魔女の怒りと真実と
「魔女さん、話をさせて!」
「素直に帰ったほうが身のためだよ、坊や」
闇森の魔女は、パドルシフの呼びかけに応じる気配は無かった。
右手からキラキラ光る粉を地面に振りまくと、波紋が広がるように魔法円がはじけた。やがて森が不穏にざわめき始める。魔女が背負う森の奥深くからメキメキ、バキバキと枝葉の折れる音が響きはじめた。暗い森の奥に目を凝らすと、木の枝が次々と集まり、巨大なムカデのような異形の怪物の影が蠢きつつある。
「な、何よあれ!?」
「こ、これはマズイですな」
「回り込まれたら逃げられないですよぅ!」
今までとは比較にならない巨大な怪物が、成長しながら徐々に近づいてくる。
「冗談じゃないわ、何が初級者向けよ」
「無理をしないのも選択肢かと」
「パド君も逃げましょ!」
ミリキャお嬢様と戦士ジョイフ、そして魔法使いのペタミーは血相を変えた。退路を確保するかのように徐々に後ろへと下がる。
そんな中、エルフの魔法使いレンは静かに成り行きを見守っていた。
「危険。退避すべきかと」
「まだ、もうすこし」
「ですが……」
戦闘メイドのロベリーが身構える横で、パドルシフはそれでも踏みとどまり、説得を試みる。
「魔女さん!」
「おや、これでも逃げ出さないとは。少し骨があるようだね」
魔女の表情が僅かに変わる。
「村の人達をどうして家に帰してくれないのか、理由を教えて欲しいんです! 村では男の人たちが帰ってこないって、心配してるんだ」
魔女の家の庭先では、農夫や狩人らしい男たちが茫然自失で立っている。何らかの精神支配の魔法で意思を奪われているのだろう。
真剣な呼びかけに魔女が静かに応えた。
「……私はね、許せないのさ」
「何をですか? 森で狩りをしたこと?」
「子供にはわからないさ。さぁ、お帰り」
ドドォ! と背後の森が割れた。森の向こうから巨大なムカデのような黒い影が鎌首をもたげている。その体は枝や土、枯れ葉などの森の素材から構成されている巨大なゴーレムの一種だ。
「僕に、わからないこと……?」
パドルシフは返す言葉が見つからなかった。それでも必死に思考を巡らせる。
まず猟をしに入って森を荒らしたということが禁忌に触れたというのは考えられない。村ではいつも猟をしているのだ。気に入らないなら即座に殺してしまうかもしれない。けれど村の男達は魔女の家の小間使いのようにされ生かされている。
彼らは村では大事な働き手の男たち。若い狩人に、木こりの格好をしている人もいる。近くにいる農夫のおじさんも、みんな一家を支える大切な働き手のはずだ。
そんな人達がここに居るから、村の女の人達が困っている。
困らせるのは、何のために?
