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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆36章 世界樹/ユグドヘイム・オンライン編
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 素敵なググレカスからのプレゼント


「僕にプレゼント……ですか!?」


 パドルシフ少年は、信じられないという表情を浮かべている。


「そうさ、賢者(オレ)からの特別な贈り物だよ」


 ――賢者様からのプレゼント。


 世間一般ではこんなふうに聞くと、さぞかし凄い魔法の品か、あるいはスペシャルハッピーな魔法をかけてくれるのでは……と思うだろう。


「幸運。良かったですわね、パドルシフ」

「う、うん!」


 メイド姿のロベリーが自然な笑みを浮かべ、パドルシフの両肩にそっと手を添える。付き人というよりも保護者、姉のような感じに見える。


「賢者ググレカス、勿体ぶらずに差し上げてくださいまし!」

「そうだな、では発表するぞ……ダラララ、ジャーン♪」


 俺は執務室の机の中から、チケットを2枚取り出した。


「チケット……ですの?」


 妖精メティウスがふわりと飛びながら、2枚のチケットを覗き込む。


 手のひらに隠れる大きさの厚紙には何も印刷されておらず、王都メタノシュタットの刻印だけが押されている。

 本来は印刷を行う魔法道具を通し、魔導列車の乗車チケットに使う特殊な紙だ。刻印自体が偽造防止のために特殊な魔法が仕込まれている。世界樹と王都を往復するためのチケットは、今時点では高価なのが玉に(キズ)だが。


「まぁ見ていなさい。ここからさ」

 手をかざし魔力糸(マギワイヤー)で魔力を注ぐ。すると、ジジ……ジと振動するような小さな音と共に、文字が浮かび上がった。


 俺は完成した特製のチケットを、パドルシフとロベリーに手渡した。


「これ……って? え!?」

「驚愕。凄いものですわ……!」


 二人はチケットに書かれた文字を見て、目を丸くした。


 ――賢者の館、スペシャルご招待券。遊覧飛行クルーズ、一泊二食つき!


「そう! 我が神秘なる賢者の館へ2名様、ご招待!」


「まぁまぁ、そういうことですか……、うふふ」

 妖精メティウスが俺の肩に座ってほほ笑みを浮かべる。


「数々の魔法と神秘に彩られた秘密の館、多くの魔法使いたちが望んでも門前払い! そんな私邸にご招待しちゃうぞ!? そして、ディナーを楽しみながら遊覧飛行! 行き先は王都だろうが、砂漠のイスラヴィアだろうが、南国のマリノセレーゼだろうが……お望みの場所へひとっ飛びさ」


 両腕を高々と掲げ、フッハハハと笑い声を漏らす。


「うわぁああ!? 凄いや! ね、ロベリー!」

「困惑。本当に良いのですか?」


「勿論だとも、希望日はいつでも良いが、事前に連絡をくれると助かるな」


「はい! ありがとうございます!」


 パドルシフはチケットを大事そうに握りしめ、笑顔で礼を言った。


「何処に行きたいとか、ご希望はあるのかしら?」


 妖精メティウスがひらひらと飛んで、少年の眼の前で右と左を交互に指差す。東か西か、希望があればどこでも構わないのだが。


 僅かに唇を結んで考え込んだパドルシフは、やがて意を決したように、俺に真っ直ぐに瞳を向けた。


「リッヒタリア王国に行ってみたいです」


「リッヒタリア……?」

「はい。病気が治ってから、一度も故郷に帰っていなくて……。お父さんのこと、以前暮らしていたお屋敷に戻れば、なにか思い出せるかもって……」

「難題。それは、とても難しいのです」

 ロベリーは困惑しきり。確かに故郷にはもう戻れない事情がある。パドルシフがどこまで知らされ、理解しているかはわからないが。


「そんな……。賢者さまでも無理なのかな?」

「うーむ………」


 ストラリア諸侯国連合のリッヒタリア王国。それはパドルシフの父、公爵であるオートマテリア・ノルアード公爵の故郷でもある。

 世界でも最も古い血脈を持つ王が支配し、独特の古い魔法体系を伝える、西方の小国家。そこに行くのは少々遠い上に危険が伴う。

 

 俺は、返答に迷う。


 ノルアード公爵は、魔法の力と公爵家としての莫大な富を背景に、さまざまな策謀を巡らせて暗躍した。メタノシュタット王国への使者として国を訪れた奴は、諜報工作員のような存在だった。王城での初顔合わせ以降、幾度か対立したりもした。


 ストラリア諸侯国連合に根を張る魔法使いの秘密結社、ゾルダクスザイアンとの繋がりもあったと云われていた。

 策謀、工作を行って、メタノシュタットから世界樹やそこに隠された太古の遺物、秘宝を奪おうとした。しかしその全てが病で仮死状態となっていた息子――パドルシフを蘇らせるためだった。


