賢者の荘園、サイド1
◇
『賢者の館』が見えてきた。
新しい所在地は、世界樹村から少し離れた小さな丘の上だ。
王都からここまでは、空飛ぶ館『新空亀号』で飛んできた。賢者邸宅の敷地としてあらかじめ配分されていた場所へ着地。ネオ・ヨラバータイジュ村から距離にしておよそ500メルテほど離れた場所で、徒歩での移動もできるよい立地条件だ。
屋敷が鎮座するには十分な広さをもつこの土地は、古墳のような人工的な丘になっていた。調べてみると大昔にごく小さな集落があった跡地らしい。雨季に周囲が泥濘んでも大丈夫な拠点として、駐屯軍が報告し確保していたものを譲り受けたのだ。
そして周辺の土地は耕され、一部は畑、その他は水田になっていた。それらはネオ・ヨラバータイジュの食糧生産を支える大切な場所。ネオ・ヨラバータイジュから見て南側に広がる緑地帯が、大規模食糧生産の、プラントとなっていた。
ここは今、『賢者の荘園』と呼ばれている。
「ググレさまー、お早いお帰りですねー」
プラムが俺に気がついて手をふった。少し短くカットした髪をポニーテールに結わえツナギのような作業服をみにつけている。
少し離れた場所にある簡易テントのような休憩小屋には、ラーナのほかここで働く農夫たちの姿も見える。ちょうど午前の小休止の時間で小屋に向かうところだったようだ。
俺は『フルフル』と『ブルブル』を結合させた移動用ゴーレムで近づいた。
「いちおう仕事中だよ」
「散歩してるようにしか見えない仕事ですね、わかりますー」
プラムめ、言うようになったな。
「賢者が歩けば仕事になる。これ覚えておくように」
「ここで働くすべての人に聞かせてあげますねー」
「じょ、冗談だよプラム」
プラムを移動用ゴーレムの後ろに乗せて、休憩用のテントへと向かう。そこではお茶を飲みながらのんびりと談笑する人たちがいた。
「これは賢者様……!」
「賢者様こんにちは!」
「こんにちは、良いお天気で」
「やぁ、みんなお疲れ様。なに、そのまま楽にして。立ち寄っただけだから」
ここの働き手の中核は3人の農夫とその家族。奥さんと子供たちを含め、すべて王都近郊の村から引っ越してきた者たちだ。ネオ・ヨラバータイジュ村で暮らしながら昼間はここで畑を耕し、水田の手入れをしている。
テントの中にある簡易テーブルではお茶会のようだ。
「ラーナ大丈夫かい?」
「はいー。館スライムたちもイノさんたちもいい子デース」
ラーナはノースリーブの薄手のワンピースにサンダル履き。夏の装いがよく似合う幼女の足元には、館スライムが何匹も転がっていた。
彼ら館スライムがラーナの伝令役として、半昆虫人たちに張り付き、伝令を出している。
「君たちも、頑張っているようだね」
『ムムグ……!』(賢者様!)
『コクワ……!』(こんにちは!)
俺は半昆虫人たちにも声をかけた。
新しい農地の開墾といった重労働を担うのは、半昆虫人たちだ。
農地の管理を担う農夫たちとは別に、プラムの指示をうけながら畑を開墾し整地する仕事を請け負ってもらっている。
その数はおよそ6人。種族はコガネムシ族やハナムグリ族など温厚な者たちを選んだ。とりあえずの試験雇用だが、いまのところ順調のようだ。
朝に森からやってきて仕事を手伝い昼過ぎには帰ってゆく。
「よく働いてくれますよー、ねー」
『ガッテン……!』(おうともよ!)
『ココガネ』(おいしいよこれ)
彼らはむぐむぐと報酬である「おやつ」を食べている。
世界樹の葉入りの草だんご。
これは世界樹村で特産品を! ……と婦人会が開発したお土産のクッキーが、「美味しくない」と不評だったものを転用したのだ。焼かずに生のまま小麦粉と一緒に練り、丸めた単純な生菓子だ。
これを半昆虫人達に食べさせたところ、『最高のごちそう!』『これを食べさせてくれるなら働く!』と感動し口々に叫んだ。それで勤労の報酬として与えている。
草だんごは世界樹の葉の魔力を僅かに含み「クセ」になる味らしい。
世界樹の葉や実、樹液の全ては無許可での採集が禁止されているが、ネオ・ヨラバータイジュでは特別区として合法的に村の婦人会に許可が降りたことで、今も村の婦人会が製造してくれているものだ。
「おいしいですかー遠慮なく食べてくださいねー、ここでしか食べられないスペシャルなお団子ですからねー」
『ムグ』(わかった)
『コク』(うん)
プラムが背中を撫でると、コクコクとうなづく。言葉はプラムや俺の『翻訳魔法』でなんとかわかる。
半昆虫人たちの背中や肩にはピンク色や黄色、水色のゼリー状の塊がプニプニ揺れている。大人の拳ほどの『館スライム』たちはラーナの指令を受け、プラムの言葉を翻訳して彼らに伝えてくれる重要な橋渡し役だ。
ピカピカの光沢のある硬い外骨格を持つ彼らは、昆虫を擬人化し二足歩行にしたような姿をしているが、魔物と呼ばれる存在とは違う。知能は成体で人間の十歳程度といわれているとおり、言葉の問題さえクリアすればかなり役に立ってくれる。
「カナ夫の背中磨こうぜ!」
「うん! ピカピカー!」
農夫の子供たちが面白がって背中の泥汚れを布で拭く。キュッキュと磨くと輝きが戻る。半昆虫人のほうも嬉しそうに鳴く。
特徴から愛称や名前をつけて呼んでいるらしいが、以前はこうして人間と共存するなど考えられなかったという。
魔王大戦では魔王の暗黒の波動で魔物化した個体もあり、良い感情を持っていない人間も多かった。だが、超竜ドラシリア戦役で人類連合側として「共闘」したことで認識が大きく変わった点も大きく後押しした。
こうして農地を広げ、農夫たちが作物を育ててゆく。
賢者の名のもとに管理してる荘園は農地として、館の食料はもちろん、ネオ・ヨラバータイジュへの重要な食料供給の拠点となりつつあった。
賢者の荘園は便宜上、サイド1とも呼んでいる。
「サイドを7つぐらいまで増やせたら農業大国になりそうだが……」
しかし、サイド7という単語に心動かされるのは何故なのだ?
そのうち世界樹周辺を取り囲むように「サイド」を増やしたい。ついでに、増えすぎた館スライムたちをサイドに放つのもいい。
そんな事を考えつつ、太陽の光を浴びて輝く野菜の葉と広大な農地を眺めていると、館のほうからマニュフェルノがやってきた。
「マニュ……!」
「飲茶。なんとか焼き菓子が間に合いました」
<つづく>




