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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆9章 海と空と賢者と、新たなる旅路 (英雄達の消失 編)
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★メタノシュタット自由市場へ

【これまでのあらすじ】

 巨大怪獣(デスプラネティア)の襲撃事件から数日がたち、エルゴノートにファリア、ルゥ、レントミアは再び港町ポポラートへと旅立っていった。

 落ち着きを取り戻したググレカス達は、メタノシュタット城下町へ生活必需品を買出しする為に出発する。それは楽しい買物ツアーの始まりだった――


 ◇


「――っくちん! 寒いにょ賢者! 馬車にも暖炉ぐらい欲しいにょ」

「アホゥ、無理を言うな」


 とは言うものの、確かに馬車の荷台で寒そうに縮こまっているプラムとヘムペローザ、そしてリオラには不憫なことをしてしまったと反省する。

 再び小さなクシャミをするヘムペローザを見るにつけ、チクリと心が痛む。


 俺は忙しさにかまけて(といっても時間があれば読書していたのわけで)すっかり冬支度を疎かにしていたのだ。

 寒空の下を進む馬車の荷台は風が通り抜けて底冷えのする寒さだ。

 魔法の結界を使えば、命を奪うような炎の高温や一瞬で凍てつく絶対零度の魔法などを防ぐ事がきるのに、馬車の荷台を快適な温度に保つような手立ては思い当たらない。


 ――まったく、女の子ひとり暖めてやれなくて何が「賢者」だ。


 あらためて悔しさがこみ上げて来る。単純に魔物を倒して強い凄いと言われ、得意になっていた時代は城のパーティを区切りにして終わったのだ。


 賢者の館を貰いうけ、仮にもこの地に根を下ろした俺は、「普通に暮らすこと」がこんなにも難しいのかと改めて思い知っていた。

 冒険をしている間は、眠くなれば宿屋に止まり、腹が減れば街の食堂で飯を食えばよかったが、生活をするとなると食料や衣服、それら全てを手配しなければならないのだ。

 そんな当たり前のことさえ出来ないくせに、俺を頼りにする四人もの子供達を抱えてしまった事になる。


 ――だけど、俺が守ると決めたんだ。


「ごめんなヘムペロ、もう少しだけ辛抱してくれ」

「……にょ? あぁ、大丈夫にょ。賢者こそ寒くは無いのかにょ?」

「俺はローブがあるから平気さ」


 風の吹き込む馬車が耐えられなくなったのか、俺の気持ちを察してくれたのか、荷台の奥からマニュフェルノがごそごそと毛布を取り出してきて大きく広げる。皆で包まろうというのだ。


「毛布。これに皆で包まれば暖かいし、至福な感じ……」

「うん、寒くないです」

 リオラを中心にマニュフェルノ、そしてプラムとヘムペローザが身を寄せ合って毛布を被り暖を取る。


「にょほ、リオ姉ぇは凄く暖かいにょ。……高温期かにょ?」

「ち、ちがっ! ヘ、ヘムペロちゃん、どうしてそんな言葉知ってるの……」

「にょほほ、こう見えても昔はレィディだったからにょ!」

「……?」

 うん? と首をかしげるリオラの反応は当然だろう。

「こうおんきってなんですかー?」

 無邪気に尋ねるプラムに絶句するも、赤裸々な女子トークに俺は思わず聞き耳を立ててしまう。ヘムペロめ、さらりと余計なことをしゃべるんじゃない。


「なぁ賢者さま、高温期ってなんだ?」

「ばっ! 俺に言わすのかそれを……」


 俺は傍らに座っている少年(イオラ)の問いかけに思わず顔を赤らめる。あとでリオラに聞けばいいだろう、ブン殴られるかもしれないがな。


「体温。確かに妹君(リオラ)の体温がちょっと高目ですね……?」

「あ、大丈夫です……ちょっとカゼぎみなのかな」


 一応は病気の知識も豊富なマニュフェルノが、リオラのおでこに手を当てる。治癒魔法では風邪は治せないのだが、それでも癒しの僧侶の異名を持つだけに、この世界では医者として一般的な、厄払いや薬草を処方するだけの知識は持ち合わせている。


 ――まてよ。


 不意に俺はひらめいた。

 マニュフェルノが新たに手に入れた「発酵(ファム)」の力を更に応用すればどうだろうか? つまり腐生細菌を活性化させる「腐朽(ペドス)」の魔力波動を変える事で、納豆菌や乳酸菌を活性化できるようになるのなら……体内の免疫細胞、白血球やマクロファージを活性化できるのではないだろうか?

