魔女の眷属と包囲網
「常闇の森を棲家とするもの」
一行の前に出現した魔女は、赤い切れ目のような薄い唇を動かした。
「なんかヤバイ感じの女ね、何言ってるかわからないし」
前衛の戦士と剣士の背後に隠れたまま、挑発めいた事を言うミリキャお嬢様。
「僕を盾にしながら言わないで欲しいんだけど……」
「同感ですな」
「常闇。つまり彼女が『闇森の魔女』かと」
戦闘メイドのロベリーが、相手の只ならぬ気配を察して前衛に加わる。
「だったら、まずは話してみない? 僕たちの前に姿を現すってことは、何か目的があるはずだし」
「賛同。そのとおりですねパドルシフ」
いいアイデアですと、にっこり微笑むロベリー。
「あの、魔女さん!」
パドルシフが対話を試みようとした、その時。
「こらぁ!」
「痛い!?」
バシンと尻に蹴りを入れられた。ミリキャお嬢様の右足がパドルシフの尻にヒット。
「何を勝手なことやってるのよ。あれが魔女なら遅かれ早かれ倒す相手でしょ!」
「でも、村の男の人達の行方とか、目的とか聞いたほうが……」
「問答無用、やっておしまいなさい!」
シャッ! と鋭い剣を抜き魔女に向ける騎士ミリキャ。
「どっちが悪党かわからないですよぅ」
魔法使いのペタミーが肩をすくめる。
だが一行の前に出現した魔女は、リーダーの言動を判断基準にしたようだ。
「……忠告に従わぬなら、思い知るがいい」
艶やかな長い黒髪を風に揺らし、手に持った杖で地面を突く。途端に銀色の光が地面の上を波紋のように広がった。
「魔法円……!?」
「これ、本物の魔法円ですよぅ!」
周囲の森が、木々の枝が、まるで生きているかのようにざわめきはじた。空は漆黒の雲が渦を巻き、禍々しい気配が濃縮する。
バキバキという耳障りな音を発しながら木々の細い枝や、落ちていた枝が絡み合いはじめた。枝葉が集まり人型を成し、やがて二足歩行をする人形が生まれてゆく。
手足は木の枝で形成されている。肋骨がむき出しの胴体は細い枝の集合体。顔の部分は葉が集まって不気味な緑色のドクロのように見える。
それはまるで怒っているような表情で、葉が生き物のように寄り集まり蠢いている。
「囲まれましたぞ!」
「木の人形が一杯!」
「傀儡。ゴーレム……木のゴーレム!」
総勢十数体にも及ぶ緑頭の軍団が、森から溢れ出し、一行を取り囲んだ。
「此方は魔法を使えないのに、魔女は使えるなんでズルいですぅ!?」
魔法使いのペタミーが悲鳴を上げる。
「ペタミーもゴーレムを操れたはずでしょ!?」
「この世界では使えないですよぅ。スキルクリスタルの『火炎』と『煙幕』だけが、魔法として使えるルールみたいですしぃ」
「その愚かしい血と肉を、森の滋養として捧げるがいい」
魔女はそう言い残すと黒い霧となって消えた。
「消えた……!」
「幻影。おそらく魔女は、忠告をしに来ただけ、幻だったのかと」
それを合図に、森のゴーレム軍団が襲いかかってきた。
木のゴーレム軍団が手に持つ武器は、棍棒。つまりは太い木の枝だ。カタカタ、ギシギシと身体を前傾姿勢にして、歩くほどの速度で近づいてくる。
「一体ずつ撃破ですぞ……っ!」
戦士ジョイフが両手持ちのバスタード・ソードで応戦する。剣の質量を乗せ、斧を振るうような横振りの一撃で、胴体を目掛けて叩きつける。
ゴーレムは胴体から両断され、粉々になって砕けた。
「たあっ!」
パドルシフも二体目のゴーレムを止めようと、短剣で突いた。しかし剣は棍棒で受け止められ、おまけに硬い木に剣先が食い込む。
