未踏の闇の奥で
◇
「賢者ググレカス、準備はよろしくてよ」
「よし、では『空亀号』、離陸」
妖精メティウスのサポートを受け、空飛ぶ馬車はゆっくりと離陸を開始。飛行モードの量産型『樽』を4体、車輪の外側に装着した『空亀号』は、空気の噴流を地面に叩きつけながら浮上した。
「高度10メルテに到達、姿勢制御術式も正常ですわ」
「車体安定、各部異常なし。では『フルフル』『ブルブル』よ、噴進開始だ」
『フルフル』
『ブルブル!』
浮き上がってしまえば、あとは通常の馬車と同じ要領だ。飛行モードに切り替えた『フルフル』『ブルブル』は、尻から空気を勢いよく斜め下方に噴き出しながら滑るように進み始めた。
ニ頭のワイン樽ゴーレムが力強く、空中の客室を牽引する。
「世界樹まで歩くと大変だし、助かるよねー」
「歩いていくのは勘弁してくれ、登るのも嫌だし」
御者席の真後ろの客室にはレントミアが腰掛けている。話し合いの結果、今回は俺とレントミア二人だけで特に危険は無いだろうと判断。軍からの応援や護衛は無しで偵察に向かうことになった。
とはいえ探検の際は念の為、前衛役は忠実なる『フルフル』と『ブルブル』に担ってもらう。
「調査予定地点は、高度200メルテの辺りだけど行けそう?」
レントミアが俺の両肩に手を乗せて前方に目を凝らす。
「『空亀号』は、標準モードでも最大到達高度は300メルテ。十分到達できるが……近くに着地できそうな虚や枝があればいいが」
「無いと、垂直の壁に横付け?」
「それは怖いし、できれば避けたいなぁ」
ガレージから垂直離陸した『空亀号』で一路、世界樹を目指す。
『賢者の館』の屋根を飛び越えると、館の前方に視界が開け、開墾したばかりの農地と、水を張った水田が見えた。扇形に広がる畑と水田は、規則正しいタイルのように並んでいる。
それぞれ色が異なるのは、作物の生育具合の違いによるものだ。
マニュフェルノやプラムのいる休憩用の小屋を飛び越えて、進路を南南西へ。
前方およそ1キロメルテの目と鼻の先には、既に世界樹の全容が見えていた。
高さ600メルテ、樹冠の最大直径は700メルテに達するという。見る者を圧倒する神聖なる巨大樹だ。
距離にして1キロメルテの現在地から、数分飛んだだけで広げた枝葉の下へと入り込む。
「世界樹の右前方、距離400メルテ。索敵結界に感あり、ですわ」
「その反応は………無人偵察機だな」
「例のトンボですね」
「だな」
賢者のマントの襟首の内側から、妖精メティウスが顔を出した。ミニサイズの戦術情報表示を浮かべ、俺が放つ索敵結界の魔力波動の反射波を分析してくれている。
――無人偵察機『ウィッチ・ニードゥ・偵察型』4号機
マリノセレーゼ『海竜職人集団』製の軍用無人偵察ユニットが、遥か前方を悠々と飛んでいる。
「あの偵察機の映像で、着陸できそうな場所を探せないの?」
レントミアが耳元でささやく。
「……実はできる」
「ナイショにしててあげる。やってみてよ」
「ったく」
王国軍の軍需魔法工房からの提供品、執務室に置いてきた卓上の『幻灯投影魔法具端末』に、あの偵察機からの映像が送信されている。
実は受領したその日のうちに、中に仕込まれた魔法術式と構造は、魔力糸で丹念に調べてある。俺に対するスパイ器具の可能性もあるのだから保身としては当然だろう。
その後で俺は、密かに遠隔操作用の魔法術式を埋め込んでおいた。1キロメルテ程度の離れた位置からであれば、魔力糸による『遠隔卓上端末画面操作』にて情報を暗号化したまま「視る」事は可能だ。
賢者流のチューニング、軽いカスタマイズ程度なら咎められることもないだろう。
眼前に浮かべた戦術情報表示に、サブウィンドゥを展開。接続中……ログイン、の文字の後に続いて『幻灯投影魔法具端末』の画面がやや粗い画面で浮かび上がった。
「よし、接続完了。俺の戦術情報表示経由で、レントミアから映像を眺めて見て欲しい。ちょうどいい着陸場所が見つかるようなら教えてくれ」
「りょーかい。ふぅん? 便利な魔法道具だね」
「最先端の魔法技術にも適応できるからこそ、賢者を名乗れるのさ」
「賢者の定義は今度議論しようか」
「う、おう」
レントミアに丁度いい枝――といっても太さ5メルテもあるような巨大なものだが――を見つけてもらうことにして俺は操縦に集中する。
程なくして、レントミアが「あった」と声を上げた。
「どこだ?」
「230メルテ地点、西側に回り込んでみて。ちょうど、あそこに見える枝の裏!」
「着陸できそうか?」
「偵察機の映像でチラっと見えただけだけど、枝は太いし、何より幹の隙間も見えた気がして………。中にはいないかな」
「よし、いってみよう」
空中で『空亀号』を左に旋回させつつ、高度も上げる。やがて世界樹の高度230メルテ地点へと到達した。
