ググレカス秘密のログイン
聖剣戦艦の自己修復ユニットとして誕生した『シリアル君』は、その短い生涯を終えた。
わずか20分足らずの命だったが、俺達に貴重な情報を与えてくれた。
遺体は跡形もなく消え去り、俺のシャツだけが地面に染み込んだシリアル君の痕跡の上に残されていた。
落ちていたパイプを組み合わせて簡単な墓標を作り、祈りを捧げることにする。シャツは墓標の上に羽織らせる。せめて、これから千年間もずっと先も。安らかに眠れますように、と。
「なんかさ……」
「ん?」
レントミアの神妙な横顔に目を向ける。
「いま思い出したんだけど。ググレと初めて出会った時、大きな白いスライムに追いかけられていたよね。……っていうか実は『出てきた』ように見えたんだけど」
「……! おいおい、冗談はよしてくれ」
ヒカリカミナにほど近い草原から、俺の記憶は始まっている。
突然、世界に投げ出されたような衝撃と、巨大なブヨブヨのスライムが背後から追いかけてくる驚きと恐怖を思い出した。
「あの時、ファリアやエルゴノートも一緒に居たんだよ。気がついたらググレが丘の向こうから這うように転がりながら、白くて大きなスライムから逃げてて……」
記憶の糸を辿りハッとする。
まるで、それはシリアル君が生まれた瞬間に似ていたのではないか、と。レントミアはそう言いたいのだ。
思わず自分の手を見つめる。見えない魔力糸を自在に生み出し、魔法として使う俺。それにより魔法陣を描き、結界を展開する。更には粘液魔法を生成、自在に操ることができる。粘液魔法の使い方次第では防御や攻撃、あるいは「身に纏う」事さえ可能なのだ。
シリアル君は「強化外骨格を展開し」ともいっていた。
ならば自分は一体何なのだ?
本当に世に言う魔法使いなのだろうか。
まさか……シリアル君と同じような……?
バカな。
「だ、だとしても。俺は俺だ。今さらそんな事言われてもスライムに戻るわけもない」
虚勢を張り、ふふんと笑ってみせる。
「もちろんググレはググレ。血の通った人間だから安心して。体温もあるし……」
レントミアが腕を伸ばし、賢者のマントの間から覗く素肌の胸にぺたぺた触ってくる。
「やめろ、くすぐったい!」
「心臓を確かめてあげるよぅ?」
「まぁ、仲のよろしいこと……」
妖精メティウスがオホホと笑う。
「で、ググレ。これからどうするの?」
俺から離れたレントミアが居住まいを正した。俺は上半身裸の上に賢者のマントという格好だが、南国だから、の一言で許されるだろう。
「そうだな……。そもそもの今日の目的はこれで果たした。一旦戻ろう」
時間も昼近い。そろそろ戻るには良い頃合いだ。
「賛成。正体不明の謎の魔力波動は、『シリアル君』が生成される過程で生じたものだったみたいだし。理屈も納得できるものね」
「そうだな。今後の本格的な遺物の探索は、『世界樹開拓府』のリーダー、ツキナミュウス・フロンティヌス公の指示を仰ぐとしよう」
今日、ここで見て知り得た内容を伝え、今後の聖剣戦艦の遺物発見に役立てる。
探索チームを編成し、手分けして探索してゆくことになるだろう。
俺はレントミアと妖精メティウスと共に来た道を戻り始めた。
帰り道は『フルフル』と『ブルブル』を先頭に上り坂になった道を歩いてゆく。
「……それにしてもさ、ググレ」
「なんだ?」
レントミアが何時になく真剣な様子で、何かを考え込んでいる。
「『シリアル君』は、何だか色々なことを喋ってたよね。故障箇所とか、修復率がどうのとか」
「うむ、確かにな」
思い出してみるとシリアル君は実に饒舌で、生まれたばかりとは思えないほど、知っている事、情報量が多かった。
まるで最初から脳内に埋め込まれていたかのように。
――修復率は19.2パーセント
――自己修復ユニット……つまり私達の緊急生成が始まりました
――戦闘指揮所(C I C)、直下にある超硬度外殻に守られた中央魔導演算室の……記憶媒体区画の一部
「あれってさ、何か魔法の通信で情報を得てさ、それを口にしていただけなんじゃ……って思ってさ」
例えば、ググレの『本を遠くから読む魔法』みたいな仕組みで。
レントミアは小声で言った。
「……な!?」
つまり――『検索魔法』か。あるいは同等の魔法をシリアルくんが生まれながらにして使っていたとしたら……。
「ね、そう思わない」
レントミアの瞳に安に耐えかねたかのような昏い光が宿る。俺と魔法の秘密を共有する後ろめたさと仄暗さを揺らめかせて。
「賢者ググレカスや私のように……検索魔法を?」
「可能性としては、ありえるな」
妖精メティウスの囁きに、思わず足を止めて考え込む。上り坂で少し疲れたという言い訳をしながら息を整える。
「シリアル君が、知識を事前に埋め込まれて生まれてきた存在として。それを『覚えていた』だけだと、破損箇所の修理という目的には都合が悪い、というか足りない気がするな……。例えば最新の破損箇所の情報や、他の個体との連携を図りながら修理を行わないといけないだろうし」
推論してみると、魔法による何らかの情報通信の存在は必須事項だろう。
情報を読む……つまり『検索魔法』のような仕組みが、シリアル君に埋め込まれているほうが「修理用の生体ゴーレム」ならば都合がいい。
その考えに至った瞬間、雷に打たれたかのような衝撃を覚えた。
もしかして、19.2パーセントの修理が終わった聖剣戦艦――その『中央魔導演算室の記憶媒体区画の一部』という書籍、あるいは何かから、シリアル君はリアルタイムで情報を得ていたのではないだろうか?
「まってくれ、まさか……」
恐る恐る『戦術情報表示』を展開。検索魔法で、先程の単語を検索する。
――中央魔導演算室、記憶媒体
すると、結果が表示された。
書籍か石板か、そんな情報媒体とは明らかに異なる、何か無機質な結晶のような輝きの向こうから文字列が押し寄せてきて表示された。
「きゃぁ!?」
「ぬぅ?」
「ググレ、何か見えた?」
――コネクション・モード・エマージェンシー
――ログイン:開放中>識別番号?■
■のマークが点滅している。
「なんでしょう? 賢者ググレカス……」
妖精メティウスも『戦術情報表示』を覗き込み首をかしげる。
「まってくれ……。これはどこかで……見た記憶が」
遠い過去、いや、違う。別の自分が何か遠い記憶の中で、同じようなものを見ていた気がする。それも何度か。何か記号や数値をいれたりするものだ。
「……そうだ!」
自己修復素体、確かシリアル君には「番号」があったはずだ。
「メティ、シリアル君の番号を覚えていないか?」
「えぇと……A34の……ゼロ、あとは覚えていませんわ」
「A34の098701 のこと?」
レントミアがスラリと口にした。
「それだ! 流石レントミア!」
「えへへ、褒めて」
「よしよし」
――識別番号:A34-098701
途端に『中央魔導演算室、記憶媒体、接続。個体識別A34-098701用共有フォルダ開放。各種関連情報へのアクセス:許可』という表示が浮かび上がった。
「やりましたわ!」
「これが……、シリアル君が見ていた聖剣戦艦の情報なのか!?」
<つづく>




