森の中の遭遇
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「ふぅ、なんとか片付いたわね」
赤い鎧の美少女騎士、ミリキャが汗を拭う。
襲撃してきた三体の『パンプキンヘッド』は、皆の奮戦でなんとか撃退することができた。
「ひどい目にあいましたねぇ、うわぁ汚い」
魔法使いペタミーがマントの汚れを振り払う。腐ったカボチャの汁はとても臭い。だが30秒もたたないうちに、魔物の体液は粉状になって消え失せた。
「あら、こういう仕組みなのね」
「現実だと汚いままですけど、これは助かりますねぇ」
お嬢様とお付きの魔法使いペタミーは、互いの服を確認しながら苦笑する。
「しかし、初戦からこれじゃぁ先が思いやられるわね」
「ですよねぇ」
「ペタミー、貴女はもうちょっと役に立ちなさい!」
「面目ないですぅ。でも、魔法使いは現実より制限が多すぎるんですよぉ」
「うーん。確かにね」
現実世界ではそこそこの実力を持つ魔法使いペタミー。だが、この仮想のゲーム世界において、魔法は制限されている。使える魔法はスキルクリスタルによる『擬似魔法』のみなのだから。
「体調。大丈夫ですか、パドルシフ」
「うん、休んだら体力ゲージが少し戻ったみたい」
パドルシフの眼前に浮かぶステータスウィンドゥには、2割ほど減った体力ゲージが表示されていた。けれど時間の経過とともに回復しつつある。
「魔物を倒した経験値は、皆に均等に分配されたようですね。あと一二戦すれば、パドルシフ殿もレベルが上がると思いますよ」
戦士ジョイフが、剣を鞘に収めながら教えてくれた。
「経験でレベルが……」
視界の隅のステータスウィンドゥの一部に視線を合わせる。すると確かに『経験値:13 :あと6でレベル2』と文字列の表示がスクロールされた。
「よし、皆でバリバリ前に進むわよ!」
すっかりパーティのリーダーらしくなったミリキャお嬢様が宣言すると、一行は再び進み始めた。
次に遭遇したのは、大型の『鱗粉コウモリ』2匹だった。
コウモリのくせに羽から毒の粉を撒き散らす、厄介な相手だ。
『キィィイ!』
『キィ!』
「おのれ、すばしっこい奴め」
「剣が届かない……!」
戦士ジョイフと、剣士パドルシフが空からの襲撃に翻弄される。
鱗粉コウモリはひらりひらりと剣を避けると、鱗粉を撒き散らした。
「うわっ!?」
「ゲホッ……!」
毒の粉よ! と後衛のペタミーが叫んだ。
パドルシフは思わず口を押さえた。『状態異常』と目の前のステータスが黄色く明滅する。
「鱗粉。吸うと喉の痛み、目の充血! それにくしゃみ鼻水、鼻詰まり……! 風邪の諸症状に似たダメージを受けます」
「微妙な毒だね!? げほげごっ」
「ぶあっくしょん!」
空中からの攻撃に手も足も出ない戦士二人、それに戦闘メイドのロベリーも接近戦スキルのみでは対応できない。
「中距離攻撃可能な、私の魔法で焼き尽くしますよぅ! みなさーん時間を稼いでくださーい!」
三人がダメージ覚悟で囮になり、魔物をひきつけることに。その間に魔法使いペタミーが炎のスキルクリスタルで魔法『火炎』を発動。一匹を丸焼きにした。
『ギャァ……!』
「私だって……! このスキルを使って!」
続いてミリキャお嬢様が構えをとる。『投擲』スキルを使い、なんと自らのレイピアを投げつけようとした。
「まってお嬢様!」
「何よ!?」
「これを使って!」
パドルシフが『必中』のスキルクリスタルをミリキャお嬢様に投げ渡す。ぱしっと受け取るとそれを見てピンときたようだ。
「……なるほど。いいわ使ってあげる」
ミリキャお嬢様はそこで2つのスキルを同時発動。投擲の命中率を極限まで高め、空飛ぶコウモリめがけてレイピアを思いきり投げつけた。
『ギキィ!?』
ズガッ! と胴体に突き刺さったレイピア。コウモリはそのまま地面に落下して消滅した。一撃で仕留めることに成功した。
「やった!」
「凄いわ私!」
咄嗟の連携は、見事に成功したようだ。
「微笑。賢明な策でした、パドルシフ」
「いい考えだったでしょ」
ちょっと誇らしげに、お嬢様からスキルクリスタルを受け取る。
「べ、別にアンタの手助けが無くても命中させていましたけどね! ……礼は言っておくけれど」
「はいはい、お嬢様」
「もう何よ!」
顔を赤くするミリキャ。パドルシフもお嬢様の取扱いのスキルが向上してきたようだ。
そんなこんなで、更に森を進むこと半刻――。
一行はやがて、森の中を流れる小さな川辺についた。森の中を流れる清流は動物たちが集まる水場であり、村の男達の狩場にもなっていたはずだ。
「お嬢様、焚き火の跡です」
「村の男達のものかしら?」
先頭を行く戦士ジョイフが地面の焦げ跡を見つけたようだ。周囲にはここを拠点にしていたであろう跡も見受けられる。
村の男達もここまで狩りに来ていたのは間違いない。
「失踪。いったいどこに消えたのでしょう」
「でも跡った後も無いよね……」
しばらく調べたが忽然と消えた村の男達の足取りは不明のまま。仕方なく一行はここで小休止することにした。
「わぁ、冷たい……」
「美味。水も飲めますね」
水も美味しく、疲れた身体に染み渡る。
一息ついていると、にわかに空が曇り風が出てきた。森が不気味にざわめきはじめる。
「何か嫌な感じぃ。魔力波動……?」
「警戒。何か来ます」
魔法使いペタミーが最初に異変に気がついた。杖を握りしめ構えを取る。戦闘メイドロベリーが警戒し周囲に目を光らせる。
やがて、一陣の風が吹いた。木々のざわめきが強くなると、塵のような黒い霧が一行の前で集まり渦を巻く。
やがて異形の姿が地面からムクムクと起き上がった。
黒い人型を成したその姿は、やがて美しい女の姿となる。黒髪に白い肌――青いローブのような衣をまとい、捻じくれた杖を持っている。
魔女だ。
「なに!? 何よアンタ!?」
ミリキャお嬢様がパドルシフを盾にして背後に隠れ、叫ぶ。
「我が領域に踏み込むな。去れ」
<つづく>




