マニュフェルノ、不滅の腐女子魂
◇
「マニュ! 着替えを……!」
賢者の館のリビングダイニングに慌てて飛び込むと、マニュフェルノが静かにお茶を飲んでいた。
俺を見て、少し驚いたようにメガネの向こうで目を丸くする。
「何故。全裸……?」
マニュフェルノの足元で色とりどりの『館スライム』たちがプニプニと動き、一匹は膝の上から跳ねて転がってゆく。
「全裸じゃない、よく見てくれ。裸なのは上半身だけだよ。ちゃんとマントも羽織ってるし、ズボンも穿いてる」
「微妙。裸マントは微妙……」
御茶を噴き出しそうなりながら笑いを堪えている。
「南国だし問題ないだろ」
「微笑。どうかしらね、まだマント無しのほうが説得力あるわ」
「うぅ……」
確かに変態っぽいスタイルだが、ここはメタノシュタット王国最南端の土地。亜熱帯に属するので労働者は上半身裸だったりする。
とりあえず羽織っていた賢者のマントを外し、ムキムキ……でもないヒョロリとした上半身を晒す。
「世界樹で、ちょっといろいろあってさ」
後ろから遅れて現れたレントミアを見て、にっこり微笑むマニュフェルノ。なんだいろいろって。誤解されるだろ。
「納得。レントミアくんと一緒でしたね」
「速攻で納得すんな」
「推奨。ぜんぜん気にしないわ。むしろ友情という名の男の同士の触れ合いを大切に!」
ぽっと頬を赤らめ嬉しそうなマニュフェルノ。
「マニュが考えるようなのじゃないから!?」
すぐに変な想像をする癖は直ってない。我が妻ながら腐女子の鏡、やおい思考は健在のようだ。ある意味平常運転、生活に過不足がない証左だろうか。
「うん、誤解しないであげてマニュフェルノ。僕じゃなくて、世界樹の中に子供がいたからシャツを脱いだんだよね、ググレ」
「お……おぅ!」
「子供。脱いだ……?」
一転、マニュフェルノの眼光が鋭さを帯びる。単語を抜き出すと一気に犯罪臭が増すから不思議だ。
「ち、違う! レントミア、説明をはしょりすぎると誤解しか生まないだろ!?」
「えー? 合ってると思うけど……」
「概ね間違ってはいないが説明が足りないんだよ」
これ以上話がややこしくなると面倒なので、慌てて事の顛末を手短に説明する。マニュフェルノはとても察しが良いので『シリアル君』との悲しい出来事を概ね理解してくれたようだ。
「で、裸で可愛そうだからって、シャツを着せてあげたんだよね。優しいググレ」
上半身裸の俺に、しなだれかかるレントミア。
「微笑。うふふ、それはそれは」
「おまえら楽しんでるな……」
とりあえず、新しいシャツを貰い受けて颯爽と羽織る。身支度を整えたら今度は、1キロメルテほど離れたネオ・ヨラバータイジュ村へと戻らねばならない。今日は魔法学舎の分校で特別な授業が有る日なのだ。
「ヘムペロは……もう学舎か」
「今朝。ググレ君が出勤した後に歩いて学舎へいきましたよ。リオラの習い事と一緒ですし心配はないかと」
「あぁ、それなら安心だが」
リオラの「習い事」というのは、刺繍やお料理教室のことではない。ルゥの道場での格闘術の鍛錬のことだ。ちょっと独り歩きさせるには何かと心配なヘムペローザだが、リオラが一緒なら何の心配もない。素手なら最強のボディガードといったところか。
ちなみにヘムペローザは、プラムやラーナと共に今も普通学舎に通っている。ネオ・ヨラバータイジュ村に再建された『世界樹・青葉校舎 ~初等部、中等部~』だ。王都の学舎と同様に、授業は週に三回。
だが、それとは別に同じ学舎の教室を使い、ネオ・ヨラバータイジュ村周辺で見つけた、魔法の才能を持つ子供たちに「特別授業」を行っている。
魔法使いの卵を育成するためのいわば国策授業。
王都の高等魔法学舎から先生を一人赴任させ、魔法の基礎的なことからやや高度なことまで、懇切丁寧に教えてくれるという厚遇ぶり。
いわば魔法学舎の「分校」だが、こちらの授業は週に2回。
1日は普通学舎の授業が終わった後で、そのまま学べる。だが今日は、魔法学舎だけの特別授業の日だったはず。
そして今日は更に特別な日だ。王都から魔法の遠隔通信を用いて、王立魔法協会会長であるアプラース・ア・ジィル卿が御自ら講義をしてくれるという。これは俺もぜひとも聞きたい。
「じゃぁマニュフェルノ、行ってくる」
「僕も行く」
レントミアも当然のように興味があるようだ。ハーフエルフで見た目は10代のままあまり変わらないし、学舎にも馴染みそうだ。
「昼食。これを食べていきなさいー」
マニュフェルノがパンをくれた。リオラとマニュフェルノが焼いたパンの残りか。
「さんきゅ、マニュ」
俺は賢者の館を飛び出した。
外の馬車では妖精メティウスが日向ぼっこをしながら待っていた。
「賢者ググレカス、お早く」
「またせたな!」
とはいえ学舎まで空を飛んでいくのは仰々しいので、馬車で向かうことにする。通常の馬車モードにした『フルフル』『ブルブル』にて馬車を牽く、いわゆるこれが基本形の『陸亀号』だ。
とりあえずパンを咥え、学舎への道を急ぐ。
「遅刻ちこくー! っと」
だが、急ぎすぎて街角で転校生とぶつからないようにしなければ。安全運転が一番だ。
◇
授業は始まっていたようで、すでに教室は静かになっていた。
魔法の木材で造られた真新しい校舎のドアは開け放され、廊下の外まで授業の声が聞こえてくる。ピンとした声は、女教師、アルリー・プティカットだ。
「結局、遅刻しちゃったね」
「なんだか懐かしい感覚だな……」
覗いてみるとまだ出欠を確認している最中のようだ。
床板がギシギシ言わないように静かに慎重に、教室の後ろに身を低くして入る。
授業参観のような格好だが、参加することは事前に伝えてあるので問題ない。
教室の中にいる生徒はわずか12人ほどしかしない。縦に机を3つ並べた列が4つ。魔法使いのマントを羽織った俺とレントミアに気がついた生徒たちが、流石にざわめく。
「ググレにょ」
窓際の後ろから二番目の席に座っていた、黒髪の女子生徒が振り返りニコっと微笑む。やや褐色の肌に、艷やかな黒髪。僅かに尖った耳が特徴の我が一番弟子、ヘムペローザだ。
赤い薄手のノースリーブのワンピースの上に、魔法学舎の制服――半袖のシャツのようなもので、純白に淡いブルーのラインが縁取りされている――を羽織っている。
『前 を 向 い て ろ よ』
声には出さず、身振り手振りで伝える。だが生徒たちは「賢者だ」「メガネの!」「綺麗なエルフ!」とザワザワと騒がしくなった。
「……お静かに!」
「はい!」
つい背筋を伸ばしてしまった。生徒たちへの注意だとわかっていても、なぜか脊髄反射というやつだ。
<つづく>




