旅の終わり、そして再会
◇
「……ん……?」
「覚醒。お目覚めですか、パドルシフ」
耳慣れたロベリーの声で目を覚ます。
ゆっくりと身を起こすと、そこは小さな部屋だった。
先に目を覚ましていたロベリーが、優しく額に手を乗せてパドルシフの様子を診る。
「あれ? 戻って……きた」
「首肯。1時間ほどの旅から」
「え!? そんなもの? 半日ぐらい冒険していた気がするけれど」
「圧縮。夢と現の時間は違うものです」
「そっか……」
仮想世界の冒険は、時間が圧縮されていると説明を受けていた。とはいえ、実体験してみるとその時間経過の少なさに違和感を感じる。
今まで横になっていたソファーのような寝台が2つ、冷たい水をカップに注ぎ、ロベリーがパドルシフに手渡す。興奮していたせいか喉が乾いている。
受け取って飲み干して、ほっと一息つく。
「ありがとう。冒険、楽しかったね」
「微笑。そうですね。苦しい戦いだったと思いますが、あ……それと」
ロベリーが、テーブルの上に置かれていた小さなクリスタルを手にとった。パドルシフが受け取ると不思議な光を中心に宿している。
「スキルクリスタル……?」
「類似。似ていますが違います。先程、ギルドマスターの使いの方が置いていきました。参加記念の品だとか」
「わぁ……、綺麗だね」
「魔石。たしか記憶石というものです。今回の冒険のハイライトシーンと、成長度合いが記録されているのだとか。次に参加するときに持参すると良いらしいです」
「へぇ!」
ロベリーが促すとおり、握りしめて目を閉じると眼の前に冒険のシーンが浮かんでは消える。森でパンプキンヘッドとの初めての戦闘。森の中での戦いではパーティでの連携がうまくなった。
「昇級。レベルアップして、私は3、パドルシフも2になりましたよ」
「強くなった気はしないけど……でも嬉しい!」
初めての冒険。
架空の世界での、ドキドキ、ハラハラの大冒険だった。
苦しいときもあったけれど、夢とは違う確かな実感を伴っていた。
「また、いつか参加しようね!」
「微笑。そうですね」
パドルシフがソファーから立ち上がる。部屋の左手に見えるドアから出れば、そのまま帰れるはずだ。
「追伸。このあとググレカスさまがお会いになりたいそうです」
「え? ……え!?」
「賢者。ググレカスさまがお礼を言いたいと」
ロベリーが伝言を告げる。ギルドマスター・スピアルノの使いの者が伝えていった大切な伝言、らしい。
「ホントに!? すごいや!」
「店外。出て別棟の建物で待っているそうです」
「わかった! 行こうよ」
ドアを開け、ロベリーより先に店を出る。そこは巨大な世界樹の街、そして雑踏。
思わず眩しい陽の光に目を細め、足を止める。
と、その時だった。後ろから、どしん。と人がぶつかってきた。
「あっ!?」
急に立ち止まったパドルシフの背中に、誰かがぶつかった。
慌てて振り返ると、大人しそうな少女が驚いた様子で立っていた。金髪に青い瞳、白に近い空色のドレス。品のいい貴族のお嬢様のようだ。
「ごめん、怪我はない?」
「あっ、あの……」
もごもごとドレスの裾を掴み、口ごもっている。
「ん……あれ?」
どこかで見たような。
少女も、大きな瞳を瞬かせてパドルシフを見つめている。
「――お嬢様! ですから、走ってはいけません! ミリキャお嬢様!」
「もう、ドレスで走ってはいけませんよぅ……」
すると、後ろから白髪の初老の紳士と、中年の小太りの女性が追いかけてきた。二人共貴族の従者らしくとても綺麗な身なりだが、お嬢様に置いていかれたようだった。
「えっ!? 君……もしかして、ミリキャお嬢様?」
「あなたは……パドルシフ? あまり……変わらないのね」
くすり、と可憐な笑みをこぼす。
「え、えぇ? なんか……冒険のときと印象が……」
全然ちがう。いや、違いすぎる。
冒険の世界では、傲慢でうるさいくらいに元気なお嬢様だったけれど、リアルで会うと清楚で大人しそうな印象をうける。
現に、言葉数が少ない。
「……違う?」
「うん、なんか蹴りとかしなさそう」
「あ、あれは……その」
かっと頬を染めるミリキャお嬢様。
完全に別人格になって仮想世界の冒険を楽しんでいたらしい。
パドルシフも身体が弱いのに剣士を演じていたのだから、おあいこだろう。
「やれやれ、老体を走らせないでくださいまし」
「そうですよぅ……」
それに戦士ジョイフ、そして魔法使いのペタミーだった二人らしい。印象は似ているけれど、年齢や体型がちょっと違う。
「あ、あのさ……」
「はい」
「楽しかったね、また……こんど一緒に冒険にいけたら、いいね」
「えぇ! 是非また」
二人は笑顔を交わし、再会を約束する。
「よかったですね、パドルシフ。お友達ができましたね」
「うん……」
世界樹の梢が揺れ、午後の日差しがモザイク模様を街に落としていた。
「さぁ、賢者ググレカスに会いに行こう!」
<つづく>
【作者よりのおしらせ】
これにてパドルシフ君編はおしまいです★
次回はググレカスくんのお話に戻り、その後はプラムとヘムペローザ編がはじまります!




