素敵なググレカスからのプレゼント
「僕にプレゼント……ですか!?」
パドルシフ少年は、信じられないという表情を浮かべている。
「そうさ、賢者からの特別な贈り物だよ」
――賢者様からのプレゼント。
世間一般ではこんなふうに聞くと、さぞかし凄い魔法の品か、あるいはスペシャルハッピーな魔法をかけてくれるのでは……と思うだろう。
「幸運。良かったですわね、パドルシフ」
「う、うん!」
メイド姿のロベリーが自然な笑みを浮かべ、パドルシフの両肩にそっと手を添える。付き人というよりも保護者、姉のような感じに見える。
「賢者ググレカス、勿体ぶらずに差し上げてくださいまし!」
「そうだな、では発表するぞ……ダラララ、ジャーン♪」
俺は執務室の机の中から、チケットを2枚取り出した。
「チケット……ですの?」
妖精メティウスがふわりと飛びながら、2枚のチケットを覗き込む。
手のひらに隠れる大きさの厚紙には何も印刷されておらず、王都メタノシュタットの刻印だけが押されている。
本来は印刷を行う魔法道具を通し、魔導列車の乗車チケットに使う特殊な紙だ。刻印自体が偽造防止のために特殊な魔法が仕込まれている。世界樹と王都を往復するためのチケットは、今時点では高価なのが玉に瑕だが。
「まぁ見ていなさい。ここからさ」
手をかざし魔力糸で魔力を注ぐ。すると、ジジ……ジと振動するような小さな音と共に、文字が浮かび上がった。
俺は完成した特製のチケットを、パドルシフとロベリーに手渡した。
「これ……って? え!?」
「驚愕。凄いものですわ……!」
二人はチケットに書かれた文字を見て、目を丸くした。
――賢者の館、スペシャルご招待券。遊覧飛行クルーズ、一泊二食つき!
「そう! 我が神秘なる賢者の館へ2名様、ご招待!」
「まぁまぁ、そういうことですか……、うふふ」
妖精メティウスが俺の肩に座ってほほ笑みを浮かべる。
「数々の魔法と神秘に彩られた秘密の館、多くの魔法使いたちが望んでも門前払い! そんな私邸にご招待しちゃうぞ!? そして、ディナーを楽しみながら遊覧飛行! 行き先は王都だろうが、砂漠のイスラヴィアだろうが、南国のマリノセレーゼだろうが……お望みの場所へひとっ飛びさ」
両腕を高々と掲げ、フッハハハと笑い声を漏らす。
「うわぁああ!? 凄いや! ね、ロベリー!」
「困惑。本当に良いのですか?」
「勿論だとも、希望日はいつでも良いが、事前に連絡をくれると助かるな」
「はい! ありがとうございます!」
パドルシフはチケットを大事そうに握りしめ、笑顔で礼を言った。
「何処に行きたいとか、ご希望はあるのかしら?」
妖精メティウスがひらひらと飛んで、少年の眼の前で右と左を交互に指差す。東か西か、希望があればどこでも構わないのだが。
僅かに唇を結んで考え込んだパドルシフは、やがて意を決したように、俺に真っ直ぐに瞳を向けた。
「リッヒタリア王国に行ってみたいです」
「リッヒタリア……?」
「はい。病気が治ってから、一度も故郷に帰っていなくて……。お父さんのこと、以前暮らしていたお屋敷に戻れば、なにか思い出せるかもって……」
「難題。それは、とても難しいのです」
ロベリーは困惑しきり。確かに故郷にはもう戻れない事情がある。パドルシフがどこまで知らされ、理解しているかはわからないが。
「そんな……。賢者さまでも無理なのかな?」
「うーむ………」
ストラリア諸侯国連合のリッヒタリア王国。それはパドルシフの父、公爵であるオートマテリア・ノルアード公爵の故郷でもある。
世界でも最も古い血脈を持つ王が支配し、独特の古い魔法体系を伝える、西方の小国家。そこに行くのは少々遠い上に危険が伴う。
俺は、返答に迷う。
ノルアード公爵は、魔法の力と公爵家としての莫大な富を背景に、さまざまな策謀を巡らせて暗躍した。メタノシュタット王国への使者として国を訪れた奴は、諜報工作員のような存在だった。王城での初顔合わせ以降、幾度か対立したりもした。
ストラリア諸侯国連合に根を張る魔法使いの秘密結社、ゾルダクスザイアンとの繋がりもあったと云われていた。
策謀、工作を行って、メタノシュタットから世界樹やそこに隠された太古の遺物、秘宝を奪おうとした。しかしその全てが病で仮死状態となっていた息子――パドルシフを蘇らせるためだった。
