レベル1、始まりの『リアージュ村』
村までは三百メルテほど、目と鼻の先の距離だ。
パドルシフとロベリーは歩きながら、仮想擬魂の感覚を確かめる。
まず、五感に伝わる感覚のリアルさに驚く。
地面を踏みしめる感触、装備がこすれぶつかる音、小鳥のさえずり。空気を吸い込んだときに感じる草の匂い、味。吹き抜ける風が頬を撫でる感触――。
世界樹の街で大人気のユグドヘイム・オンライン。広告では『夢の世界の冒険』という謳い文句が掲げられていたが、実際に体験すると想像以上。夢どころかこれは既に「もうひとつの現実」だ。
「あ、そうだ」
パドルシフは腰に下げた剣に手を伸ばし、初期装備の短剣を鞘から抜いてみた。空高く剣先を掲げると、陽光をキラリと撥ね返す。
「かっこいい……」
鋭い刃は、綺麗に磨かれた鉄合金の剣だ。
何も居ない空間めがけて「えいっ」と上段斬りの要領で、一回素振りをする。
ヒュンッ、と小気味よい音がしてピタリと剣先が地面寸前で止まる。
太刀筋もよく、剣に振り回されている感じもしない。
「見たロベリー! 僕でも剣を振れたよ!」
「見事。剣の使い手になっていますね、パドルシフ」
「……嘘みたい」
手にした剣を見て驚き、嬉しそうに瞳を輝かせる。
「微笑。選ばれた職業、『剣士』は剣のスキル、扱いを予め身につけているようです」
「そういうこと……だよね」
たはは、と苦笑いしつつ、でもすぐに気を取り直す。
現実の世界でパドルシフは剣を持ち上げることなんて考えられなかった。歩くだけで息が切れ、まして重い剣を持ち上げて振り回すなんて無理なのだ。
お父様が賢者様との契約で手に入れたという赤い秘薬のおかげで、元気に歩けるまでに回復はした。それまでのパドルシフは生死の境を彷徨うほどの大病を患っていた……とロベリーに聞かされていた。
というのも、床に臥せた後は途中からの記憶が曖昧なのだ。むしろ病床での記憶はほとんど途切れている。
けれど、今はそんな事はどうでもいい。
思いっきり駆け回って、剣を振り回してみたい。
「感覚。ほとんど現実と見分けが付きませんが、剣や装備の重さはかなり軽減されているようです。現実の剣や装備ははるかに重いです。あと……おそらく痛覚や苦痛も」
「ふぅん? なんだか凄い仕組みなんだね」
瞳を輝かせて剣を眺め、鞘に戻す。
「意識。それを意識せずに体の一部として使える点が素晴らしいです」
その横で現実と同じ職業、『戦闘メイド』のロベリーが両手の拳に装着した金属製のナックルをぶつけ合わせ、ガギンガギンと火花をちらしている。
腰に短剣よりも短い「ナイフ」を装備しているがこれは護身用。どちらかというと戦闘メイドの主武装は格闘戦なのだ。
「村の入り口は、ここだね」
やがて、木の柵で囲まれた村の入口の前に来た。
のどかな農村といった感じだった。木を組み合わせた家々は、赤い焼き瓦の屋根を乗せている。
視界の左上に浮かぶ半透明の窓――コンソールには『リアージュ村』と表示されている。
「あの……すみません!」
すると早速、村の中から綺麗なお姉さんが急ぎ足で近づいてきた。
金髪がキラキラと風に揺れる。
「わぁ…………」
「警戒。女」
やってきたのは、青い瞳に目鼻立ちの整った美人さんだった。金髪は背中までの長さがありサラサラと美しい絹糸のよう。しかも胸が大きくて歩く度に揺れている。
「あのっ、そこの剣士様……!」
「剣士……え? 僕?」
思わず隣のロベリーに顔を向けると、静かに頷いている。
「はい、あのっ、村に到着されて早々に、大変申し訳ないのですが……お願いが」
「はわぁ……?」
目の前の美人な村娘さんも架空の、夢の存在なのだろうか?
髪の毛は一本一本が見える。息づかいと共に上下する豊かな胸も、それを包む織物を縫い合わせた衣服も、本物以外の何物でもない。
思わず惚けていると、横に居たロベリーがコホンと咳払い。
「あっ!? ごめんね、僕はパドルシフ。けっ……けけ、剣士? ……です」
うぅ、超恥ずかしい。
言って良いんだよね? と最後は自信なさげにロベリーに助けを乞うように視線を向ける。
けれどロベリーはじっと村娘を睨みつけたままだった。
「あぁ、剣士パドルシフ様……! 私の名はロベリア。この村の村長の娘です。実は……村の男たちが――」
と言いかけたところで、今度は横から声が響いた。
「ちょおおっと待ったぁああ! そこの貴方! その依頼は私が頂くわ」
「えっ?」
思わず同時に声のする方を向くと、こんどは赤い鎧を身に着けた少女が立っていた。
背格好はパドルシフと同じぐらい。
13歳かそこら、だろうか。
プラチナブロンド色の髪をくりっくりにカールさせ、左右に分けて大きなリボンで結わえてる。
背中には真っ白なマント、腰には装飾の施された剣を二本差している。小生意気そうなツンとした表情のまま、腰に手を当てている。
両脇には仲間が二人。大柄な男性の剣士と、魔法使いのローブを身に着けた女の人が立っていた。
「貴族。私たちと同じく参加した貴族の御一行かと」
ロベリーが耳打ちする。
「えっ、えーと。ロベリアさんの依頼は……僕が今……」
おどおどと言い返すパドルシフ。
「あなたみたいな庶民はいいから、邪魔だから。その依頼は私がもらうわ」
いきなり割り込んできた参加者に、ロベリアさんも困惑している。
「で、でも……」
小生意気そうな赤い鎧の娘は、つんと顎を上げながら近づくと、パドルシフにつっかかってきた。
「なによ、やるき? 言っとくけどこっちはレベル2だかんね! 今日で二回目のプロの参加者! てか、レベル1でしょ、アンタ」
「レベル1……?」
「視界。左上のコンソールに経験値の蓄積がレベルとして表示されています」
「あっ、なるほど。確かにレベル1だね。あはは」
というか、レベル1と2、そんなに違わないような。
「でも、レベル2なのに同じ依頼を受けに来たの? ……進んでないの?」
「なっ!? う、うるさいわね庶民! ちょっと操作ミスで戦闘不能になっただけよ! 勘違いしないでよね!」
少女の背後では「お、お力になれず申し訳ありません」「ミリキャお嬢様が一人で大丈夫だと……」と小声で言っている。生意気な貴族の娘に、まったく頭のあがらない従者らしい。
「提案。ならばご一緒にご依頼をうけては如何でしょう?」
「ロベリー!?」
気の利いたことを言ってくれたような、余計なことを言ってくれたような……。
パドルシフは困惑を口元に浮かべていた。
<つづく>




