ここから未来(さき)へ
魔法学舎での授業が終わった後、俺たちはヘムペローザと一緒に帰ることにした。レントミアの希望もあり、ネオ・ヨラバータイジュの商店街に立ち寄ることにする。
「美味しい南国飴でも買っていきたいにょ。プラムとラーナ、リオ姉ぇにマニュ姉ぇも食べたいじゃろ」
軽い足取りのヘムペローザとレントミアを伴って、ネオ・ヨラバータイジュ村へと向かう。歩いて一五分ほどなので軽い寄り道気分だ。
「お前が一番食べたいんだろ、あぁいいとも」
「ググレにょの分も買うからにょ」
南国飴とは、フルーツの各種果汁入りの柔らかい飴のことだ。強烈に甘い。
「おれは遠慮しておくよ。虫歯にでもなったら困るからな」
「歯を磨いて、口内環境を整えれば虫歯にはならないにょ」
「ほぉ、勉強しているなぁ」
「当然じゃ」
虫歯は口の中で超小型の悪いスライムが、甘いものをたべて酸を出し歯を溶かすから、という原理らしい。
「わかっているならいいけどな」
「流石に歯医者は勘弁にょー」
「同感だね。王都の歯医者は悲鳴が毎日聞こえてたものね」
と、レントミア。
「恐怖の館だなあれは」
虫歯になったら『治療用スライム』という、骨を溶かす種類の小型スライムを口に入れなければならない。虫歯に数センチメルテのスライムを乗せ、彼らの出す酸でジワジワと溶かされるのは痛みと恐怖で地獄絵図らしい。
王都にある歯科治療院からは、いつも哀れな子供や大人の悲鳴が聞こえてくる。あれは正直、俺も避けたいところだ。
「でもまぁ、世界は良い方向に変わってるな」
歯を磨いて清潔にせよと、いうのはスヌーヴェル姫殿下のきめ細やかで女性らしいお達しによるものだ。今ではどこの学舎でも教えている健康に関する新常識。なかなか素晴らしい教えだと思う。
「どうしたのさ、ググレ」
レントミアとヘムペローザと並んで歩きながら、ふと世界樹を見る。
平和になり、世界は着実に変わりつつある。
魔法技術が発展し、来年には王都と世界樹を結ぶ魔導機関を搭載した、新交通機関が開通する。量産体制が整った木道レールは現在、王都で大量生産されている。
魔導列車の車両も、民間の技術協力と様々な試行錯誤を経て、実用段階に達した。
現在は、軍事魔法工房が中心となって急ピッチで製造とテストを進めている。
国家間の争いも小競り合いこそあれ、大規模な紛争が起こる危険度は減っている。
唯一の超大国として君臨しつつあるメタノシュタット王国を中心に、世界は再編と協調路線へと踏み出している。
それは巨大な軍事力を背景にした、力による支配とは違う。
世界樹を中心とした栄光の魔法王国への道、それを各国に示すことよる発展のビジョン、つまり「未来への憧れ」による協調だ。
「来年には、魔導列車で王都に行けるな、と思ってね」
「そうだったにょ。いいにょぅ!」
ヘムペローザが瞳を輝かせる。
「きっと旅に行くのも、ずっと楽になるぞ」
「そういえば、木道レールの北方への敷設も決まったって言ってたもんね」
「南から北まで一気につなげて、西方の砂漠も越えて……世界中に線路が通る未来がくる……か」
「すごいね。時代が変わってる。戦いがないとみんなそういう方向に、知恵とお金を使うんだね」
レントミアがしみじみという。
「ははは。たしかにな。そうだ、フィノボッチ村にも久しぶりに行ってみたい。イオラのいるティバラギー村にも、ファリアのいるルーデンスにも」
魔導列車の線路がつながったら、旅がしたい。
「あと一人忘れてない?」
「ん……、エルゴノートか」
「そうそう」
「元気だとは聞いているが、会いたいな」
それと弟のアルゴート、いやチュウ太にも。
みんなにも逢いたい。猛烈に懐かしさがこみ上げる。
だが遭うのは過去にある想い出ではなく、ここから未来の話だ。
「気楽に行けるようになったら、王都のおしゃれなお店に通えるにょ」
「おっと、それはちょっと違うぞ、ヘムペロ」
「にょ?」
「世界樹村に素敵な店が出来るよう、発展させてがんばるのが俺達の仕事だからな。王都から人が来る時代がもうすぐくるさ」
「なるほどにょー。ここにお店が出来たらいいにょ」
「そういうこと」
ヘムペローザの黒髪をあたたかな風が揺らす。
「そうだね、いこう」
「ちょっとお腹がすいたしにょ!」
レントミアが歩き出し、ヘムペローザも跳ねるように後を追う。
「あぁ!」
俺は午後の光を浴びて輝く巨大な世界樹を背に、足を踏み出した。
<◆35章 ググレカスの世界樹開拓史 了>
【作者より】
賢者ググレカス、本章のお話は一旦ここでおしまいです。
連載は小休止とさせていただきます。
「終わり」ではありません。
ググレカスの冒険と世界の発展、この先の未来の話は必ずまたお伝えします。