理由は、子供にはわからないこと。それは例えば、大人ならわかることなのだろうか……。
パドルシフは思考がぐるぐる回り黙り込む。
「あんたバカァ?」
「痛い!?」
ぱぁん、と後頭部を叩かれた。というか剣の柄の先で小突かれたようだ。
「何するのさ、ミリ……」
抗議しようと振り返ったパドルシフに、ミリキャお嬢様は顔を近づけて睨みつけた。
「あの魔女の顔を見なさいよ、あれは嫉妬に狂った女の顔よ」
「は、はぁ?」
「まだわかんないの? お子ちゃまねぇ」
小馬鹿にしたようなお嬢様の言葉に、思わず眉根を寄せるパドルシフ。
「どういうことさ?」
ミリキャお嬢様は、しょうがないわねという表情を浮かべる。
「あの魔女はきっと、大事な彼氏とか恋人とかを、村の女に取られたのよ」
「えぇ!?」
「村に行ったきり、彼氏が帰ってこない。誘惑されたか、自分から心奪われたのか知らないけど……」
「そ、そうなの?」
「たぶんね。だからこれは、腹いせね」
「腹いせ……。わ、わかるの?」
「貴族の娘として当然、淑女の勘よ」
つんと顎を上げ、髪を振り払うミリキャお嬢様。
女の子って凄い、と素直に感心する。
けれど、すとんと胸のつかえが取れた気がする。魔女が男たちを村に帰さない理由。それは報復みたいなものなのだと考えると納得できる。
「あー怖い。魔女の嫉妬なんて」
「ちょっ、聞こえるよ! ミリキャ」
パドルシフが慌ててミリキャお嬢様の口を遮ろうとするが、遅かった。
獣の唸り声のような魔女の怒声が響いた。
「……ッ聞こえてるわぁあああ!」
魔女の感情に呼応するように巨大ムカデのゴーレムが鎌首を更に高く持ち上げた。数十本もあろうかという腕をガキガキと動かしている。
魔女の瞳の光彩は暗く沈み、怒りと憎悪の入り混じった怨念のような感情が渦巻いている。
「怒る元気はあるみたいね?」
「ひえぇ!?」
「お嬢様ぁあ!?」
「ここで挑発なんてぇ、もう流石としか言えないですぅ」
「あはは……面白い子だね」
その場に居た全員が慌てふためいた。レンだけが笑いを押し殺している。
「ま、待って! 話が本当なら、その人の気持ちを確かめようよ!」
「……!」
パドルシフの声に、魔女と怪物は動きを止めた。それ以上襲って来る気配もない。
やがて聞こえてきたのは、魔女のすすり泣きだった。
「……私の……愛する……ユハス」
魔女はぎゅっと自分の服の裾を掴んで、震える声で話しだした。悔しそうな悲しそうな声を絞り出す。
「魔女さん、教えてよ詳しく」
「……ぐす……」
魔女は苦しげに、絞り出すように成り行きを話しはじめた。
ある日森で彷徨い行き倒れになっていたユハスという若者を助けたこと。
王国の植物学者だというユハスを介抱するうち、やがて恋仲になったこと。
二人はやがてここで暮らしはじめ、それはとても幸せで満ち足りた時間だったこと。
魔女として忌み嫌われ、世捨て人として生きていた自分を、初めて愛してくれた人、それがユハスだった。
二人は時折、村に行き薬草を売り、対価で生活に必要なものを買った。
「けれど……何度か村に買い出しに行くうちに、村の若い女と親しくなり、やがて戻ってこなくなった。ユハスは……私を捨てた……」
涙声の魔女に釣られるように、村の男たちも同じような仕草でさめざめと泣きはじめた。いつしか背後のゴーレムまで、しおしおと萎びて小さくなっていた。
「ひどい話ね!」
「ミリキャ……」
一番に反応して声を上げたのはミリキャお嬢様だった。
「その女の名前、教えなさいよ! ついでにユハスとかいう恩知らずの浮気男に、ケリを入れてきてあげるわ!」
ミリキャお嬢様が棒立ちのパドルシフをぐいっと押しのけて、前に出た。
近づいてゆくと、魔女が泣きはらしていた顔を上げる。
「ね!」
「あ……あぁ」
闇に染まっていた魔女の瞳に、かすかに光が戻る。目元に光る涙が地面へとこぼれ落ちた。
「わたしたちに、まかせなさい」
「そんなこと請け負っていいの!?」
「パドルシフも話しをするのなら、最後まで責任持ちなさいよ!」
「え、えぇ……!?」
途中から完全に主役交代。パドルシフに代わり、ミリキャお嬢様が取り仕切っていた。
「で、魔女さん、その女の人の名前は?」
暫しの間を空けて戸惑い気味にその名を口にする。
「……ロベリア」
「「「あっ!?」」」
皆が一斉に顔を見合わせた。
リアージュ村の入口で案内してくれた、美しい村の娘の名だ。
魔女も何度か村で会って、顔見知りだったという。
「あの女………、とんだ泥棒猫の性悪女だったって、わけね!」
ミリキャお嬢様の青い瞳に、凶悪な光が灯った。
<つづく>




