魔導列車・青龍特急(ブルードラゴライナー)4号の旅路
★おまたせしました! 連載再開
新章、開始します。
ググレカスの世界では、あれから五年後――。
物語はふたたび動き始めます。
――魔導列車・青龍特急4号は、あと15分でネオ・ヨラバータイジュ駅に到着します。皆様、お忘れ物のございませんように。
客室内に女性のアナウンスが響く。音声拡張魔法を仕込んだ魔石が発する自動再生の音声だ。
窓の外に広がる雄大な景色に目を奪われていた乗客たちは、にわかに荷物を確認し始めた。
「う……ん?」
タタタン、タタタン……とリズミカルな音が車内に響いている。木道レールの心地よい揺れと音が眠気を誘う。いつのまにか眠っていたらしい。
車内の気配の変化に、少年が眠い目をこする。
窓の外に目を向け瞬きをすると、すぐに小さな歓声を上げた。
魔導列車・青竜特急は、広大な草原の中を滑るような速度で進んでいた。
「わぁ……! あれが世界樹!?」
車窓から見えたのは、圧倒的な巨大さを誇る『世界樹』の威容だった。
空を覆わんばかりに枝葉を広げた巨大な世界樹は見るものを圧倒し、自然と畏敬の念を抱かせる。
神聖な世界樹、女神様の樹。人々はいつしかそう呼ぶようになっていた。
その手前には、世界樹を背負うようにして発展した街、ネオ・ヨラバータイジュの輪郭がぼんやりと霞んで見える。
「肯定。坊ちゃまは……初めてですものね」
「べ、別に……映像では見てたけどさ」
「微笑。いいんですよ」
対面の座席にはメイド服を着た女性が静かに佇んでいた。黒いロング丈のワンピースに白い手袋。レースの縁取りが施された真っ白なエプロンと、お揃いのヘッドドレスをカチューシャのように着けている。
顔立ちの整った美人だが、体格は同じ年ごろの若い女性に比べればたくましく、人を寄せ付けない冷たく無機質な印象さえ受ける。
しかし「お坊ちゃま」と呼んだ少年に対する口調は柔らかく、優しさを感じさせる。周囲にも常に気を配りつつ少年から片時も目を離していない。
左肩から自然に垂らした絹糸の束のような髪は、ストロベリーブロンドとでも云うべき、ピンクがかった金色の珍しい色あいだ。少年の体を支えるように腕を伸ばし、一緒に窓の外に視線を向ける。
「ほんとうに凄い! あんなに大きいなんて。あれが魔法が生み出した奇跡だなんて! 信じられないよ」
興奮気味に列車の窓に顔をつける。
魔法合成された透明な樹脂製の窓はガラスとは異なり、割れることもない。
育ちのいい貴族のご子息と思われる少年は、12歳ぐらいだろうか。賢そうな顔立ちの少年は、素直に感嘆しつつ瞳を輝かせている。
ぱっちりと大きくて青い瞳に、自然に伸ばされた淡いプラチナブロンドの髪。肌は長く病気でも患っていたかのように白くまるで透けるよう。簡素だが仕立てのいい小奇麗な服装に身を包んだ身体は細く、およそ力仕事や剣術とは無縁に思えた。
「肯定。そして手前に見えるのが、賢者や聖女と呼ばれた魔法使いが住まう都、ネオ・ヨラバータイジュです」
「賢者と聖女さまの都……!」
「安静。あまり興奮されては……お体に障ります」
「平気だよロベリー」
メイドが少年を支えようと腰を浮かせると。短刀を携えているのが見えた。
――戦闘メイド
こうした職種は、貴族の妻や娘、大切なご子息の身辺を警護する側仕えとしての役割も担っている。短剣の柄には魔法を仕込んだ輝石もあり、小型の魔法剣の類であることが窺える。
「あれが魔法から生まれたなんて……すごいよね。お父様のご友人なんでしょ?」
「肯定。そうだと……聞いております」
「会えるかな?」
「不明。それは……かわりません。目的の一つではありますが」
「ロベリーは会ったことがある?」
「否定。私の従姉妹がお世話になった……と聞いていますが」
ロベリーと呼ばれた戦闘メイドが小さく首を振る。
「ふぅん、そっか」
少年のシャツの襟に手を伸ばし、さっと整える戦闘メイド。
