット王国軍の旗章が入っている。
「何がマズいってんだァア!?」
仲間が止めるのも聞かず、髭男ヨートルが手を伸ばした。三輪馬車に跨っているプラムに掴みかかろうとした、刹那。
バリィイッ! という鋭い炸裂音と共に、眩い閃光がハンターを直撃した。
「なっ!?」
「雷!?」
「――ギャァ……ファ!?」
真っ青な雷光は、単なる雷撃ではなかった。光はそのまま剣となり、ヨートルの頭上から身体を真っ二つに切り裂いた。そして、更に真横一文字に光の剣が、首を通過――。
十字型の光の剣に切り裂かれたヨートルは、目と鼻、そして口から真っ赤な光を発し、ズシャァアと、その場に倒れ込んだ。
よく見ると首も胴体も切断こそされていないが、十字型に黒焦げになっている。
髭男の首には首輪のような焦げ跡が見て取れた。髪の毛が焼損した頭頂部から顔、そして身体にかけて縦に焦げ跡が走り、そこからブスブスと煙が立ち昇っていた。
「プラム……無事か!?」
「チュウタくん!」
プラムが視線を向ける先、まばゆい光が徐々に弱まると、騎士の輪郭が浮かび上がった。白銀に輝く鎧に、手にしているのは光輝く短剣だった。それらの子細が光が消えるにつれ、徐々に明瞭になる。
全身を銀色の軽甲冑で覆い、背中には鞘に収められたままの大剣を装備している。
右手に握っているのは、パリパリと放電を纏わせた短剣。それは薄い刃が二枚重なっている不思議な構造をしていた。
――量産型雷神剣・改。
量産型の魔法剣として様々な実戦で得られたデータをフィードバック。改良を重ね、放電時の出力増大、戦況に応じた自在な雷撃の発生という特性を併せ持つ軍装備。
「その呼び名はやめてよ、今はアルって名前なんだけどな」
黄金色の瞳に、赤銅色の髪。青年期に差し掛かった少年の面影の残るアルゴート・リハイム。それはかつて、チュウタと呼ばれていた少年だった。
勇者、エルゴノート・リカルの弟にしてイスラヴィア王朝の生き残り。だが今はメタノシュタット王国、特務遊撃戦闘団所属。通称「特戦群」として知られている特務騎士として、辺境調査団の護衛を担っていた。
「ごめんなのですーチュ……じゃなくて、アルくん」
「もう! でも無事で良かった。プラムは一人で先に行き過ぎだよ、ケガはない?」
「ちょっと羽が……」
「――!」
矢を受けて破れたプラムの羽を目にすると、凛然として優しかった表情の中に、憤怒の気配がにじんだ。
髭男が地面に倒れたまま煙を立ち昇らせ、時折ビクンビクンと痙攣している。
「死んだのですー?」
「いや。低出力の雷刃で体表を斬りつけた。表皮幅1センチメルテは黒焦げだとおもうけど」
騎士アルゴートはひゅんっ、と刃渡り50センチメルテほどの短剣を振り払うと、残り二人のハンター達からプラムを庇うように立ち塞がった。
「なっ……なな、なんだお前はぁアア!?」
リーダー格の
ピエリアが、10メルテほど離れた位置から叫んだ。
「密猟者に名乗る名前はないな」
「やばいよピエリア! あの装備……! メタノシュタット騎士、それも特戦群の装備だと思う」
「し、知るかそんなもん! 獲物をここで逃がすわけにはッ!」
リーダー格のピエリアは、若いハンターロシトーフの警告を聞かなかった。強弓を水平に構えると容赦なく騎士アルゴート目掛けて矢を放った。
ビュンッ! と、空気を切り裂く音と共に、矢が騎士アルゴート目掛けて飛翔する。
「チュウタくん!」
「あぁもう、チュウタでいいよ」
チュウタはため息混じりに、手甲に覆われた左手をすっと持ち上げる。
装飾の施された小型の手甲から、弾力のある金属のワイヤーが開放された。ワイヤーは手甲の飾りを中心軸として回転を始めると、瞬く間に高速域に達する。ブウゥン……という振動音を伴って、直径70センチメルテ程の円盤状の『盾』を形成。
――パァン!
衝撃音と共に赤い火花が散った。矢じりが砕け、バラバラになった矢と共に足下の地面へと落下する。
「なっ!? 矢を弾きやがった!」
ピエリアが驚愕する。
「効かないよ、こんなもの」
チュウタは涼しい顔でそう言うと、左手の手甲に生じた円形の盾を停止させた。ワイヤーはすぐに元の位置に格納され、瞬時に小型の手甲に戻っている。
――『銀鏡の盾』。メタノシュタット王国騎士団、それも特戦群の騎士にのみ支給されている魔法道具の装備品。飛び道具への防御兵装としてはもちろん、魔法攻撃への防御手段でもある。
「う、嘘だろ……! 魔獣の甲皮さえ貫通する強弓だぞ!」
ピエリアの顔が困惑と恐怖とで歪む。汗をダラダラと垂らし、口元にはだらしない笑みのようなものさえ浮かべている。
「それを、お前はプラムに放ったのか」
「ヒッ!?」
チュウタは、右手に握っていた量産型雷神剣・改を一閃。左下から右斜め上へ振り上げた。
半月の、目も眩むような光の円弧が太刀筋に沿って放たれた。それは青い雷光を伴って、光のような速度で空中を飛翔、ビエリアの胸を撃った。
「ふぁッ!? ごぁあああ……ッ!?」
口と目から、燃えるような真っ赤な光を放つ。ピエリアは悲鳴を発しながら、真後ろへ吹き飛んで木の幹に激突。ズルズルと崩れ落ち、倒れ込んだ。
――飛雷刃。通常は剣の刃先に沿って形成し、切れ味を増すための高温プラズマ皮膜。それを魔法によって形状を維持しつつ、刃のように射出する機能。有効射程距離はおよそ8メルテ。ハンターの立っていた位置ならは威力は減衰し、致命傷にはならないだろう。
「血液が沸騰する苦痛は、プラムを傷つけた報いだよ」
「チュウタくん……!」
「あっ……と、僕は騎士だから『メタノシュタットの領域を侵す賊には、当然の報いだ!』かな?」
プラムに向き直り、白い歯を見せて微笑む。
どうも騎士としての振る舞いが板についていない、そんな感じのチュウタだった。
<つづく>




