お嬢様のパーティ、森へ
「一緒に冒険を?」
少女ミリキャが、まるで値踏みするような視線を投げかける。
半透明のコンソールウィンドゥには『騎士ミリキャ。レベル2』と表示されている。
「僕は別に頼んでないんだけど……」
対して、レベル1の剣士、パドルシフは戸惑いの表情を浮かべている。
「そうだわ! 前衛として露払い、矢避け、盾代わりなら連れて行ってあげてもよくってよ?」
つんと顎をあげてパドルシフを見上げると、高慢な態度で言い放つ。真正面に立ったミリキャの背丈はパドルシフより頭一つ低い。
「えぇ……!?」
「何よ、何か文句あるわけ?」
「そういうわけじゃないけど」
「うじうじとハッキリしないわね、嬉しいなら素直に言いなさいよ!」
「うぅ……」
押しが強すぎる。パドルシフはたじたじになる。
「お嬢様、いきなり初対面でその物言いは失礼ですよ、まずは相手のご都合などを……」
背後のお付きの戦士が小声で進言する。『戦士ジョイフ。レベル5』とある。
「だから学舎でもお友達がいないんですよぅ……」
「う、うるさいわねペタミー。私に釣り合わないだけよ」
「そうですかねぇ……」
意外とずけずけと、モノを言うお付きの魔法使いの名はペタミーというらしい。こちらは「レベル4」と表示されている。
「言っとくけど、私はかの有名なメタノシュタット神託の十六騎士の一人、ヴィルシュタイン侯爵家の親類……男爵家の娘なんですからね。同行できることを光栄に思いなさい! むしろ感謝されても良いくらい、慈愛に満ちた行いだと思うわ。これで友達にならないとか、みんな見る目が無いのよ!」
「あ、あはは……」
面倒くさいのに捕まったなぁ、とパドルシフは曖昧な苦笑を浮かべている。
「仲間にしてあげるついでに、と……友達にしてあげても構わないわ」
えっへん、と腰に手を添えてふんぞり返るミリキャ。それ以上ふんぞり返ると、後ろにひっくり返りそうだ。
「僕はロベリーと二人だけでも良いんだけど……」
パドルシフは、隣に立つ戦闘メイドのエルフに視線で訴える。
「交流。良い機会です。同世代のお友だちとの交流は、大変貴重なことですよ」
「でも……」
だったらもう少し相手を選んでよ……と思う。
「何をごちゃごちゃいってるの? 異議がないなら、これで私のパーティが完成ね!」
世界が自分中心に回っているらしいミリキャに代わり、大柄な男性の戦士と魔女が挨拶する。
「私はジョイフ。お見知りおきを」
「ペタミーでっす。いやぁ、お嬢様の我儘に付き合ってもらって、スンマセンねぇ」
若いのに苦労人といった感じが滲む付き人ジョイフ。人当たりの良い魔法使いのペタミー。それぞれ黒い短髪と、赤毛のショートヘアーでわかりやすい。
「僕はパドルシフ、こっちはメイ……姉のロベリー」
「会釈。姉のロベリーです。よろしくお願いいたします」
姉と呼ばれて嬉しそうなロベリー。メイドといえば自分も高貴な身分を明かさねばならないし、素性を語ったことろで面倒くさいだけだ。
とりあえずこれでパーティ編成が完了。総勢5名で村娘の依頼を受けることにする。
すっかりリーダー気分のミリキャが、困り顔で見守っていた金髪の村娘に向き直る。
村娘のセシリアに「じゃぁ続けなさい」と言う。ようやく本題に入る。
「あっ、では……依頼なんですけれど、村の男達が森に狩りをしに入ったまま、戻ってこないのです」
「前回もそれ聞いたけれど、あれから何日経ってるの?」
赤い鎧にメタノシュタット騎士団風の白いマント。課金で揃えたであろうミリキャの装備は一流品らしい。
「……? 失礼ですが、この話はまだどなたにも」
村娘のセシリアは小首をかしげる。
「あーお嬢様ぁ。前回は戦闘不能で途中棄権ですから、あれ『無かったこと』になってるんじゃありませんか? だから最初の始まりの村からリスタートっていうかぁ……」
頬をぽりぽりとかきながらペタミーが助言する。
