キョディッテル大森林の探検隊(その1)
★おまたせしました、新章突入です!
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キョディッテル大森林の北北西、最深部――。
王都メタノシュタットから北へおよそ500キロメルテ北方。ルーデンス王国を懐に抱くパルノメキア山脈を越え、極北の地プルゥーシアに至る広大な森の中。
天頂近くに昇った太陽が、暗い大森林の奥まで照らしている。
鬱蒼とした木々の隙間を縫うように、馬を模したような三輪の乗り物が進んでゆく。
ポポポ……と、沸騰した熱湯がポットの蓋を揺らすのに似た、連続的でリズミカルな音が森に響く。
簡易的な革張りの椅子、前輪がひとつと後輪がふたつ。黒い樹脂でコーティングされた車輪と、車輪を支える車軸で構成されたシンプルな形状が特徴の、魔法の三輪馬車。
去年、メタノシュタット王国軍の軍事魔法工房が開発、先行量産した数十台のうちの一台だ。
座席の下には動力を生み出す小型の『魔導機関』と『高密度魔力蓄積機構』が収められている。車輪を回転させることにより、馬の半分ほどの速度ではあるが、安定的な速度で、およそ一刻半(約90分)ほど走行できる。
「よっ……と!」
小さな木の根を乗り越え、森の中を慎重に進んでゆく。操っているのは少女の面影を残す半竜人だった。背中から生えた羽は小さな翼竜に似て、腰から伸びた尻尾も小さいながら竜のそれに近い。きりりとした表情で前を見つめる瞳は赤く、ポニーテールに結わえた緋色の髪がなびいている。
車体が大きく傾くが、重心を移動させながら上手くバランスをとり進む。
車輪を支える車軸には金属製のバネが取リ着けられており、不整地走行の振動を吸収、車輪が地面から離れないようにしている。方向を決める前輪の操作は、馬の手綱を操る感覚だ。
ハンドルを握る半竜人が身につけているのは黒い革製のスーツ。胸と肩、膝には軽金属製のプロテクターが縫い込まれている。
『――プラム、あまり本隊から離れないでね!』
耳元に装着した魔法の通信道具から声が聞こえてきた。
竜人族のアネミィの声だ。
「大丈夫ですよー。もう少し先に気配があるのでー」
プラムは三輪馬車のハンドルを握りながら、身体を右に左に傾けては、ゆっくりと狭い木々の間をすすむ。
森の中などの狭く凹凸の多い場所、馬か徒歩しか移動手段は無かった。しかし徒歩では遅すぎるし、馬は不意の魔物の出現などに驚いて、使い物にならない場面が出てくる。
二足歩行が得意な陸生の翼竜を使う手もあるが、希少で馬よりも扱いにくい。そこで考案されたのが三輪馬車。森のなかの移動手段としては実に頼りになる。
『――地元の猟師さんの話だと、見たのは三日前よ、もう見つかりっこないわ』
「ですかねー。私はなんとなく、会える予感がするですけどー」
肩甲骨から分岐する竜のような羽
と、腰からすっと伸びた竜の尻尾でバランスを取り、倒木を乗り越える。
『――無理しないでいいよ。私達、ルーデンス王国調査隊は、安全第一だからね!』
「わかってるですー」
キョディッテル大森林は、狩猟を生業としている少数部族たちの聖地でもある。だが、深く暗い森の最深部は、人知れず蠢く未知の魔物と、太古よりひっそりと息づく野獣や魔獣が跳梁跋扈する危険な地でもある。
この数百年もの間、好奇心で足を踏み入れた冒険者や、魔物や野獣の生態を調べようとした研究者、違法に狩りを試みるハンターの命を飲み込んできた。
この地を治めるルーデンス王国は、狩猟を生業としている少数部族たちの統治者でもあり、聖地であり糧を得る場であった森に関して、体系的な調査や研究はなされていなかったのが現状であった。
しかし今や、実質的にメタノシュタット王国の保護国である。
世界樹をはじめとして、この北方の大森林、南方に広がる亜熱帯の森に至るまで、膨大な森林資源や、魔法新薬の原料、魔法の新素材を求め、活用しようという動きが。
その為学術的、体系的な調査が急務となっていた。
と、プラムがブレーキを握りしめて三輪馬車を停めた。
「……あれだったりー?」
緋色の虹彩が見つめる先、森のなかの開けた場所に見慣れない魔物が、居た。
全身を覆う外骨格、黒光りする半昆虫人にも見えなくもない。しかし、二足歩行ではなく、四足歩行。昆虫のような六脚とも違う。
「どう思いますー、ググレ・スライムさまー」
「……キュ」
プラムが囁くと、胸の谷間から、小さな館スライムが顔をのぞかせた。
<つづく>