 それがもし出来たなら、「完璧な治癒魔法」の領域ではないか?

 ――いや。今はまだ危険が大きい。

 実証するには人体実験が必要だし、マニュの力を使う研究課題としてしまっておこう。


 そんなことをぼんやり考えている俺とは対照的に、女子組4人は暖かい毛布に包まっておしゃべりに興じている。


 俺は馬車の御者席に並んで座り馬の手綱を握っている。イオラは隣に座っているが時折揺れる馬車の上で肩と肩が触れ合う。

 寒いだろうとお古の外套(ローブ)を貸し与えたが、イオラは結構気に入った様子だ。


 イオラも後ろの女子組に混じればいいものを、一応は男として馬車を預かる騎士(ナイト)さま気取りなのだろう、ずっと御者席で前を見つめている。……可愛いやつめ。


 ――あ、そうだ。


「イオラ、これ」

 俺はイオラを抱かかえるようにして手綱を持たせ、少し操縦させてみることにする。

「わ……いいの?」

「あぁ。少し改良して『内臓魔力』で動くようにしてみたのさ。少しの間ならイオラでも操れるはずなんだが」

「おぉ……すげ!」


 イオラが嬉しそうに目を輝かせてた。

 馬車は手綱で操ったとおりに進んでゆく。けれどすぐに道の僅かな凹凸に車輪をとられ、馬車が道を逸れそうになる。

「おっとと!」

「わわっ!」

 咄嗟にイオラの手を掴んで方向を整える。

「道の様子に気を配らないとダメだ。馬にばかり気を取られないで」

「は、はい」


 少年の顔に素直な笑みが零れる。前を見つめる澄んだ瞳や、風に揺れる髪はリオラと同じ色合いだが、横顔がすこしだけ大人びてきた気がする。


 俺の馬車「(グラン)(タートル)号」を引いているのは、賢者の忠実なるしもべ、スターリング・スライム・エンジンこと、ワイン樽ゴーレムの『フルフル』『ブルブル』だ。

 ワイン樽に鉄の足が生えただけのゴーレムは、今日も快調な足取りで地面を蹴って進む。時折すれ違う馬車の御者が目を丸くするのはもう慣れっこだ。


 先日の巨大怪獣(デスプレネティア)戦でも絶大な力を発揮したこの二体のゴーレムは、俺の打撃戦力の主力となりつつあった。戦士や剣士を欠く場合の直接的な物理攻撃の代替として重宝するのだ。

 そして更に、遂に実戦に投入するに至った量産型ワイン樽ゴーレム『(バール)』も使役出来るに居たっては、そんじょそこらの魔物の群れになんて負ける気はしない。


 ――まぁ、出番が無いことを祈りたいところだがな。


 目の前に伸びる広い街道は、王都メタノシュタットへと続く西ルートの道だ。館から馬車な一刻ほどでつく程よい距離だ。

 目と鼻の先にはもう王城の白い外壁と、雲に届きそうな尖塔が見えている。数多くの馬車が併走し、小麦の袋や、葡萄酒、麦酒(ビィル)の樽を運ぶ牛車の車列を追い越してゆく。

 沿道には、薪や沢山の荷物を抱えた旅人、様々な品物を王都で売ろうと道を急ぐ人々が歩いている。

 村とは違った賑やかな様子は、王都が近づくに連れて益々顕著になってくる。


「ググレさまと街にいくのはひさしぶりなのですー」


 プラムが外の様子を眺めながら呟いた。


「そういえば前来た時はファリアと一緒だったな。あの時は余裕がなかったけれど、今日は街で美味しいものを食べて買い物をしよう。リオラとイオラの言う事を聞くんだぞ」

「はいなのですー!」


 プラムが明るい笑顔を見せる。


「にょほほ、引率はワシにまかせておくにょ!」

「お前が一番心配なんだろうか……」


 半笑いで振り返りながら視線をめぐらすとヘムペローザはいつもの調子で笑っている。元気な様子にホッとするが、夜になると「怖い」とプラムと二人で寝床にもぐりこんで来るのは当面治りそうもないがな。