「なるほどね、まぁいいわ。兎に角、その村の男達を探して、連れ帰ればいいのね?」
「はい、なんとかお願いできないでしょうか。お礼は……出来る限りのことを」
出来る限り、とはなんだろう。
パドルシフはそこが凄く気になった。
「魔物に襲われて死んでるんじゃないの?」
「そんな……!」
泣きそうな顔になるセシリア。
「ミリキャお嬢様! ですから相手のことを少しお考えになって発言をされては如何かと」
「な、何よ!? だってそうでしょう!」
「そこは、さぞ心配ですね、と言えばいいだけですよ、お嬢様ぁ……」
お付きの二人の苦労が偲ばれる。
「詳細。まずはお話をもう少し詳しくお聞かせ願えますか?」
「は、はい」
セシリアさんの話によれば、森に入った男衆は全部で5人。普段は農夫だが、秋の間近なこの時期だけ狩人として森に分け入って、獲物を獲ってくるという。
剣や弓といった武器を所持していて、森の地理にも詳しい。
にもかかわらず2日で戻るはずが、今日で4日めになるのだという。
救援隊を出そうにも、彼らは一番頼りになる村の男衆だった。それが居ないとなれば、下手に森に入るわけにも行かないのだという。
村から東に進んだところには森が広がっているようだ。
「でも、広い森でしょ? どうやって見つけるの?」
狩りは通常、森に入って半刻ほど進んだところを流れる川、その水場にやってくる動物を狙うのだという。
「それと、森には人を襲う魔物と、更に奥へ進むと『闇森の魔女』と呼ばれる森の主、恐ろしい魔女が棲んでいると……」
「へーきよ! 全部叩き伏せて、男たちの遺品……じゃなかった、連れ帰ればいいんでしょ」
「はい、なんとかお願いいたします」
兎に角、クエストの始まりだ。
「じゃぁ出発! パドルシフ、ジョイフと先頭を進みなさい。ロベリーさんとペタミーは私の両側を固めなさい」
完全にお嬢様を守る布陣である。
「……うん」
「わかりました」
村を後にした一行は、村を囲む開墾された広大な畑を抜け、やがて森へと分け入った。
森は木々が生い茂り、昼間だというのに薄暗い。
馬車が通れるほどの道が、ゆるやかに曲がりながら森の奥へと続いている。
空を見上げると天気は上々、青い空に白い綿雲が浮かんでいる。
実に平和で穏やかな冒険の始まり……かと思ったが、五分もしないうちに前方に何かがいた。
「何、あれ?」
「カボチャ……ですな」
前衛を担うパドルシフと、同じく戦士のジョイフが警戒する。
黄色くて大きめのカボチャが3つほど、道を塞ぐように鎮座している。誰が置いたのか、馬車の荷台から落ちたのか。
距離はまだ10メルテほど離れている。
「きっ、気をつけなさいよ! それ! そいつら魔物……!」
ミリキャが怯えたような大声を出したので、パドルシフは一瞬後ろに気を取られた。
その一瞬の隙を突くように、突如、ゴロゴロゴロ! と猛烈な勢いでカボチャが襲いかかってきた。
「パドルシフ殿、抜刀を!」
「あっ、はい」
反応が遅れた僅かの間に、3つの高速回転するカボチャは3メルテほどの目前まで迫っていた。そして、回転移動を止めた先頭の一体が大きくバウンドして、跳ねた。
「飛んだ!?」
カボチャが想像以上に高く跳ね、空中を飛翔。すると上空でカッ! と目と口が大きく開いた。いわゆる化物カボチャ『パンプキンヘッド』である。
「前方。パドルシフ!」
同時に、ロベリーが地面を蹴った。後衛の位置を捨てパドルシフのいる前衛へと向かう。
次の瞬間。パドルシフのボディに、どふっ! と鈍い痛みと衝撃が走る。パンプキンヘッドの体当たり攻撃を食らったパドルシフは、そのまま後ろに吹き飛ばされた。
「ぐふっ!?」
――『パンプキンヘッド・ストライカーB』
――体当たり攻撃、打撃ダメージ8
「パドルシフ!」
「いっ……痛ぁあ………」
目の前に浮かぶコンソールウィンドゥ、『体力ゲージ』が三割ほど減った。
<つづく>




