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 魔法とは何か? ――王立魔法協会会長の特別授業【前編】


『――この世界における魔法と、そうでない原理(もの)について、違いを話すとしようかの』


 白い顎髭(あごひげ)をたくわえた老魔法使いが、ゆっくりと口を開いた。


 黒板に映写した『幻灯投影魔法具(マギナプロジェクタ)』の向こうで光がまたたく。

 

 魔法学舎の生徒たち12人はその様子を真剣な眼差しで見つめている。

 それもそのはず。王国の魔法使いたちの頂点にして最高権威、メタノシュタット王立魔法協会会長、アプラース・ア・ジィル卿の特別な授業、遠隔魔法通信による講義なのだから。


 おとぎ話で語られる伝説の大魔法使いのように、威厳に満ちたその姿、醸し出す雰囲気は、俺やレントミアのような若造とはまるで違う。

 アプラース・ア・ジィル卿は手に持っていた杖の先で、空間に魔法円の紋様を描いた。その中から生じた光がより複雑な図形を浮かび上がらせる。それは太古の魔法使いたちから連綿と受け継いできた魔法の叡智、魔法術式や、複雑な魔法円たちだった。


『――まず、教室の皆がこれから学舎で学ぶのは、魔法を使いこなすための技術と規律じゃ。魔法の呪文、魔法円の描き方、魔法薬に通じる薬草学、魔法に役立つあらゆる知識。そして規律とはつまり、社会人として知っておくべきルール、当然、魔法使いとして、魔法を使う上で守らねばならないルール、決まりごとじゃ』


 ヘムペローザを含めた12人の生徒たちは皆、しっかりと頷いた。

 その様子は水晶球通信を通じて双方向に、王都にいるアプラース・ア・ジィル卿の目にも届いている。


『――魔法の技術に関しては魔術(・・)と呼ばれる学問により種類や目的ごとに分類、体系化されておるの。それらは、そこにいる素敵で優しいアルリー・プティカット先生に学ぶとよいじゃろう。それと……後ろにいる世界を救った英雄たち、賢者ググレカスに、大魔法使いレントミアも良い手本になろうて』


「はっ、お力になれることがあれば」

「特別授業も頼まれたらやるよ」

 生徒たちは一瞬だけ俺たちの方を振り返り、また老魔法使いの映像に視線を戻す。


『――規律はとても大切じゃ。大きな力であればあるほど、正しく使わねばならん。魔法経典法に(のっと)り、王のため、王国のため、人々のために、正しく使わねばならん。決して、己の欲望の成就のために使ったり、他人を傷つける呪いや、土地を腐らせたりするような、邪悪を目的として用いてはいかんの』


「「「はい!」」」


 生徒たちが力強く返事をする。アルリー・プティカット先生もその様子を見て小さく頷くが、ここまでは復習(・・)のようなもの。生徒たちもこの学舎で教え込まれているのだろう。


「耳が痛いね、ググレには」

 横に座っているレントミアが小声で囁く。

「おいおい、俺も常に正しい使い方をして……いるじゃないか」

「いるの?」

「いるつもり……」


 いるのか?

 果たしてそうなのか。

 いるような、いないような。いや、皆を救うために、時には正義のために。魔法を使っているのだから胸を張っていよう。うむ。


『――さて、ここからは魔法の先生がしない、特別な話をしようかの。王都にあるここ……魔法協会の奥深く、想像もつかぬほど大昔から、大勢の魔法使いたちが考え、知恵を絞り、推論と実証を繰り返し導き出した……決して他では語られぬ、秘密の話じゃ』


 ざわ……、と生徒たちは少し驚いたようだった。身を乗り出すようにして耳を傾ける。


 堅苦しく杓子定規な魔法についての授業かと思いきや、王立魔法協会会長の口から飛び出したのは、何やら秘密めいた話らしい。

 そんな貴重な話を聴けるとあって、子供たちは俄然興味を持ったようだ。


『――最初に述べたとおり、魔法と、そうでない原理(もの)についてじゃ』


 魔法協会会長は光を灯した魔法円に、次々と様々な映像を映し出した。水の映像、炎の映像、雲、風、空の星々、そして太陽に、二つの月。


『――水が高いところから低いところに流れるのは、当たり前……じゃな』


 ちょろろと水が流れる映像をいろいろな角度から。

 生徒たちの視線も上から下へと動く。


『――炎は何かがあって燃え上がる。紙や、薪は、よく燃える。燃えたものは熱と光を発し、紙や薪は灰になる。うむ……当たり前、じゃの』


 ぼっと燃え上がる紙、そして薪。

 生徒はその鮮烈な映像の迫力に驚いた様子だった。


『――風が吹けば、木の葉が揺れ、砂が舞い上がる。風が止めばそれらは、地へと戻る。これも当たり前、かの?』


 生徒たちがうんうん、と首を縦にふる。


『――生きとし生けるもの、生まれてはやがて死ぬ。植物も芽吹き、花を咲かせ実をつければ、やがて枯れて土に帰る。これも……(ことわり)


「ことわりって……」

「つまり」

「あたりまえ、という事にょ」


 子犬が生まれ成長しやがて年老いて死ぬまでが早送りで映し出される。人間も赤ちゃん、子供、少年、成人、そして老人、墓までを早送りで映し出す。


『――そうじゃの、あたりまえ、じゃな。あたりまえこそが世の(ことわり)じゃ。原理、原則。あるいは、決まり事じゃ。世界が出来がったときから変わらぬ、普遍のルールじゃ』


