千年帝国(サウザンペディア)の残照
――個体識別A34-098701共有フォルダ開放
途端に聖剣戦艦『蒼穹の白銀』をデザイン化した図形、メタノシュタット王家の紋章に極めてよく似た紋章が浮かび上がった。
「おぉ……!?」
――上位管理者の生体認証、成功
――上位管理者により代理アクセスを許可。データ領域開放。マスター記憶媒体は破損。セカンダリ記憶媒体へ切り替え、残存領域のみ縮退稼働中
「なんだか良い感じですわね!」
「あぁ」
戦術情報表示に次々と記号や文字、図形が表示されはじめた。
立体的に動く図形が浮かび、聖剣戦艦の船体概略図が一度表示された。その直後、船体はバラバラに崩壊する。破片は全て赤い警告色。だが中枢とごく一部だけが青表示、つまり「残存」していることを意味しているのだろう。
それは「シリアル君」が語っていた記憶中枢の一部分と、僅かな構造体だ。無数にある制御用の補助噴進装置の一つ。それに魔導集束熱線砲と表示された副砲塔の一部だった。
「戦術情報表示で、聖剣戦艦の状態が手に取るようにわかる」
「シリアル君はこれを視ていたんだね」
「制御中枢が同じ情報を見せている……というわけか」
修理担当である「シリアル君」に、何とか修理せよと言うことだろう。8割が損壊している状態では手の施しようが無さそうだが、いずれにせよ『聖剣戦艦』のごく一部は、まだ生きているのだ。
興奮を抑えられないまま、レントミアと妖精メティウスと『戦術情報表示』を視界共有。情報を閲覧してゆく。
「シリアル君の番号が魔法の鍵だったのでしょうか?」
「修理担当であるシリアル君には、特別に情報を開示していたのだろう」
「仕掛け自体は、大切な魔導書に『施錠魔法』を施すのに似ているね」
「レントミアの言う通り、合言葉による解除を行い、情報を閲覧することが許可された、といったところか」
「では『上位管理者』とは、賢者ググレカスの事かしら?」
妖精メティウスが指摘したとおり、シリアル君のナンバーでの接続後に、何やらそんな表示が出ていた気がする。
「うぬ……? 上位管理者に関しては、そうだろうな」
考えてピンときた。というか思い出した。
「王都の尖塔で初めて聖剣戦艦への入口を見つけて乗り込もうとした時、俺は試練を受けた。それで操ることを認められた」
「思い出しましたわ。世界が滅ぶ恐ろしい幻を見せられて。それから動かせるようになったのでしたわ」
「つまり、それこそが資格。つなり管理者権限なのかもしれないな」
あの試練は、俺が聖剣戦艦を操るのに相応しいか、適合するかを調べるものだったのだろう。精神障壁のような魔法を浴びせ、幻影を見せてそれを理解し受け入れる明晰な頭脳を持ち、試練に耐えられるかを試されたのだ。結果、得られたのが聖剣戦艦の上位管理者としての資格。それがシリアル君の番号と組合わさることで、再び接続が許可されたのだろう。
「なるほどですわ」
「ググレは一度、聖剣戦艦に乗り込んでいたから、上位管理者ってことね」
妖精メティウスもレントミアも納得する。
「そういうことにしておこう。さて、何か有益な情報がないか調べてみよう」
せっかくシリアル君が遺してくれた大切な鍵だ。再起動した聖剣戦艦へのヒントをムダには出来ない。
戦術情報表示に展開された『記憶媒体』は、眼前にまるで本のインデックスのように整然と並んでいた。
「いろいろな情報があるが……」
「タイトルだけでなんだか凄いよね」
――聖剣戦艦艦隊交戦・通信記録
――新世界漂着年代記(00~12)、各大陸調査結果
――新世界再建計画-M12・魔素詳細設計・展開制限
――新世界再建計画-H24・再生人類、素体管理一覧
――新世界再建計画-Z09・労務用種族、展開制限
――新世界再建計画-G96・予備戦術情報指揮官「賢人」型素体生成計画
「新世界再建計画……! この世界のことか」
「創世記みたいなものかな」
流石に心臓が高鳴る。これは……禁書どころの騒ぎではない。失われた歴史の秘密、いや世界創世の秘密そのものだ。
だが、期待はすぐに失望へと変わった。
中身を閲覧しようとしても、文章を展開しようとしても、次々と真っ赤な「エラー」という表示が繰り返されるだけだった。
――ファイルロスト、閲覧できません
――領域破損、復元不可
――復号エラー、パリティロスト
「くそ! ほとんど読めないじゃないか」
「焼け落ちた図書館のようですわね……」
「あーぁ、がっかり」
どうやら殆どの記憶媒体が破損しているようだった。がっくりと肩を落とす。
「現在の船体の破損情報だけは、シリアル君と同じぐらい見れるんだがなぁ」
「そうなんだけどね」
「船体の詳しい破損情報は、そもそも超竜ドラシリア戦役後、つまり聖剣戦艦にとっては『つい最近』の出来事に過ぎない。だからきちんと記録されていた、という事なのだろう」
「納得だね」
それ以前の重要な情報、千年前の出来事や更にそれ以前の記録は衝撃で破損してしまったのか。
レントミアもお手上げのようだ。眼の前に浮かべた半透明の魔法の窓を前に、思わず腕組みをして座り込む。
けれど粘り強くフォルダを探っていた妖精メティウスが声を上げる。
「あら? これは開けましたわ!」
「なんと!?」
――新世界再建計画-M12・魔素詳細設計・展開制限
「魔素詳細設計……?」
『……dakl……基づき、安全と秩序の維oe……目的……あe魔法の設計……新世界を満たす人造素粒子――魔素――8d反応制限を施……a』
「なんだか意味がわからないね」
「読めん。人造素粒子? 魔素に反応制限を施すって、どういう意味だ?」
なんだか難しい言葉と記号が並んでいるが、やはり殆どは文字化けしている。破損している文字列なので翻訳魔法も役に立たない。
「魔素はマナ、つまり魔法の源って意味でつかうけど。人造って……それさえも人が造ったって意味なのかな」
「千年帝国時代なら、さもありなんだな」
「うーん。もうなんでもアリだね。けれど……ぜんぶ失われちゃったんだ」
レントミアが落胆したように周りを見回した。
「過去の栄光は取り戻せない、か」
仮にここで何か素晴らしい情報を得たとしても、もはや過去の遺物。知ったところで、使い道は無さそうだ。
俺たちは暫く悪戦苦闘したが、有益な情報はそれ以上得られそうになかった。
「もういい。聖剣戦艦の一部が生きているとわかっただけでも収穫だ」
「そうだね、疲れちゃったし帰ろうよ」
「賢者ググレカス、あの」
「なんだいメティ」
「お急ぎになりませんと、魔法学校の通信授業が始まりますわ」
「あ、そうだった!」
こうしてはいられない。急ぎ、ヘムペローザの通う『王立魔法学校・世界樹分校』に向かわねば。
<つづく>




