執務室へようこそ ~パドルシフとロベリー
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執務室の椅子の背もたれに身を預けながら、すっかり冷めた烏豆のお茶を一息に飲み干した。
「ふー、危なかった……」
――各、擬体霊魂・魔導量子誘導体。全プレイヤー、魔力双方向通信を離脱中
「賢者ググレカス、皆様が続々と、ログアウトされておりますわ」
「うむ、もう大丈夫そうだな。まだ遊びたい連中もいるだろうが、ほどよくお帰りいただこう」
村娘の依頼「困りごと」クリア 2パーティ【祝】
王様の依頼「魔物退治」途中離脱 3パーティ。
砂漠の冒険「秘宝探索」途中離脱 11パーティ。
森林の戦闘「竜撃戦闘」途中離脱 12パーティ。
魔王の覚醒「復活阻止」途中離脱 23パーティ。
「参加者、あと10人ほどですわ」
徐々にゲームの参加者たちはこの世界に帰還している。
ユグドヘイム・オンラインの参加者たちは楽しい仮想の遊戯を終え、次々と店を後にしているようだ。
俺のプログラムミスにより暴走していた件はなんとか片付いた。
初級者ステージで上手いことクリアしてくれたパーティがあったからに他ならない。
機転を利かせ、どうせ誰もたどり着けない「魔王の覚醒」ステージのラスボス役で、同じく離脱不能になっていたレントミアをフォローに廻したのは正解だった。
「今日も何事もなかった、ということで良さそうだ」
いくつも浮かべた魔法の小窓、戦術情報表示を抜け目なく監視しながらひとりごちる。
――聖剣戦艦・予備演算魔導回路の負荷は12%へ下降中……
聖剣戦艦、『蒼穹の白銀』の予備演算魔導回路の負荷も正常範囲。本来の稼働状態に戻っている。
これ以上負荷が高まれば、更なる制御不能状態に陥るところだった。
ちなみに復習しておくと聖剣戦艦は崩壊し世界樹に取り込まれた。旧世界の超魔法科学の結晶である『蒼穹の白銀』の船体は大半が失われ、最重要部分である艦橋直下の『主演算魔導回路』も破損し失われている。
そこには船体の飛行能力の秘密、超魔法武装の制御、他にもありとあらゆる超越した魔法知識が存在していたはずだった。
だが、それらの宝物のすべては失われていた。
しかし度重なる世界樹の探索で、いくつかの残存区画と、いくつかの部品、そして大量の破片――全て解析不能の超合製魔法金属装甲だが――が手に入った。
それらの管理と分析は、現在も王都メタノシュタットの王城地下深くで行われている。だが、世界樹と一体化している部分は移送できないため、我ら世界樹暫定自治政府に暫定管理権限がある。
この少々危険を伴う架空の遊戯も、現存する予備演算魔導回路に一定の負荷を掛けることで機能について解析しようとする試みの一環だ。
これは未来に備えての投資であり、研究。将来的には転用することが目的であることは否定しない。
「もう今日は店じまいだな」
「お疲れ様ですわ」
「メティも苦労をかけたな」
「いえいえ、いつものことですし」
「はは……」
妖精メティウスが落下傘のように、すーっと水晶球の上に降り、爪先で立つ。そしてくるりと一回転して机の上に跳ね降りた。
執務室の机の上には、魔法通信には欠かせない従来型の水晶球や、最新型の魔法道具である『幻灯投影魔法具端末』が所狭しと並べられている。
すると、ドアをノックする音が響いた。
「連れて来たッスよ」
どうやらギルドマスターのスピアルノが今日の功労者を連れて来てくれたようだ。
「まぁ、もしかしてクリアしたあの子かしら?」
「そうだな。どうぞ!」
ガチャリと執務室のドアが開き、まずは犬耳のスピアルノが入り、ゲストを招き入れる。
「こ……こんにちは」
少年と従者のメイドの二人が入室する。
細く頼りない身体つきの少年と、ストロベリー・ブロンドの髪のメイド。
少年はぱっちりと大きくて青い瞳に、自然に伸ばされた淡いプラチナブロンドの髪。肌は白く、仕立てのいい小奇麗な服装に身を包んでいる。
その背後に付き従う、静かに佇むメイドには見覚えがあった。
――ロベリー……か。
人造生命体、愛称『ロベリー』の最終型。
オートマテリア・ノルアード公爵の追い求めた、ご子息を蘇らせるための研究の途上で制作された人造生命体。プラムとは違う手法で生みだされた人造人間。
俺はかつて彼女と同型の個体を知っていた。
公爵の秘書としてメタノシュタット王城を訪れた彼女は、不完全な存在だった。公爵に使い捨てにされた時、名前さえ無かったのだ。
保護された彼女に、ロベリーと名付けたのは俺だ。
やがて街外れの隔離施設で暮らしていた彼女は、設計寿命が訪れて自壊してしまった。そんな悲しい思い出が甦る。
「……?」
俺の視線に、僅かに怪訝な表情を浮かべるロベリー。
変な風に思われてしまうので、自然に視線を外しパドルシフに向きあう。
生涯を捧げた研究と試作の果てに生みだされたロベリーは、一応の技術的到達点に達し量産されたと聞く。
だが公爵の死後に姉妹達はやはり自壊し、彼女が何らかの理由で現存している最後の一体のはずだ。
「君がパドルシフくんだね」
俺は笑顔を浮かべながら少年に近づいた。
「え? 僕の名前を……」
「知っているとも。我が友人にして最強の好敵手、リッヒタリア王国のオートマテリア・ノルアード公爵の、大切なご子息様だからね」
「お父さんを、ご存知なんですね」
「あぁ。すごい人だったよ」
見るからに育ちの良さそうな顔立ちの少年パドルシフは、大きな青い瞳を輝かせた。
すっと手を差し出し握手を交わす。
パドルシフの小さな手は温かく、間違いなく生身の人間だ。
「さて。今回ここに呼んだ理由はふたつ。ひとつめ、君は今回のゲームに参加して、勇敢に目的を果たしてくれた。実はすごく助かったんだ。だから、お礼をしたいと思ってね」
「いえ、あれは皆のおかげで……なんとかクリア出来たんです」
「だとしても、君の勇気ある行動のおかげだよ。あのステージをクリアに導く為、魔女の館に行くには強さだけではない、優しさと心配りが必要だったんだ。その事に気がついた君の功績さ」
「そんなことは、そうしなきゃって思っただけで」
流石に緊張も解け、嬉しそうに微笑むパドルシフ。うむ実に可愛らしい子だ。あの男のご子息とは思えない。
「自然に取った行動なら、なおさら称賛されてしかるべきですわ」
妖精メティウスがひらひらと飛んできて、俺の肩に座る。ロベリーもパドルシフも、初めて見る妖精に目を奪われる。
「そこで、君に素敵なプレゼントをしよう」
「えっ!?」
<つづく>
※大丈夫、安全、安心のプレゼントですw