やがて魔導列車は減速しはじめた。
目的地であるネオ・ヨラバータイジュの駅がいよいよ近づいてきたのだ。世界樹は視界の三分の一を埋め尽くすように枝葉で空を覆っている。
――魔導列車・青龍特急。
五両編成で、乗客数は二百人。王都メタノシュタットから僅か二時間で、南の果てにある世界樹へと到着する。
様々な試行錯誤と試作を繰り返し、開発された新世代の交通機関。膨大な建築費用は国王陛下をスヌーヴェル姫殿下が説得。王国の未来のためにと政治的な決断を下したことで誕生した、世界初の魔導列車である。
王国が誇る魔法技術、冶金技術の粋を集めて開発された量産車両は、各車両の下部に設置された魔法の推進装置により進む動力分散式だ。
動力源となる魔力は、高密度に魔力を蓄積できる『超高密度魔力蓄積機構』に蓄えられている。魔法使い百人分を僅か一樽ほどの大きさに封入できる新技術が、ブレイクスルーをもたらした。
この『超高密度魔力蓄積機構』の開発にも、この地を治める政治機構に所属する「賢者」と呼ばれる存在が携わっていたという。
世界樹から採集される貴重な種子と、樹液から精製された材料を素に加工することで、少量のみ生産出来るメタノシュタット王国の最高機密の魔法技術だという。
――賢者ググレカスさま、是非ともお会いしたいです。
少年が客室内を見回す。
様々な人達が乗っている。お金持ちそうな商人、外国から来たであろう貴族。しかし八割はごく普通の人々だ。観光の親子連れ、若者たち。これは乗車料金を極力抑えたからだという。
他の乗客たちは棚から荷物を下ろしたり、キップを確認したりして駅への到着に備えている。
魔導列車・青竜特急の車内は、まるで樹の幹の中に居るような不思議な雰囲気だった。一見すると無秩序に伸びた根が、列車内を覆っているように思える。けれど仔細に観察すると、六角形や三角形を組み合わせた幾何学的な複雑な構造を描いているのがわかる。荷重を分散し 強度を保つため、それ自体が列車を支える構造体なのだ。
列車の木製フレームは、魔法の木道レールと同じ魔法の木材で造られているという。魔法技術者達が試行錯誤を重ね、「木を育てるがごとく」列車の車体ごと製造する方法を編み出したという。窓枠にはめ込まれている半透明な樹脂も樹液を魔法で加工したものだという。
「凄い……!」
とにかくワクワクする。
何年も眠ったままだったなんて惜しい。こんな世界の変化を見ることが出来なかったことが悔やまれる。
でも、これから何か楽しいことが起こりそうな、予感がする。
少年は到着の興奮が抑えられないといった様子で、窓にベッタリと頬を張り付けた。だが、不意に目眩を感じたかのようによろめいて、椅子に身を沈めた。
もともと白かった肌が青ざめているようにも見えた。
「興奮。されてはいけません。身体に毒です」
「平気だよ……こんなの」
メイドは素早く腰のポーチから薬を一錠取り出した。
赤い、血のような色の丸薬だ。
半ば無理やり少年の小さな口にねじ込むと、荷物から水筒を取り出し小型のカップで水を注いで、少年の口に。
「……ん、飲んだよ」
青ざめていた顔色が多少は良くなる。とはいっても普通の子供に比べれば遥かに白く、健康そうには思えないが。
「安堵。残り少ないのです。貴重な薬ですから」
「血の味がする……」
微妙な顔をする少年の頬に、ロベリーがそっと手を添える。
「竜人。詳しくは知りませんが、貴重な血が入っていると。しかしあまり口外されませんように」
「わかったよ」
少しふてくされたように、ぷいっと窓の方を向く。元気になった様子にロベリーもホッとする。
「安堵。……パドルシフ、あなたは偉大なるノルアード公爵家の大切なご子息様なのですから」
「はいはい、その話は無し!」
パドルシフ・ノルアード。
死んだはずのノルアード公爵の一人息子。
やがて魔導列車は静かに駅へ滑り込んだ。
<つづく>




