買物百景、リオラはちゃんと値切って買う
メタノシュタットの王都を囲む城壁には東西南北に門が設けられている。
最も豪華で大きい南門――通称「戦勝門」と呼ばれる彫刻の施された大理石造りの凱旋門は王都の顔だ。
南門から5百メルテに及ぶ大通りには常緑の街路樹が植えられ、市民の憩いの場として、優雅な街並みを形づくるのに一役買っている。道の左右には有名な料理店や武器屋などが建ち並び、貴族や裕福な商人が屋敷を構えている。
石畳が敷かれた直線路は敵の侵入に対しては脆弱だが、そのまま闘技場と呼ばれる円形の施設へと誘導される仕組みで城への侵攻を阻む構造になっている。
王城へ行くには闘技場を迂回し、曲がりくねった貴族の屋敷の建ち並ぶエリアを経て、水の張られた堀に掛かる橋を渡り、ようやくメタノシュタット王城へと辿りつける。
「すごい人の数だね……」
「村に慣れてると目が回るよなぁ」
リオラがポツリと呟くとイオラが苦笑気味に同意する。
「俺も人混みは苦手なんだ。プラム、ヘムペロ。きょろきょろしていると迷子にな……」
「手を繋いでいれば迷子にはならないのですー!」
「にょほほ、ワシもつないでやるにょ!」
心配するまでもなく俺の両手は小さな手によって塞がれてしまった。まぁ、これなら迷子になる心配は無いが、両手に女の子というのは非常に照れくさい。
俺が両手を塞がれたまま歩き出すと、双子の兄妹が後ろに続いた。
「イオもはぐれないでね」
「リオこそ」
どしんと肩をぶつけあって、互いに微笑むイオラとリオラ。手こそ繋いでいないが、リオラは兄に寄り添って服の袖を掴んでいるようだ。
その更に後ろにマニュフェルノが続き、「買出しパーティ」の最後尾を固めている。
マニュフェルノは買物を楽しみにしていたのだが、きょろきょろと辺りを見回して何かを探しているようだ。
振り返り声をかける。
「マニュ、何か欲しいものでもあるのか?」
「一寸。行きたい店があるの。……ううん。でも後でいい。多分街の南側のほうだから」
マニュフェルノは曖昧に笑って、長いお下げ髪を指でくるくると弄んだ。
絵の材料とか、そういった物だろうか?
「……そうか? じゃぁまずは生活必需品を買って馬車に積み込んでしまおう。他にも欲しい物があればどんどん買うぞ!」
おおっ! とメンバーから気勢が上がる。
さすがの俺もちょっとテンションが高くなり、浮かれ気分になってしまう。
ディカマランの仲間達が厳しい戦いに向かっている時に申し訳ないと思う気持ちと、これはこれで必要なのだと自分に言い聞かせる気持ちが混ぜこぜになる。
――けど、これくらいは許してくれるよな、レントミア。
その名を頭の片隅で考えた途端、銀の指輪を通じて声が届いた。
『こっちの事は気にしないで。あ、ボクのことはもっと気にして欲しいけど』
きゃはっと笑う聞き慣れたハーフエルフの声にホッとしつつ、恐ろしいアイテムだと改めて思う。指輪を見て思わずゴクリと溜飲する。
自分で造り出しておきながら、外す事も捨てる事さえもできない呪いのアイテムのようだ。指で妖しい光を放っている。
「そ、そっち様子はどうだ?」
『さっきポポラートに着いてエルゴノートが市長からクエストの依頼を受けているよ。今のところは平和みたい』
エルゴノート達は港町ポポラートに到着したようだ。魔物の襲撃はいつあるか判らないが、何かあればレントミアが連絡をくれる手筈になっている。
「よかった。だが、油断するなよ」
『うん、ありがと。ググレも楽しんでね』
「あぁ」
声の調子だけでどんな顔で微笑んでいるのか、脳裏にありありとハーフエルフの顔が浮かぶ。……ん? やっぱり離れると寂しいなんて思っているのか俺は?