 魔法秘密結社ゾルダクスザイアン壊滅後、メタノシュタット王国との関係改善を望んだリッヒタリア王国は、オートマテリア・ノルアード公爵を逆賊として追放した。


 メタノシュタット王国は、類まれなる才能を持つその男を、魔法顧問として密かに雇入れ、とある目的のために働かせた。すなわち――メタノシュタット王城周辺に点在していた謎の極小亜空間、『バブル・アブソーバ』の探索である。

 仮死状態から魂が遊離し、いよいよ死が間近に迫っていた息子(パドルシフ)の魂魂は、バブル・アブゾーバに囚われていた。

 危険でリスクの大きな探求は、結果的にオートマテリア・ノルアード公爵にとって、息子の魂を探す旅路でもあったのだろう。


 やがて、復活の糸口を見つけたオートマテリア・ノルアード公爵は、ある方法にたどり着いた。

 竜人(ドラグゥン)の血による、生命力の注入である。

 

 人造生命体であるプラムを生み出した一滴の血。その無限の可能性を秘めた魔力に、ノルアード公爵は目をつけたのだ。


 だから、俺は戦わざるをえなかった。

 

 プラムを守るため、そして竜人(ドラグゥン)たちの村を戦禍に巻き込まないために。


 オートマテリア・ノルアード公爵は『古の魔法』の力を全力開放。

 ゾルダクスザイアンの残党と共に、巨大な竜――アークドラゴンの群れに変身し、王都の北側の平原で俺と激突した。

 いや、正確には俺と仲間たち――レントミアをはじめとした王国の魔法使いたち、『量産型(プロダキュア)雷神剣(サンダガード)』を擁する騎士団、そして新型ゴーレムを要する王国軍。


 そしてイスラヴィア王家の宝剣『雷神(サンダガート)黎明(ホルゾート)』を手にしたチュウタ――アルゴート元王子も参戦。まさに総力戦となった。


 表向きはゾルダクスザイアン残党軍の掃討戦。

 戦いは超竜ドラシリア戦ほどではないにせよ、苛烈を極めた。

 最強の名を冠する魔法使いたち十数名が、次々と自らの肉体を触媒に『古の魔法』を発動。

 自らを伝説級のドラゴンに変化させ、戦いを挑んできたのだ。

 

 凄絶な死闘を経て、最後は俺とオートマテリア・ノルアード公爵の戦いとなった。

 そこで俺は最後の切り札として解析し会得していた『疑似・古の魔法』を発動――。自らを巨大なスライムに変化させ、奴のアークドラゴンを無力化することに成功する。

 そこで仲間たちの攻撃の力を借り、なんとか倒すことが出来た。


 それが今から3年前。


 死の間際、オートマテリア・ノルアード公爵は、命を触媒にした最後の魔法を敢行した。


 アークドラゴンに変化させた自らの身体を、更に『古の魔法』を重ねがけすることで、竜人(ドラグゥン)と同等の存在に変化させたのだ。魔法による二段階変化は、元には戻れぬ滅びの術だ。


 だが、捨て身の魔法で、彼の最大の願いは叶えられた。


 血を自ら絞り出して器を満たし、奴は俺にそれを託した。そして身勝手に息絶えた。


 ――我が生涯で唯一無二の好敵手(ライバル)よ、息子をこれで救って欲しい……。


 そう言い残して。


 やれやれだ……。そしてお人好しの俺は、またひとつ禁忌を犯すことになった。


 パドルシフが手にしているはずの「赤い丸薬」は、俺が人づてに渡したものだ。

 プラムの薬と同じ製法で作った秘薬であり、延命の薬。それは週に一度、一生飲み続けなければいけない命を繋ぐ薬でもある。

 だが、パドルシフがこの先、そこそこ健康で過ごせるだけの量は確保できている。

 父親の命そのものを絞り出したものだ、などとは決して告げられないが。

 だから俺はパドルシフに、こうして目をかけている。見届ける義務があるのだ。

 死の淵から蘇ったことで、仮死状態だったころより以前の記憶が、パドルシフには無いらしい。


 父のことも、故郷のことも。

 ぼんやりとおぼろげに覚えているばかりなのだという。


「リッヒタリアか……少々遠いな。砂漠の国のイスラヴィアのさらに西に300キロメルテもある。空を飛んでも3日もかかるなぁ」

「そ、そうですよね……」


 しょんぼりするパドルシフ。


「だが、たとえば、我が館に住み込みで弟子になれば……」

「賢者ググレカス! いけませんわ!」

「痛い!?」

 言いかけたところで、妖精メティウスに横っ面を(はた)かれた。ヘムペローザが手を離れてしまい寂しい今日このごろ。可愛い弟子がほしかっただけなのに。


「南国。そうだわ! 行ったことのない海の国などいかがですか!?」


 ロベリーが慌てて提案すると、パドルシフもしばし考え込んで、頷いた。

「そうだね、暖かい国、南がいいな……海が見たい!」

「微笑。それが良いですわ」


<章完結>


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