猛襲のパンプキンヘッド
襲撃してきた魔物、『パンプキンヘッド』は全部で三体。
腐りかけたカボチャに魔力の淀み――瘴気が染み込むことで魔物化したもの。中には悪質なスライムが寄生している個体もあるが、いずれも低級な魔物に分類される。
眼前に浮かぶ半透明の窓には、そんな説明が浮かんで消えた。
「身体。どこかお怪我は!?」
戦闘メイド、ロベリーが慌ててパドルシフに走り寄った。
「痛ったぁ……でも、大丈夫みたい」
「安堵。よかった」
幸い、パドルシフに体当たり攻撃を仕掛けてきた『パンプキンヘッド・ストライカーB』はトドメを刺すことなく、同じく前衛を担うジョイフへと向かってゆく。
地面で一度バウンドし勢いをつけて体当たりを敢行。対する戦士ジョイフは、抜け目なく大型の両手剣を構え、迎撃を試みる。
「来い下等な……あ、ばばばっ!?」
突如、真横からビビビビビ! と礫の連射が顔面を直撃した。黄色い礫は地面に落ちる。それは薄汚れたカボチャの種だった。
――『パンプキンヘッド・スナイパーC』
三体のうちの一体が、中距離からジョイフの顔面を狙い、狙撃してきたのだ。
「ぐわー!? 目が 目がぁああ!」
目をやられたジョイフが、剣の構えを乱したその隙きを突き、『パンプキンヘッド・ストライカーB』がバヒュンと跳ねて、腹部へと体当たりを食らわした。
体格差から吹っ飛びこそしなかったが、身体がくの字に折れ曲がる。
「ごふっ……!?」
「ちょっ、何やってるのよジョイフ! ええぃ」
魔法使いのペタミーが杖を構えて、魔法の水晶から疑似魔法を励起しようとする。しかし頭上から、最初に跳ね上がった『パンプキンヘッド・アタッカーA』が急降下。
「きゃぁっ!?」
直撃こそ免れたものの、目の前でバゥンバゥンと何度も跳ね飛ぶカボチャの化け物相手に、ペタミーと、一緒にいた騎士ミリキャも悲鳴をあげて逃げ惑う始末だ。
「連携。魔物どもが連携を……!?」
パドルシフに駆け寄ったロベリーが、唖然とした様子で状況を分析する。
相手はたかが低級の魔物、三匹。
本来なら素人の村人でさえ、棍棒で追い払えるはずの魔物だろう。
それに対し、こちらはレベルは低いとは言えフル装備に近い武具で武装した5名。それが巧みに翻弄され、前衛組さえ機能していないのだ。
「痛かったけど、僕も戦うよ」
パドルシフは笑顔を浮かべてロベリーの手をとった。
ダメージゲージは少し減った。けれど苦しい、あるいは出血といったダメージを受けた様子はない。
「戦闘。ここはわたしが……」
「大丈夫だよロベリー、僕だって!」
パドルシフは立ち上がると腰の剣を抜いた。
弱くて不自由な身体は、この世界でなら自在に動く。となれば必要なのは勇気だけ。
まずは体当たりを繰り返してくる、『パンプキンヘッド・ストライカーB』に狙いを定める。
戦士ジョイフの持つ大きな両手剣では、相手の速度に追いつけない。
大ぶりの一撃をあざ笑うかのように「ひょい」と攻撃かわした『パンプキンヘッド・ストライカーB』がジョイフの顔を殴りつけるように激突する。
「ぎゃっ!」
「首肯。わかりました。私は遠隔攻撃を仕掛けてくるあの個体を殺ります」
ブボボボボ! と定期的に種を発射する固定砲台。ロベリーは『パンプキンヘッド・スナイパーC』に狙いを定め睨みつけた。
「うん、頼んだよロベリー」
「協力。パドルシフはジョイフさんに協力を」
「わかった!」
パドルシフは腰のホルダーから、スキルクリスタルを取り出した。
手のひらで包み込めるほどの青いクリスタルに『必中』の文字が浮かび上がる。
――必中:狙った相手に剣を必ず命中させるスキル。
