まずは冒険者ギルドへ
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道行く人々の目を惹くのは、ネオ・ヨラバータイジュの上空に浮かぶ魔法の公告の数々だった。
文字や映像が次々と切り替わって、様々な情報を映し出す。
「わぁ……おもしろい!」
「注意。上を見て歩くと危ないです」
「うんうん」
文字通り上の空のパドルシフの手を引くロベリー。
よく観察すると、建物と建物の間に渡したワイヤーで薄い布をピンと張り、そこに『幻灯投影魔法具』で映像を投影。まるで映像だけが空中に浮かんでいるように見える仕組みらしい。
世界樹の麓に発展した街は、最新の魔法工術や、商売に関する様々な試みを積極的に取り入れているらしかった。
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興味を引く公告を見上げながら、パドルシフとロベリーは街の第二層の中心部へとやってきた。
場所は、店の前に人だかりが出来ていたのですぐにわかった。
「ここだね」
「混雑。すごい人気のようですね」
看板には『世界樹の冒険 ~ユグドヘイム・オンライン~』とある。
立派な木造の建物は、剣と盾が入口に飾られていて、如何にも「冒険者ギルド」といった趣だ。
ここは架空の冒険者ギルドであり娯楽施設です、と「但し書き」もある。
公告では「幻影魔法により、本当の冒険のような体験ができる娯楽」という謳い文句が踊っていた。
夢のような別世界で現実と見分けがつかない冒険ができる――。
そんな驚きの体験談が広報業者を通じて評判を呼び、今やネオ・ヨラバータイジュの目玉観光スポットの一つ、新名所となっている。
仕組みや動作原理は謎に包まれているが、考案したのが「あの」高名な賢者ググレカスであり、それがまた評判を呼ぶ一因となっているという。
実際に体験した他国の高名な魔法使いでさえ「原理はわからない、だが……素晴らしい!」と困惑しつつも絶賛したのだとか。
店の扉は開け放たれ、自由に出入り出来るようになっている。
仲間を募ったり待ち合わせをしたりするための場所は、オープンスペースになっている。まるで喫茶店のような雰囲気で、軽食を売る屋台も周囲にある。これなら待ち時間を潰すことも出来るだろう。
「混んでるね」
「受付。終わりました。申し込み金で1ゴルドー。冒険者登録でさらに5ゴルドーが必要とか。……遊びにしては高額ですね」
「いいじゃん、別に」
「休憩。20分ほどで呼ばれますから、いまのうちに軽食とお茶でもいかがですか?」
「うん、そうしよっか」
確かに多少高い気もするが、パドルシフはさして気にする様子もない。
ロベリーが買ってきてくれたサンドイッチとドリンクのセットを頬張りながら、周囲を観察する。
待合室を見回すと、一番多い客層は流行に敏感そうな若者グループ。
王都住まいだとわかる綺麗な身なりの若者たちは、賑やかに談笑している。
「マジ、すげーんだって。剣で切った瞬間、魔物がバーンて」
「お前、剣術出来ないのに?」
「補助でスキルが使えるから大丈夫なんだよ」
「へぇ……!」
「魔法も使えるんですって?」
「らしいぜ、手からブワーって、魔法をぶっぱなしてぇよな!」
隣のテーブルは魔法学舎の制服を身につけた学徒たち。そのまた隣には魔法使いのローブを身に着けた本職の姿もある。傍らには剣術に覚えの有りそうな格好をした若者もいる。
「ふん……俗人たちは気楽だな」
「賢者ググレカスの偉大なる魔法、とはいえここは才能の無駄遣いでしょうか」
「しっ。魔法を極めし者のお考えは、我ら凡人にはわからんさ」
他には観光で訪れたらしい貴族とその娘や息子、若い従者の一団がいる。
混雑はしているが、大抵は冒険が楽しみな様子で談笑しながら静かに待っている。
だが、雰囲気が明らかに玄人っぽい連中もいる。
「わ、なんかヤバそうな人たちもいる」
「警戒。本物の護衛業者ギルドの戦士かと。あまり見ないように」
「わかってるよ」
一角を陣取っている連中は明らかに空気が違っていた。
いかにも数多の冒険をこなしてきた本職、とわかるいかつい男たちが五人。装備もいましがた旅から帰ってきたばかり、というような傷だらけの鎧や盾を持っている。
街の中は刃渡り30センチメルテよりも長い武器は帯剣禁止であるが、護身用の短剣やナイフは携帯が許されている。彼らの武器は威圧感があり、目付きの鋭さと相まってガラがすこぶる悪い。
「……ケッ、ばかばかしい。ここは女子供の遊び場じゃねぇか?」
「まぁそう言うな。怪我もしない『夢の冒険』となりゃ殺しても構わねぇってこったろ?」
「キヒヒ、なるほど、罰せられもしねぇ……ってワケか」
「最近じゃ人を斬ることもねぇからな」
あからさまに、よからぬ会話が聞こえてくる。
「……あんなのもいるんだね」
「心配。やめますか?」
「やめないよ。だって別に一緒になるわけじゃないだろうし……」
と、音声拡張魔法で店内にアナウンスが響いた。
『――受付番号、67番から75番まで、冒険者登録を行います。中へどうぞ』
「オレらだ」
「いくか……」
「ゲヘヘ……」
若者グループに魔法使い見習いのグループ、貴族の一団。そして、ガラの悪い連中も椅子から立ち上がった。
――うわぁ……どうしようロベリー。
パドルシフの不安は逆の方向で的中した。ロベリーは妙な目つきを向けてくるゴロつきのような男たちを警戒しつつ、一緒に奥の部屋へと向かう。
ゾロゾロと移動して入った部屋は薄暗く、魔法の常明ランプが灯されている。四方には世界樹の絵巻が刺繍されたタペストリーが垂れ下がっている。
中央には黒塗りの大きな机があり、女性が一人、静かに座っていた。
机に両肘をついて、組んだ指先の上に顎を乗せている。
やや褐色の肌にエメラルドグリーンの瞳。黒っぽいセミロングの髪の両脇からは、サイドテールのように髪と一体化した犬耳が垂れている。
「――ようこそッス。オラがこの冒険者ギルドのマスター、スピアルノっス」
「う……」
「あれが……、ギルドマスター」
よく通る声は軽やかでありながら、そこに居合わせた全員が黙るには十分な凄みを感じさせた。
<つづく>