ぶんぶんと首を振って賑やかな現実の街並みに視線を向ける。
何事も起きなければ、レントミアからの定時連絡は「オヤスミ」の時だろう。
◇
俺たちが馬車を止めた「西門」は、言うなれば商売を営む者の勝手口だ。食料や物資の物流を司る重要な通商の要といったところだろう。
門を通りぬけた広場は活気のある自由市場となっている。
店を構えているのは主に肉やその加工品、パン屋、チーズ屋、他国から輸入した乾燥果実や乾燥した海産物、装飾品など、倉庫に保管できる物や値の張る商品を売る店が多いように見受けられる。
生の野菜や果物、魚、香辛料などは生産者が直接持ち込んで売っているらしく、敷物を広げただけの「露店」で売られている。
水場の横では数件の幌のかかった屋台が並んでいて、串焼きの肉やドーナツのような、芳しい匂いを漂わせる食べ物が売られていた。
「あの串焼きのお肉はなんですかー?」
「うーむ、水牛らしいな。岩塩と香草で味と香りをつけて焼いている」
「あの赤と黄色の果物はなんですかー?」
「……南国の果実、パイヤンとマングーかな」
「わ、変な形の魚なのですー!」
「……海の底に住むアンコーの仲間だな」
目を輝かせて矢継ぎ早に質問攻めをしてくるプラムに、俺は検索魔法画像検索の力を駆使して答えてやる。
対象物に視線を合わせると駆動するように仕組んである自律駆動術式で、検索魔法の検索結果を眼前に「情報表示窓」でポップアップ表示するようになっている。
視線を一瞬向けて、知らない果物や魚の名前を読み上げているだけなのだが、こうしていると俺も徐々に詳しくなってくる。
「ググレさまは物知りなのですねー!」
「はは、まぁな」
プラムがほわぁと微笑んでから、ぎゅっと俺の右腕にしがみついた。んむんむと「果物をアメで包んだ菓子」(※リンゴ飴のようなもの)を頬張っている。赤毛の髪はリオラにツインテールに結ってもらたらしく、歩くたびにぴょこぴょこと揺れて可愛らしい。
ちなみに、俺の左手にぶら下がっているヘムペローザにもプラムと同じリンゴ飴を買い与えてある。
「この飴、おいしいのですねー」
「んにょ……! 美味しいにょ」
二人は顔を見合わせて笑みを浮かべる。だが今はおしゃべりというよりはモゴモゴと口を動かして食べているので忙しいようだ。
プラムもヘムペローザも黙らせるには甘い食べ物を与えておくのが定石だな。うん。
俺はリオラが用意してくれた買物リストをチェックしてゆく。
――小麦粉10袋に大豆3袋、ジャガイモ3袋、子羊の干し肉一頭分、干した果物を適量、塩一袋、キビ糖一袋、それに葡萄の果汁を1樽、チーズ塊10個……。
これらは重く嵩張る品々なので、店舗を構えた信用のできそうな店を回り、屋敷に届けてもらうように手配を済ませたところだ。
「賢者の館」に品物を卸せるとなれば、店の信用にも繋がると考える店主達はどこも大歓迎で大喜びだった。
マニュフェルノはさすがに途中で疲れたらしく、広場の中央にある水辺のベンチで休んでいる。元々歩き回る体力に乏しい僧侶は、十軒近くも店を回ったりするのも大変だろう。
かつての冒険でもマニュは俺以上に体力が無く、かつ呪文詠唱にも時間を要するので、戦闘の時は物陰に隠れているように指示を出すことが多かった。
魔法使いであるレントミアや俺は魔力強化外装を使い、ルゥローニィに劣らないほどに跳ね回れるが、マニュはそうもいかないからだ。
徒歩での移動の時だって足元がおぼつかなくなると、エルゴノートかファリア、あるいは俺が手を引いていたのだ。
女の子の手を握るのはそれはドキドキするはずが、凍りつくような目線でレントミア睨んでいたりするので、別の意味で心臓が脈打っていた。
と――、今はそんな思い出話はどうでもいい。
ともあれ、これだけの食糧を買い込めば、冬の間は食う事に関しては困らないだろう。問題は食事当番だが、ずっとリオラだけにやらせるわけにも行かないし、今後は持ち回りの当番制を考えねばなるまいな。
一人暮らしだった頃は、村のオバちゃん連合に食事を届けてもらっていたが、大所帯となった今は、自分達で協力し合いながら工夫して暮らしていくしかない。