レントミアが指し示す先には、幹から枝分かれした大きな枝がある。長さにして30メルテほど突き出した枝は太く、先は多くの細かな枝に分岐し葉を繁らせている。枝の上空を旋回してみると、確かに幹から枝分かれした根本付近に、水平でなおかつ上部が平らになっている場所がある。
「いいぞ、あれなら着地できそうだ」
幅は3メルテに長さは5メルテ程。だが十分に着陸できそうな広さではある。巨大な幹から伸びる枝の付け根には更に、人が一人通れそうな裂け目のような隙間も見える。
「賢者ググレカス、お気をつけて」
「まかせておけ。垂直離着陸が可能な『空亀号』ならではだよ。ほら、問題ない……っと」
丁寧に速度を下げ、車体をドリフトターンさせる。徐々に出力を下げながら上手く枝の真上に着地することが出来た。
シュィイイン……。と、空気の噴出も停止。
俺たちは無事に枝の上へと降り立った。
直径というか太さ5メルテもある側枝は、降り立ってみるとやや傾いている。だが車輪止めを噛ませれば問題はなさそうだ。
下を覗き込むと地上が見えるが、目のくらむような高さだ。思わず足がすくむ。
風も地上に比べると冷たい。
幹の上を覆う緑の茂みは、巨大な天蓋のように視界を覆い隠している。
「壮観だな」
「うわ、高ーいっ!」
「私は平気ですけど……怖いですわ!」
「こ、こらお前らくっつくな、危ないだろ」
レントミアが俺の腕にぎゅむうとしがみつき、メティウスが頬にへばりつく。二人共たいして怖くないくせに、じゃれつきたいのか。
ともあれ、馬車を固定した後、『フルフル』『ブルブル』を四足歩行モードで引き連れて、歩く。
見えていた幹の隙間、つまり「洞」から俺達は世界樹の中へと足を踏み入れた。
中は暗く、湿った樹木の香りがする。
複雑に折り重なった太い木の繊維が、巨大な世界樹を成しているのがわかる。
俺たちは通路のような隙間を進んでゆく。
通路上は頭上は高く3メルテほど。道幅は1メルテ程度の広さで一人通れるほどはある。緩やかに曲がりくねった下り道が延々と続いている。
「燐光魔法」
レントミアがとびきり明るい照明の魔法を、幾つも浮かべては先を照らす。
いちばん先頭に『フルフル』で、次に俺、その後ろにレントミア。しんがりを『ブルブル』がついてくる。
「索敵結界に反応なし」
「魔物も居ない場所だから、あまり心配な無いけどね」
「だが、用心は必要さ。盗掘団が紛れ込んでいるかもしれない」
しかし、レントミアが言う謎の魔力反応とはなんだろう?
「でもね、『局地型・大規模魔力探知網』が検知した反応は、人とも魔物とも判断できなかったんだ」
「まぁ、怖いこと」
妖精メティウスが燐光魔法と並んで飛ぶ。
「だから調査にきたのだが……ん?」
壁の隙間から銀色の金属が見えた。小さな燐光魔法を飛び込ませてみると、鈍く光る金属の表面に、六角形を基調とした図形や線が描かれている。
「聖剣戦艦の、機体一部か……」
「破片だね。これくらいなら珍しくはないけど」
「かなり大きいようだが……。取り出せるわけでもない。先を急ごう」
進むにつれて、金属片の数が増した。こうやらここは今まで調べていない領域だと思われた。
壁一面にキラキラとした大小様々な金属片、見たこともないパイプのような部品、何かの魔法装置の一部と思われるものが露出している。
「見たこともないパーツだ」
「なんだか、すごくない!?」
「この洞に調査隊はまだ入っていない、未知のエリアだ……!」
これは思わぬ宝の山だ。持ち帰れるものは持ち帰りたい。アルベリーナが喜びそうだ。
「空から飛んで来ないと入れない場所だしな。中央縦坑から進んで来れる道では無さそうだ」
「僕たちはラッキーだね。未踏の場所を見つけたんだもの」
「そうだな」
位置関係からみても世界樹の幹の「外郭」にあたる場所。入り口の小さな穴も、見落とされていてもおかしくはない。仮に偵察機が見つけても、簡単に来れる場所でも無いだろう。
やがて道幅が広がり、空洞が広くなった。
幅5メルテ、奥行き10メルテぐらいはありそうな不定形の空間へと到達する。足元には金属製の管が何本も倒れ、水晶のような結晶、そして四角い制御パネルのようなものが散乱している。
「見たこともないものばかりだ……」
だが、俺が探し求めている制御室――乗り込んだ艦橋とも違う。
「ググレ!」
「むっ……!?」
その時だった。奥の空間でなにか動くものの反応があった。
ズルッ……と何か湿ったものが蠢くような音がする。『フルフル』と『ブルブル』を咄嗟に前に出し、燐光魔法を差し向ける。
すると真っ白いヌラリとした物が動いた。
「賢者ググレカス! あれを!」
「ス、スライム……か?」
「なんだか大きくない!?」
<つづく>




