聖女の街と『世界樹の冒険』
「すごい……! ここがネオ・ヨラバータイジュ」
「注意。足元にお気をつけて」
パドルシフは駅に降り立つと、周囲を見回して感嘆の声を上げた。
ネオ・ヨラバータイジュのホームから見えるのは、南側の空の半分を覆う巨大な世界樹だ。最上部は雲で霞んでいる。
幅三百メルテに達する幹の前を横切っているのは、観光用の大型翼竜。まるで小さな羽虫のように飛んでゆく。
戦闘メイドのロベリーが、四角くて大きな旅行バックを片手にパドルシフの後に続く。
「見て、ロベリー! 街が……重なってる」
「階層。樹の魔法で形成された人造の大地です」
「信じられない……!」
眼の前には、不思議な階層構造の街が広がっていた。
不思議に絡み合った「木の根」を土台とし、幾層も重なった人造の街。
奇跡のような魔法の力を目の当たりにする。床板かと思っていた地面は、全て「木の根」が絡み合って形成されていた。凸凹はまったく無い。根を寄木細工のように集めて密着させ、表面をカンナで削ったかのように水平で表面は滑らかだ。それらがまるで地面のようにどこまでも続いている。
そこかしこに生える街路樹も、よくみると床と一体化している。つまり、全体が一つの巨大な植物なのだとわかる。
この驚くべき魔法の大地の上には、二階建ての建物が柱のようにいくつも並んでいる。ログハウスのような壁をもつ商店や、可愛らしいドアのついた民家が並んでいて、色とりどりの花で飾られている。その前を多種多様な種族、多くの人々が行き交い、街全体が賑わいを見せている。
「一層、二層……七層まである!」
「驚嘆。そのようですね」
建物の屋根部分はそのまま上階層の床になっている。見上げると徐々に上階に行くに従って狭くなり、全体としては7層構造を成すなだらかな山のようになっている。
最上部には宮殿とまではいかないが、この地を治める王都行政府の建物があるらしい。
魔導列車は第一階層にある駅のプラットホームに停車、作業員達がメンテナンスを始めていた。
「賢者様が作ったの?」
「否定。樹を操る魔法使い、聖女ヘムペローザさまが生み出した街、と言われています」
「一人で街を作るとか、こんな魔法が使えるものなの!?」
「苗木。魔法の苗木を、多くの魔法使いの仲間に配ったと。……私も詳しくはわかりません」
「そうなんだ……でもすごいや!」
もうため息しか出ない。魔法で生み出された街に目を輝かせる。
道の端には水路があり綺麗な水が流れていて、第一階層の広場にある貯水池へと続いている。
けれど汚水を流す下水は見えない。しかし注意深く観察すると、上階から下へと下る管のような根の構造物が見える、おそらくあれが下水管になっているのだろう。
魔導列車から降りた他の乗客たちの多くも、皆似たような反応を示していた。
物珍しそうに辺りを見回したり、口々に凄い! 素晴らしい……! と連呼したりしている。乗客たちの多くが、パドルシフと同じくこの街を訪れるのが初めてなのだろう。
「おっきな世界樹に、不思議な街……!」
それに王都と違って、空気が……甘い。
暖かく湿った空気。そしてどことなく花のような、熟れた果物のような香りがする。
「それに、暑いね」
おもわず長袖のシャツを腕まくり。ついでにズボンの裾もまくりあげたい。というか、今すぐ半ズボンに穿き替えたい衝動に駆られる。
「南国。ここは南の地ですからね。服を調達しましょうか、お坊ちゃま」
戦闘メイドのロベリーは四角くて大きな荷物を抱えたまま、駅のホームを去ってゆく他の乗客たちの波から少年を守るように立ち続けている。黒いロングドレスの暑さも気にならないのか、涼しい顔だ。
「ロベリー、まずその呼び方やめてくれない?」
ぱたぱたと手のひらで顔をあおぐ。
「困惑。では、なんと?」
「……名前で呼んで」
「承知。パドルシフさま」
「さまも要らない」
不満げな顔を向けて、睨む。
「失礼。では、パドルシフ」
「うん。それでいいよ」
その時、よそ見をしながら歩いてきた乗客の一人が、パドルシフにぶつかりそうになった。それは屈強そうな男性で、戦士のような体格の持ち主だ。
「痛ッ?」
しかし男の身体にぶつかったのは、ロベリーの持つ四角い旅行バックだった。片手で素早く水平に持ち上げて、少年の細い身体を盾のように守ったのだ。
「失礼。前方注意を」
男の身体を、革製の四角い旅行バックが通せんぼしている。
「……てめ……?」
と、言いかけた男性は口をつぐむ。そのまま身体で押しのけようとしたトランクが動かないのだ。まるで床に固定された壁のように。
美人のメイドが表情を変えないまま、すっと旅行バックを下ろす。途端に男は前のめりによろめいた。
「っ!? とと……」
「失敬。荷物が邪魔でしたね。申し訳ありません」
「あっ……い、いや! いいんだ、こっちこそ」
男は引き攣った表情で笑みを浮かべると、そそくさと去っていった。
「ロベリー?」
「注意。よそ見と浮かれ過ぎはいけませんよ、パドルシフ」
「……うん」
床に下ろした旅行バックが、ズシリと重い音を立てた。
魔導列車から降り立った乗客たちもそれぞれの目的地に向かって動き出している。
「行先。まずはどちらへ? お腹が空きませんか? それとも宿でお休みに?」
「ううん! その前に、一番行ってみたいところに!」
「興行。ですか? 気が進みませんが……」
気の進まない様子のロベリー。けれどパドルシフはロベリーの手を掴んで引っぱって、子供のように急かす。
「それが目的の半分なんだよ! だって、冒険が出来るんだよ!? 僕みたいに身体が弱くても……冒険が!」
「溜息。噂では、魔法の……仮想空間に入るとか? 大丈夫でしょうか。怪しいと思いますが」
「そんなことないよ! だって、あの賢者ググレカスが考案したって評判だよ! なんたって世界初、仮想な冒険が体験できるんだ!」
見上げると、空には半透明の看板が浮かんでいる。
――全てが新体験! 君も冒険に参加しよう! 真の勇気を試せ!
『世界樹の冒険 ~ユグドヘイム・オンライン~』
――ご参加は、今すぐユグド冒険者ギルドへ!
<つづく>