残るは、持ち帰りのできる香辛料や石鹸などの生活必需品を買い揃えるだけだ。だがそれは既にイオラとリオラに任せてあった。
二人は今この自由市場を駆け回って仲良く買い物中だ。
お金は十分に渡してあり、「余ったら駄賃としてあげるよ」と言ってある。残ったお釣りは小遣いにして好きなものを買えばいいだろう。
見ればちょうど香辛料を売る露店の前に居るが、どうやら上手く値切りながら買物をしているようだ。
「三袋で2ゴルド? うーん。じゃ五袋で3ゴルドにしてください」
にこっと可愛く微笑むリオラ。
「お譲ちゃんには敵わんなぁ……。これ一袋1ゴルドの香辛料だよ? ……あぁ、もう五袋で3ゴルドでいいよ!」
「やった! ありがと、おじさん!」
リオラは実に生きいきと楽しそうに買物をしている。イオラはその後ろで荷物持ちとボディガード役らしい。
見れば相当買い込んだようで、イオラが袋を小脇に抱え、更に両手で小さな樽を抱えている。樽は人の頭がすっぽり入るほどの大きさで中身はバターらしい。
少年の細身ではかなり重そうだ。リオラもいくつかの袋を手に持っているが、重い樽は兄であるイオラが持ってあげているようだ。
と、プラムが駆け出して、イオラに手を伸ばした。
「イオ兄ィ、プラムがお手伝いするのですー! おやつを食べたから元気なのですよー」
「プラム? これは俺が持つよ。だって重いんだぜ、これ」
「多分平気なのですー」
そう言ってプラムは、ひょいっとイオラから樽を奪うと、片手で軽々と小脇に抱えて見せた。
――な!?
驚いたのは俺だけではなかった。イオラもリオラも「小さな力持ち」に目を丸くする。
「すごいねプラムちゃん、平気なの?」
「大丈夫なのですよー」
表情は余裕で、重さを感じている様子は微塵も無い。
「そういやプラムは大カエルと戦った時も、自力で脱出してたもんなぁ……」
イオラが頬を掻きながら苦笑する。自分よりもこの細身の少女が力持ちでは、立つ瀬が無いだろう。
プラムは、竜人の血で造られた薬を服用し続けていることで、強靭な体が造られつつあるのだ。
それは既に、村を襲った大蛙との戦いで実証済みだ。
手をつないで笑っているプラムを見ていると、ついそんなことを忘れそうになるが、延命の薬の副作用として発揮されるこの肉体の力は未知数で、プラムにとって良いものか、あるいは命さえ奪う危険なものなのか、判然としていない。
「貸せ、プラム」
俺はプラムから樽を奪うと、ひょいっと肩に担ぎ上げた。
「えー、プラムは一人で運べるのですー」
不満げに頬を膨らませるプラム。めずらしく抗議の顔だ。
「賢者さまそれなら俺が……!」
と駆け寄るイオラを手で制し、
「アホゥ、お前みたいなチビに運ばせて俺が歩いていたら、街のマダム達に『あーら酷い賢者ザマスね』なんて言われるだろ?」
俺のおどけた説明にプラムは、ほぁ? と納得した様子で緋色の瞳を瞬かせた。
「にょほほ、賢者は優しいにょう」
「う、うるさい!」
ふん、と俺は肩に食い込む樽の重さに顔をしかめつつ、一度荷物を置くために馬車に向かって歩き出した。
空を仰ぐと、鎮座するメタノシュタットの城と尖塔が否が応でも視界を塞ぐ。
つい先日、あの城で行われた慶事、戦勝記念パーティがもう遠い過去のような気がした。
仲間達との久々の揃い踏み、緊張と歓談の晩餐会。
そして楽しいというよりは緊張だらけのダンスパーティ。
――ん?
何か忘れていないか?
そう。
城といえば……
「図書館……?」
そうだ! 俺は城の中にある王立図書館に行こうと思っていたんだ。
でも……何の本を探そうとしてたんだっけ?
――本? 本だっただろうか? もっと違う、何か別のものだ。
健忘症なのかと疑われるほど、物忘れは酷くないはずだが……。
「賢者さま、重いなら俺が持つぜ?」
ぼうっとしていたらしい俺は、イオラが心配そうに掛けてくれた声で我に返る。
俺は大丈夫だよ、と言ってまた歩き出した。
だが――。
図書館に行かなければならない、という気持ちがくすぶり始めていた。
<つづく>