アルリー・プティカットの魔法教室
「よいですか、皆さん。今日は特別に、世界的にも高名かつ、偉大なる魔法使いがお二人もいらっしゃっております。授業を参観されますので、くれぐれも粗相のないように」
アルリー・プティカット女史が黒板を背に、生徒たちに向けて注意する。凛々しい感じの女性教諭は、教室の12人の生徒たち一人ひとりを見回した。
年は三十路に差し掛かるかどうか。背筋がビシッと伸びていてダークグレーの髪を高く結い上げている。
「「「はーい」」」
「みなさんこんにちは、魔法使いのググレカスです」
「僕は同じく魔法使いのレントミア、よろしくね」
穏やかな声で挨拶をしてペコリと会釈をする。
「「「こんにちはー!」」」
生徒たちは授業参観の特別ゲスト、教室の後ろに立つ俺とレントミアが気になって仕方がないようだ。
「……すげぇ!」
「魔王大戦の六英雄のうち、二人だぜ!」
「マジで本物の魔王と戦ったり、超竜と戦ったりした人たちなんだよね!」
「こんなに近くで見たの初めて」
ほとんどの生徒たちは、信じられないという表情と、羨望と尊敬の眼差しを向けてくる。ちょっと俺たちも照れるが、ここはニヤニヤしないように威厳を保つ。
「メガネの人が賢者様で、ヘムペロちゃんのお師匠様なんだよね?」
「にょほほ、そのとーり」
「すごいね、お弟子さんなんだよね、いいなー」
「ま、それほどでもないがにょー」
やはりヘムペローザの事は知られているらしく、隣の席に座る金髪の女の子から、しきりと話しかけられている。見た目は普通の子供たちだが、全員が見込みのある魔法使いの卵たちなのだ。
「あの綺麗なエルフの人も、一緒に暮らしてるの?」
「レン兄ぃも一緒だにょ」
「えー!」
「いいなー」
「レン兄ぃはググレにょの更にお師匠様じゃからにょ」
「そうなの!?」
「イザという時はすごく頼りになるにょ」
「へぇ!?」
えっへんと腕組みをして椅子の背もたれにふんぞり返るヘムペローザ。
「お静かにと、申したでしょう!」
今度こそアルリー先生がキレた。
教壇を軽く手のひらで叩くと、途端に無数の蝶が舞った。光り輝く半透明の蝶たちは、一斉に舞い上がると生徒の頭に到達。「ぱちん」と小さな音を立てて弾けた。
「痛い」
「いてて」
「なんでワシまでー」
生徒全員の頭上で蝶が消えた。破裂音と同時に光の粒子となって霧散。
丸めたノートで叩かれたくらいには痛いのだろうか、頭の上を押さえて口々に「痛い」という生徒たち。こういうところはさすが魔法の学舎だなと思わせる場面だ。
「よろしいですか? これから王立魔法協会会長、アプラース・ア・ジィル卿の特別講義がありますから、みなさんくれぐれも粗相のないようにね」
ニッコリと優しくも強制力を感じさせる眼力で教室を見回す。魔法学校の先生だけあって、なかなかの使い手であり指導者のようだ。
「は……はい」
生徒たちも今度こそ背筋を伸ばして椅子に腰掛ける。
「見事な魔法だな」
「あれは、幻影殺蝶。ってことはあの先生……まさか」
「知っているのかレントミア?」
先生に届かないほどの小声で、ひそひそとレントミアと小声で話す。
「うん、魔王大戦の南方戦線で活躍した、第14独立魔法部隊に所属する魔法使いに、同じ魔法を使う人が居たはずだよ。噂で聞いたことがあるもの」
単語に連動して『検索魔法』を励起。関連書籍を眼前に浮かべながら、レントミアの話を補完する。
――メタノシュタット王立魔法協会所属。アルリー・プティカット。
赤のマントの中級魔法使い。魔王大戦時に組織された、王国義勇軍第十四遊撃部隊所属。通称「第14独立魔法部隊」。魔物に対しては容赦のない攻撃を繰り出し「血雨の蝶使い」という異名を持つらしい。
「……何々? 蝶の形をした魔力糸を無数に飛ばして、相手に到達すると同時に攻撃魔法に変換、全方位からの中距離攻撃を得意とする魔法使い……、か」
「うん、それ! 無数の蝶型の魔力糸を自在に操り、全方位から一斉に攻撃をするんだよ。着弾と同時に魔法に変換するみたいで、接触面を切り裂く風属性の魔法、指向性の高い高密度爆破を起こす火炎魔法を使い分けるんだって。南方戦線では魔王軍の軍団長クラスを、仲間たちとの連携で倒したらしいよ」
「それはすごい、かなりの猛者じゃないか」
ともあれ彼女は魔王軍十二軍団における軍団長クラスと対峙し、倒した実力者。ならば魔法学校の教師代表を務めるのも頷ける。実力は伊達ではないのだろう。
そうこうしているうちに、新型の『幻灯投影魔法具』をアルリー先生が準備し、中継による遠隔授業が始まった。
ザザ……と雑音混じりの音声と映像を、黒板に映写しながら調整する。
「「映り始めたー!」」
「しーっ」
「はじまるぞ……」
やがて映像の向こうに、豪奢なローブに身を包んだ白髪に白ひげの老魔法使いが現れた。
威厳がこちらにも伝わってくる。大きな椅子に腰掛けたまま、こちらに見えているのを確かめるように手を振ってきた。
『――ハローハロー、見えておるかのぅ?』
「協会長……お茶目」
「あの人らしい」
ヘムペローザにとっては顔見知りの「お爺ちゃん魔法使い」。後ろにいる俺たちを振り返り、にっこりと微笑んで目配せする。
まずはアルリー先生が代表して挨拶の口上を述べる。
「メタノシュタット王立魔法協会会長、アプラース・ア・ジィル卿、ようこそ魔法学舎・世界樹分校へ。今日はお忙しいところ、大変貴重な機会を頂きましたこと、感謝の極みにございます」
『――おぉ、久しいの、アルリー・プティカット。堅苦しい挨拶はよいよい』
「協会長もお変わり無く」
『――そこでの暮らしはどうじゃ?』
「はい、魔法学校の教師として赴任し、子供たちとも出会え、やりがいを感じております」
『――それは何よりじゃのー。ついでに、よい相手も見つかれば言うこと無しじゃが……』
むふふと白い顎髭を撫で付けながら口を動かす。
「お、お戯れを」
アルリー・プティカット先生が顔を赤くして挨拶をすると、生徒たちも一斉に起立して礼をする。俺とレントミアも合わせて一礼をする。
『――おぅおぅ、良きかな。未来の魔法使いの卵たちよ、楽にするが良いぞな』
白いあごひげを撫でながら、皺だらけの右手をひらひらと動かす。左手にはハシバミの木から削り出した杖を握っている。
『――それに……賢者ググレカスに、レントミアも今日は生徒、でよいのかの』
「是非ともご講義を拝聴したく」
「僕も、生徒として」
『――これは気合を入れねばならぬのぅ。……うーむ、何を話そうかの。授業で話す内容ではつまらぬし……、そうじゃ』
僅かに考える時間を置いて、老魔法使いは手に持っていた杖の先で空間に文様を描いた。杖の先に生じた光が残像となり魔法円を生じさせ、光の粒をいくつも空中に浮かび上がらせる。
『――この世界における魔法と、そうでない原理について、違いを話すとしようかの』
魔法と、そうでない原理……?
<つづく>