視界の隅のコンソールに説明が表示された。
「これ、使える……!」
カチリと剣の柄に開いた穴にはめて、発動。……キュィン! と光のエフェクトが剣を包む。
狙うは、ジョイフに体当たりを繰り返すパンプキンヘッド『パンプキンヘッド・ストライカーB』だ。
呼吸を整えて、地面を蹴る。
「ジョイフさん……っ!」
「パドルシフ殿!?」
一瞬で間合いを詰め、半月を描いた剣先が『パンプキンヘッド・ストライカーB』を捉えた。確かな手応えと共に、剣は半分までめり込んだ。
だが、浅い。
「固い……!」
非力故か、剣先が食い込んだまま地面へと落下する。カボチャの魔物は動きを止めたが。だがギロリ……と落ちくぼんだ眼窩の奥で、赤く凶悪な光が燃え上がった。
――警報! 自爆攻撃。
赤い警告表示が眼前で瞬く。
「えっ!?」
「いかん……! お嬢様もそれで……! パドルシフ殿ぉおおっ!」
態勢を立て直した戦士、ジョイフが両手持ちの大型剣を振り下ろしトドメを刺した。バチュァ……! と黄色い汁を散らして砕け散る。
死体は赤黒い霧となり、文字通り霧散し消えた。
「やった……」
「あぶないところでした」
前衛の二人が思わず安堵し視線を交わす。即席のパーティなれど信頼が芽生えた瞬間だった。
だが、背後からは悲鳴が響いている。
「こらー! アンタたち勝手にフォーメーションを変えるんじゃないわよ! こっちを……なんとか、きゃうっ!? しなさいよ……っ!」
「魔法を使う時間が……無いっ、あわわっ!?」
後衛の騎士ミリキャと魔法使いペタミーは、完全に『パンプキンヘッド・アタッカーA』に翻弄されている。
パンプキンヘッドはびょんびょんと跳ねては、口から汚い汁を「ペッ!」と二人に吐きかける始末。
「きゃあぁ!?」
「汚ッ!? 臭いッ!?」
細身の剣――レイピアを抜いた赤い鎧の騎士ミリキャが、へっぴり腰で剣を振り回すが、いくら太刀筋の補正が行われていても、かすりさえしない。
その間に、ロベリーはスキルクリスタル『縮地』を発動。間合いを一瞬でゼロに詰め、そして『パンプキンヘッド・スナイパーC』に問答無用で拳を叩き込んだ。
「ぬん!」
上から振り下ろすハンマーの様な打撃により、パンプキンヘッドは地面の上で盛大に潰れ、汁を散らした。
「残敵。あと一体!」
「お嬢様、いま参ります!」
「みんなでやっつけちゃえ!」
戦士ジョイフと、剣士パドルシフが後衛の救援に向かう。
「大勢。これで決しましたね……」
手についた汁を振り払いながら、戦闘メイドロベリーはふぅ、と小さく呼吸を整えた。
それにしても――。
魔物が、まるで魔王軍に従属しているかのように手ごわい。
強すぎるのだ。
明らかに個性を最大限に活かして連携し、こちらを分断。自分たちに有利な戦闘を仕掛けてきた。
初級レベルのステージ、それも序盤の戦闘でさえこんなにも魔物が手強いのでは、中級や上級ではいったいどんな戦闘になっているのだろうか……。
◆
――全ステージ、可動状態モニタリング、正常。
――聖剣戦艦・予備演算魔導回路。現在の負荷は37% 正常範囲内。
「うーん。思ったほど負荷がかからないな」
俺は、ちゅーとココミノヤシから果汁を吸い、無数に展開している戦術情報表示を指でなぞる。
現在、ユグドヘイム・オンラインへの参加人数はおよそ378人。
およそ20分おきに30名ずつ参加人数を増やしている。開放している標準ステージはどれも『亜空間バブル・アブソーバ』を転用した、極小ながらも本物の世界だ。
そこに擬体霊魂と同じ状態に魔導量子コピーを行った精神、それに肉体の反応系を魔力で転換し送り込むことで、架空の肉体を動かしている。