 ◇


 やがて俺たちの馬車は、王都を囲む西側の城壁にたどり着いた。


 王都全体をぐるりと囲うように築かれた強固な城壁は、構築されて五百年が経過しているといわれているとおり、石が風化したくすんだ色合いをしていて、あちこち崩れた様子からも歴史の長さが伺える。

 俺の屋敷からも見える白壁の城と、天を突く様な尖塔が大きく見えた。

 西側から仰ぎ見るメタノシュタットの王城は、とても大きく近くに見える。これは城自体が北西に寄っていて、南側には闘技場や貴族の居住区などが広がっているからだ。

 俺達が目指す自由市場は、城の西側に位置するので館から来るのにも都合がいい。


挿絵(By みてみん)


 駐馬場の管理人にチップを払い、後はいつもどおりに「施錠魔法(セキュアス)」をかけて盗難を防止する。そもそも今回は盗まれるものも積んでいないのだが念の為だ。


 俺達は、馬車から降りると西門に向けて歩を進めた。

 街へ入るために行われる衛兵の簡単な審査は、賢者として顔の知れた俺はノーチェックだった。厳つい衛兵が「あっ!?」と言う顔で敬礼をして、俺達はすんなりと通された。

 顔は勿論のこと、王から拝領した賢者の外套(ローブ)は目印となるので有難いアイテムだ。

 イオラが俺を尊敬の眼差しで見上げている。フフン、すこしは見直してくれい。と、ふんぞり返ってみせる。

 

 周囲には大きな荷物を抱えた商人、野菜の入った籠を背負って歩く少年、薬草の束を背負う老婆など数多くの人たちが行き来している。

 時折、護衛業者と呼ばれる「冒険者」の一行が人ごみを掻き分けてズンズン進んでいく。荷物を抱えた商人が背中から押されてよろめくが、彼らは意に介す風も無い。

 暴虐と言うほどではないが、数人で集まり剣を腰にぶら下げているだけで人は傲慢になってしまうのか。


 己を省みても、ディカマランの仲間達はああいう事は無かったはずだとは思いつつも、胃の奥がむかむかする感覚をぐっと飲み込む。


 気持ちを切り替えて辺りを見回すと九割は人間だが、他は獣人の血を引くと思われる大柄な戦士や、ハーフエルフらしい細身の少女など数多くの亜人もいるようだ。

 ここは大陸最大の王国――メタノシュタットの王都なのだと改めて思い知らされる。


 城門を潜り抜けると広場のように開けた場所に出た。ここは町の外から来た行商人が自由に商売をすることが出来る自由市場(バザール)が開かれていた。

 広場の石畳は黒光りしているが、これは長年の人々の往来で磨きこまれたものだ。


「わぁ……!」「すごい人にょ!」


 プラムとヘムペローザが目を丸くする。


 往来は買物をしている街の住民と近隣の村から買物に来た人々でごったがえし、店主たちの掛け声と交じり合ってとても活気があった。

 穀物の袋を積み上げて売っている農夫や、香辛料を入れた壷を数多く並べた露天、干し肉やソーセージを売る店、丸いチーズを積み上げている店、地べたで魚の加工品を並べて売る親子、干した果物を量り売りしている女性など、自由市場周辺に元々ある店舗と地面で露店を開く者たちがぐるりと並び、ざっと見回しただけでも百軒近くはあるだろうか?

 その他にも薬草や、石鹸類、小物やアクセサリー、まじないに使う鉱石を売る露天もあるようだ。

 生活に必要な大概のものはここで手に入れられるだろう。


 だが、武器や服などの高価で手の込んだ品物は、街の南側に建ち並ぶ商店街に向かわなければないようだ。


「さぁ、まずはリオラのリストを参考に買物をしようじゃないか!」

  

 俺の言葉にリオラは、照れくさそうに小さく笑みをこぼした。


<つづく>


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