魔法秘密結社ゾルダクスザイアン壊滅後、メタノシュタット王国との関係改善を望んだリッヒタリア王国は、オートマテリア・ノルアード公爵を逆賊として追放した。
メタノシュタット王国は、類まれなる才能を持つその男を、魔法顧問として密かに雇入れ、とある目的のために働かせた。すなわち――メタノシュタット王城周辺に点在していた謎の極小亜空間、『バブル・アブソーバ』の探索である。
仮死状態から魂が遊離し、いよいよ死が間近に迫っていた息子の魂魂は、バブル・アブゾーバに囚われていた。
危険でリスクの大きな探求は、結果的にオートマテリア・ノルアード公爵にとって、息子の魂を探す旅路でもあったのだろう。
やがて、復活の糸口を見つけたオートマテリア・ノルアード公爵は、ある方法にたどり着いた。
竜人の血による、生命力の注入である。
人造生命体であるプラムを生み出した一滴の血。その無限の可能性を秘めた魔力に、ノルアード公爵は目をつけたのだ。
だから、俺は戦わざるをえなかった。
プラムを守るため、そして竜人たちの村を戦禍に巻き込まないために。
オートマテリア・ノルアード公爵は『古の魔法』の力を全力開放。
ゾルダクスザイアンの残党と共に、巨大な竜――アークドラゴンの群れに変身し、王都の北側の平原で俺と激突した。
いや、正確には俺と仲間たち――レントミアをはじめとした王国の魔法使いたち、『量産型雷神剣』を擁する騎士団、そして新型ゴーレムを要する王国軍。
そしてイスラヴィア王家の宝剣『雷神の黎明』を手にしたチュウタ――アルゴート元王子も参戦。まさに総力戦となった。
表向きはゾルダクスザイアン残党軍の掃討戦。
戦いは超竜ドラシリア戦ほどではないにせよ、苛烈を極めた。
最強の名を冠する魔法使いたち十数名が、次々と自らの肉体を触媒に『古の魔法』を発動。
自らを伝説級のドラゴンに変化させ、戦いを挑んできたのだ。
凄絶な死闘を経て、最後は俺とオートマテリア・ノルアード公爵の戦いとなった。
そこで俺は最後の切り札として解析し会得していた『疑似・古の魔法』を発動――。自らを巨大なスライムに変化させ、奴のアークドラゴンを無力化することに成功する。
そこで仲間たちの攻撃の力を借り、なんとか倒すことが出来た。
それが今から3年前。
死の間際、オートマテリア・ノルアード公爵は、命を触媒にした最後の魔法を敢行した。
アークドラゴンに変化させた自らの身体を、更に『古の魔法』を重ねがけすることで、竜人と同等の存在に変化させたのだ。魔法による二段階変化は、元には戻れぬ滅びの術だ。
だが、捨て身の魔法で、彼の最大の願いは叶えられた。
血を自ら絞り出して器を満たし、奴は俺にそれを託した。そして身勝手に息絶えた。
――我が生涯で唯一無二の好敵手よ、息子をこれで救って欲しい……。
そう言い残して。
やれやれだ……。そしてお人好しの俺は、またひとつ禁忌を犯すことになった。
パドルシフが手にしているはずの「赤い丸薬」は、俺が人づてに渡したものだ。
プラムの薬と同じ製法で作った秘薬であり、延命の薬。それは週に一度、一生飲み続けなければいけない命を繋ぐ薬でもある。
だが、パドルシフがこの先、そこそこ健康で過ごせるだけの量は確保できている。
父親の命そのものを絞り出したものだ、などとは決して告げられないが。
だから俺はパドルシフに、こうして目をかけている。見届ける義務があるのだ。
死の淵から蘇ったことで、仮死状態だったころより以前の記憶が、パドルシフには無いらしい。
父のことも、故郷のことも。
ぼんやりとおぼろげに覚えているばかりなのだという。
「リッヒタリアか……少々遠いな。砂漠の国のイスラヴィアのさらに西に300キロメルテもある。空を飛んでも3日もかかるなぁ」
「そ、そうですよね……」
しょんぼりするパドルシフ。
「だが、たとえば、我が館に住み込みで弟子になれば……」
「賢者ググレカス! いけませんわ!」
「痛い!?」
言いかけたところで、妖精メティウスに横っ面を叩かれた。ヘムペローザが手を離れてしまい寂しい今日このごろ。可愛い弟子がほしかっただけなのに。
「南国。そうだわ! 行ったことのない海の国などいかがですか!?」
ロベリーが慌てて提案すると、パドルシフもしばし考え込んで、頷いた。
「そうだね、暖かい国、南がいいな……海が見たい!」
「微笑。それが良いですわ」
<章完結>