肉体はもちろん、オリジナルの精神あるいは魂といった本質を完全に保護しつつ、まるでリアルな夢を見るような超高度な魔法技術。これは聖剣戦艦の中央演算魔導回路の一部解析成功、数々の要素と努力、幸運が組合わさることで実現されている。
人間の精神活動はもとより、肉体の活動を擬体に対し完全没入型でフィードバックさせる事により、参加者はもはや現実と見分けがつかないだろう。
そう。現実と呼んでいるこの、世界――と。
ココミノヤシの上に妖精がふわりと降り立った。
金色の髪に美しい羽。生まれた時から何も変わらない永遠の存在、妖精メティウスだ。
「賢者ググレカス、戦闘の推移をご覧になりました? 既に全滅したパーティが3つもあるんですけれど」
「んー? レベルに応じたステージを選べと言ったのに、無茶しやがって」
「いえ、全体的に苦戦しているようなのです」
「おや、それはおかしいな?」
戦術情報表示に俺のメガネがキラリと光るのが映る。
黒髪に細面のメガネの賢者、人はそう呼ぶが中身はそんなに進化していない。
村娘の依頼「困りごと」、参加 4パーティ。
王様の依頼「魔物退治」、参加 9パーティ。
砂漠の冒険「秘宝探索」、参加13パーティ。
森林の戦闘「竜撃戦闘」、参加12パーティ。
魔王の覚醒「復活阻止」、参加23パーティ。
それぞれ参加しているパーティのメンバー構成、ステータス、あるいはバイタルはすべてモニターできている。
「魔物との戦闘はあちこちで散発的に起こっているが……」
「あっ、また全滅ですわ」
魔王城攻略の上級者ステージでは、軍の戦闘集団が多数参加している。彼らはいわば戦闘のプロ。戦士団と魔法使いによる混成部隊。本職が訓練のために参加しているのだ。
もちろん団体特別割増で参加、だが。
見たところ、たしかに苦戦しているようだ。
『ガルルル!』
『第二小隊、側面から攻撃………!』
『しょ、小隊長殿! 裏をかかれました、やつら第二小隊を集中攻撃しています!』
『な、なにぃ!?』
ドガーン。
『ぎゃー!?』
牛の頭を持つ巨人、迷宮の番人ミノタウロスが二体、華麗な連携攻撃で襲いかかる。上級クラスの戦士たちを次々になぎ倒した。
「ハハハ……見事な連携だな」
「笑い事じゃありませんわ、賢者ググレカス」
「平和ボケした王国軍の訓練には丁度いいだろ」
「もう……。そう言えば昨日、戦闘アルゴリズムをお弄りになられていませんでした?」
妖精メティウスがジト目を向ける。
言われてみれば……。王国の戦士団と魔法兵団が訓練に来るというので、少し手強くなるように設定を変えたんだった。
「確かにちょこっ……と。魔物の戦闘パターン学習と、戦術強化アルゴリズムを手直ししたな」
相手の攻撃を学習し、次のターンでの反撃に活かす。一部の魔物にはそうした習性はあるが、それを少しだけ強めに改変したのだ。戦う側としては「手応え」がある方がありがたい、という王国軍からのリクエストで。
「あの、賢者ググレカス。もしかして倒された魔物が再出現ルーチンに入る時、学習状態をクリアしてないんじゃ……?」
「…………あっ、いけね」
てへっと、俺は可愛らしく舌を出した。
「もうっ! それじゃ、魔物が倒されて再出現する度に、強くなっちゃいますわ!」
「そうなるわな」
「どういたしましょう」
あわわ……と青ざめる妖精メティウス。
彼女のいう通り、3世代も経ると学習と進化が爆発的に加速しかねない。そうなれば下級の魔物でさえ知恵を持ち連係、やがて組織化しかねない。
「そうさなぁ……」
執務室の椅子の背もたれに身を任せつつ、しばし思案することにした。
<つづく>