「わわっ!?」
「いかん!」
横から戦士ジョイフがゴーレムを蹴り飛ばしてくれたおかげで、剣が抜けた。
「あ、ありがとうジョイフさん」
「パドルシフ殿、こいつら斬りつけては倒せない。 打ち砕かなくては」
「でも、ジョイフさんみたいには……」
敵の胴体ごと粉砕するほど、力が無いのは明白だ。補正されていても、元々の体格や筋力が違う。
「相手の攻撃は単調で遅い。棍棒を振り下ろすタイミングを見計らうのです。低く身構え、相手の片足を狙うと良いでしょう。傷つけるだけでも負荷がかかれば折れる。片足を損傷すれば、敵は動けなくなるはずです」
「なるほど……! やってみる」
「慎重に行かれよ」
「うんっ」
戦士ジョイフの助言に頷く剣士パドルシフ。
反対側では、戦闘メイドロベリーが打撃の連打によりゴーレムを圧倒。破砕したところだった。
「不利。斬撃は不利です。破砕か打撃、あるいは炎の魔法で……!」
「ほいさ、まかせてっ!」
魔法使いペタミーが『火炎』をスキルクリスタルで放ち、一体を炎上させた。だが連続で放てないので間が空いてしまう。
その間は魔法使いを守る、後衛組の出番となる。
「えいっ! たあっ! 思い知りなさい!」
細身の剣、レイピアを振り回し応戦するミリキャお嬢様。しかしゴレームの体を形成する枝を削るだけで、決定的なダメージは与えられない。
ゴーレムの侵攻を足留めするのが精一杯だ。
「ミリキャお嬢様! 僕と同じく脚をねらって!」
「言われなくてもわかってるわよ! 役立たずのパドルシフ」
「酷い、君だって同じようなもんじゃないか」
「なんですって!?」
「あっ! 前!」
「たあっ!」
いがみ合いつつも、襲ってくるゴーレムに対しては共同で対処するしかないようだ。
必然的に戦士ジョイフと戦闘メイドロベリーが前衛として奮闘。パドルシフとミリキャお嬢様が、魔法使いペタミーを守る格好となる。
しかし多勢に無勢。数えるとゴーレムの総数は15体。なんとか5体を倒したが戦力差がある。
それだけではなかった。半壊させたゴーレム、あるいは倒したはずのゴーレムの破片が寄り集まり、再生し再び立ち上がった。
「えっ!?」
「嘘でしょ!?」
まるで不死の怪物だ。破片が集まり再び木のゴーレムとなって動き始める。
「ゴーレムは術者の使う術式、注入した魔力次第で再生しますよぅ」
魔法の知識に長けたペタミーが言うが、今更だ。
「ロベリー殿! 倒しても再生しますぞ!」
「完全。木っ端微塵に破壊しないと倒せない!」
接近してきた再生ゴーレムに渾身の右ストレート。正拳突きの一撃を放つロベリー。
だが――。
ガシィ! と、拳を繰り出すタイミングを読まれていたかのようにガード。打撃の勢いを逸らす。
「驚愕。受け流した……!?」
二撃目、左の拳でがら空きのボディを狙う。だが、それもゴーレムが右の腕を振り下ろしガードする。
まるで打撃による近接戦闘の経験者を相手にしているような手応えだ。
一瞬のスキを狙い、逆にゴーレムが前蹴りを繰り出してきた。
「くっ……!」
咄嗟に後方にバックジャンプし、蹴りをかわすロベリー。ズシャァ、と地面に両足をついて体勢を整える。
「さっきより強い……うぬっ!」
ガァン! と今度は戦士ジョイフが剣を弾かれた。再生した2世代目のゴーレムが戦士の剣撃を棍棒で弾き返し、反撃してきたのだ。
「学習。こちらの動きを学習している!?」
<つづく>