 確かにそのとおりだ。考えるまでもないが世界は、構成される要素(エレメント)と、動かす原理、すなわり(ことわり)で成り立っている。というのは納得できる。


『――ここまでが世界を織りなす基幹となるのじゃが、もうひとつ、別の(ことわり)を付け加える』


 アプラース・ア・ジィル卿の杖の先で描いた魔法円の中央から、炎が小さく燃え上がった。ポッと燃え上がりすぐに消える。


『――気がついたかの? 薪も紙も無い、あったのは魔法円だけじゃ。これは……先程の、「あたりまえ」とは違う原理じゃの? 何故かのう?』


 老魔法使いが優しく教室の生徒達に問いかける。


「魔法だからです」

「魔法です!」

「魔法!」

 生徒たちが手を上げて、口々に発言する。


『――うむ、実に賢く聡明な子供たちじゃ。そのとおり。これらが、わしらが使う、魔法というものじゃな。(ことわり)とは違う原理で事象を成す力。(ことわり)を飛び越えて動く力。炎を生み出し、氷を空中に生み出し、時には風を起こし、未来を見通す。魔法とは実に不思議で、実は底知れぬ謎を秘めた恐ろしい力じゃ』


 俺とレントミアも頷く。理解できるし納得できる。


『――じゃが、そこで疑問が出てくるのじゃ。いま見せた単純な炎の魔法を考えてみるのじゃ。この炎は一体、何処から来たのか……? という疑問にぶつかるのじゃ』


「炎は魔法円から出ました!」

「炎を生み出す魔法円が、紙や薪の代わりに、炎を生んだのでは……?」

「そうだよね、だから魔法……なんだよね」


 生徒たちも不思議に思ったようだ。突き詰めて考え始めると、おかしなことに気がつく。


「炎が燃えるには燃料……つまり、紙や薪、あるいはランプのように油、いわゆる燃水(・・)が必要なのが、この世の(ことわり)だったはずだ」


 俺がボソリと言うと、生徒たちは「あ……!?」という顔をした。


「確かに、『魔法術式が』『魔法円が』『魔法力が』という理由はつくよね。でもそれって……レストランのメニューの注文表みたいなもの、なんじゃないかな? 頼んだら料理が出てきた……みたいな」


「レストランは金貨で払うが、魔法の場合は魔法力を対価とする……といったところかな?」


 俺もレントミアの喩えに乗じて、喩えてみる。


『――おぉ……レントミアもググレカスも聡明な()じゃの! 実に、まさにそのとおりじゃ。レストランのメニューに、子供たちにも分かる良き喩えじゃ』


「えへへ」

「ふはは」


 完全に生徒気分(・・・・)。褒められて嬉しいのは人の(ことわり)だ。


『――生徒たちにもわかってきたようじゃの。ワシもレストランの喩えに便乗させてもらうなら、魔法円が注文表だとすれば、出てくる炎や氷といった料理は……いったい誰が、どこで準備しているのかという疑問に突き当たるのじゃ。レストランならば厨房の奥で、コックさんが作っておるがのぅ。果たして……魔法もそうなのじゃろうか……? その先にあるものは、何か。我々魔法使い……魔法を使うことを許された者たちは長年、追い求めてきたのじゃ』


「おぉ……」

「ううーん」

 なんとも概念的な話になってきた。

 俺もレントミアも考え込む。自在に使える「魔法」という存在の根幹に関わる事柄に、この授業は足を踏み入れようとしている。壮大な世界が手のひらの中にある、と言うことに今更ながら気付かされる。 

 生徒たちもヘムペローザも、魔法の本質を知ることができれば、より深く、正しく、魔法を理解し使うことができるだろう。

 教室が静まり返り、老魔法使いの次の言葉を待つ。


『――あくまでも仮説じゃが……。世界が二重構造(・・・・)になっているのではないか? と思うのじゃ。この世界を覆うように存在する、より大きなもう一つの世界を想像するのじゃ。見えぬ上位の世界が存在するのではないか、と』


「もう一つの……世界!」

「見えない世界が喩えるなら厨房で、コックさんが魔法を供給しているってこと?」

「別の世界、重なる上位の世界をそう考えれば、魔法が空間に炎を生み出せる原理の説明もつくな」


 確かに……超竜ドラシリア戦役の直前。聖剣戦艦内部で視た世界終焉の映像には、確かに「世界を切り取った」事を示唆する映像があった。聖剣戦艦艦隊の魔法動力炉を暴走させることで空間を、世界を切り取り「逃した」のがこの世界の始まりだとも。


『――それを裏付けるのが、魔法を使える者、使えぬ者の存在じゃ。魔物という存在の中にも、魔法を使うものもおるのぅ。そうした使える、使えぬの区別を生じさせるのが、魔法因子……すなわち、我々が魔素(マナ)と呼んでいる未確認の粒子、見えない何らかの地下の粒じゃ。魔法のレストランのメニューを読んで注文(・・)できるか否かは、これが体内にあるかどうか、多いか少ないかによって左右されるようじゃの』


 なるほど、魔法を語る時に漠然と魔素(マナ)という言葉を使うことはあったが、それは誰も見たことのない未知の存在。それが鍵となり、世界と世界を……いや、まて。


 レントミアが俺の腕を掴んで引き寄せた。


「ググレ、魔素(マナ)って確か、聖剣戦艦の内部で見た文章にもあったよね!?」

「シリアル君の遺してくれた聖剣戦艦の中枢システムの、確かタイトルに……あった」


 ――新世界再建計画-M12・魔素(・・)詳細設計・展開制限


 そうだ、魔素の設計……!


 いや、まて。それはつまり世界の魔素は設計され、魔法は準備された物ということにならないか!?


<つづく>


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