★賢者、リオラとイオラのメイド服を熟考する
魔王妖緑体デスプラネティアと死闘を終えた翌日、昼近くになると勇者エルゴノート達は再びポポラートに向けて旅立っていった。
しかもイオラとマニュフェルノを除いた四人――エルゴノートにファリア、ルゥローニィ、レントミアとメンバー減少の中での出立となってしまった。
女戦士ファリアとルゥローニィは、人々を救わねばという使命感があるからか、エルゴノートの早い決断と再出発にむしろ同意するような格好だったが、レントミアは俺の傍を離れようとしなかった。流石に魔法使い不在のパーティではエルゴノートたちが心配だという俺の説得で、渋々同行を決意したようなものだ。
「指輪で沢山お話しようね!」
涙目で手を握るハーフエルフに苦笑しつつも、俺は心の底から感謝していた。ピンチの時に一番に駆けつけてくれたことは大きな「借り」だ。
何かあれば今度は俺が全力で、この可愛い魔法使いを助けようと心に誓う。
「休暇。私……すこし休みたい」
マニュフェルノは巨大怪獣との戦闘の際に、俺が魔力を吸収したことにより実は相当消耗してしまったと打ち明けた。
緊急時とは言え、かなり強引な手法で魔力を奪ってしまったことをマニュに詫びるしかなかったが、マニュフェルノは気にした風も無く、
「効率。もっといい方法を考えてね。やっぱり手だけじゃダメなのかも……」
と、ぐねぐねした動きで頬を染めていた。
効率のいい方法って全裸で魔法陣か? 勘弁してくれ……。
そんなマニュにエルゴノートは「マニュ、そもそも旅は強要ではないよ」と優しく微笑んで、休暇と実はまだ傷の癒えていない俺への治癒を優先するように頼み、愛馬へと跨った。
イオラも館に居残ることになったのは、エルゴノートの計らいによるものだった。
「妹君やググレカスには今、君が必要だろう?」
と、ウィンクしながら館の護衛を任された格好だ。
俺にとってイオラは可愛い弟分のようなものだし、いつの間にか女子率の高くなった館においては、何かと動き回れる男の子がいてくれるのは頼もしい。
だが、俺は一抹の不安を感じていた。
エルゴノートが考えている以上に、港町ポポラートへの旅は危険が伴うのではないか、という事だった。
魔王の残党という言葉は、未だに魔王の復活を信じている連中が居るという事だ。
今回、俺の館で発生した魔王妖緑体デスプラネティアが、「魔王デンマーンが転生に失敗した姿」であることを知っているのは、ディカマランの仲間達とヘムペローザだけだ。
もし残党が「魔王が復活に失敗」という事実を知れば、自暴自棄に陥り、市場の魚を食い荒らすという行為以上の危険な行動を取るかもしれないのだ。
しかし、治癒のできる僧侶を欠く格好となるパーティとは言え、あの巨大怪獣を相手に互角に渡り合う実力を誇るエルゴノートとファリアが居る以上、簡単に聞きに陥るはずは無いだろうが。
エルゴノート達がデスプラネティアとの戦闘で当初、苦戦していたように見えたのは力負けしていたわけではなく、俺が人質に囚われてしまったという失態と、指令塔となる「賢者」の不在だった。
強敵であればその弱点を見極め、最適な戦術を指示する司令塔としての役割を担う賢者の重要性が増すからだ。
海辺の町への旅で巨大怪獣ほどの強敵が現れるとは考えにくいが……。
「エルゴノート、何かあったらすぐレントミアを通じて呼んでくれ、すぐに駆けつけるからな」
俺は馬で旅立とうとする勇者一行に、険しい顔で声をかけた。
体の傷はマニュに癒してもらえばいいし、プラムだって命が危ういという状況から脱した今、イオラが居てくれれば十分留守を任せられる。
エルゴノートの厚意に甘えてばかりいるわけにも行かない。いざとなれば、俺だけでエルゴノートの後を追う事は不可能じゃない。
「ははは、大丈夫だググレカス! 心配には及ばん。こっちにはファリアにルゥそしてレントミアがいるんだぞ?」
鎧に包まれた大きな身体を揺らして笑うと、勇者の燃えるような赤い髪を風が逆立てた。
確かにエルゴノートは一人旅を半年もしているし、それに比べれば強力なメンバーだろう。
「あ、あぁ……」
「まずはマニュに傷を治してもらうことだ。……肋骨が治っていないんだろう? それに、ヘムペローザやあの子達には今、お前が必要だろう?」
エルゴノートの目線は、館の玄関先で勇者達の出立を見送っているリオラやヘムペローザたちに注がれている。
確かに、寵愛を受けていた魔王デンマーンとの本当の別れに直面し、心身ともに大きな変化が訪れたヘムペローザには、しばらく心のケアが必要だろう。
「ググレ! 魚の丸焼きをもってきてやるからな。魚は骨にいいんだぞ」
「ありがとうファリア。けどお前は泳げないんだから絶対に海には入るなよ……」
「うむ。海に入ると鎧が臭くなるのは経験済みだ!」
「臭いはどうでもいいよ! 海の魔物には気をつけろってことさ」
「うむぅ? ま、心配には及ばん!」
銀髪を振り払いながらファリアが豪快に笑い、馬の腹を軽く蹴る。馬は嘶くとゆっくりと歩き出した。
「ググレ殿、帰ってきたら暖炉前は拙者の予約席でござるよ」
「あ、ボクはググレの寝台を予約しとくからね!」
「ルゥはともかくレントミア、妙な予約をするんじゃない」
えへへ、と悪戯っ子のような愛くるしい笑みを零すハーフエルフは、馬の手綱を器用に操ると人馬一体といった風に颯爽と駆け出した。緑色の透明な髪をたなびかせて振り返ると、おおきく手をふった。
――エルゴノート、ファリア、ルゥ、レントミア。
「必ず、無事で帰ってこいよ!」
こうして、ディカマランの英雄たちは再び旅立っていった。
◇
「提案。ググレくん、街に買い物にいこう!」
普段はぽわぽわしていて何を考えているか判らないマニュフェルノが、珍しく強い口調でどん、と俺の書斎の机を叩いた。
街に買い物という言葉を聞いて、俺は「あ!」と小さく呻いた。
「夏服。あの子達の服みんな夏のまま。いくらなんでも可愛そう」
頬を膨らませ、眉をきっ、と吊り上げている。
――そういえば、冬の支度をするんだったな……。
しまったと言う顔をして、俺はと引き攣った笑みを浮かべた。
プラムやヘムペロは寒さなんか気にしている風も無いし、イオラとリオラは元気そのものだ。それにかまけて冬の支度を疎かにしていた。
リオラが「必要なものリスト」を作ってくれた日の夜に、巨大怪獣が出たというのはあくまでも不可抗力だ。
「そうだなマニュ。ついうっかりしていたな」
気がつけば巨大怪獣との死闘から数日が過ぎていた。レントミアとの「指輪通信」では、エルゴノート一向はそろそろ港町ポポラートに到着するとの事だった。
この世界でも稀有な「治癒魔法」の力により、痛んでいた肋骨もすっかりよくなっている。もちろんマニュの趣味である「全裸治療」は拒否、患部だけに治癒のロウソクを垂らす方法でも十分に治ったのだ。
元気になった俺は手始めに、それまで使っていた実験室の樽を全て焼却し、結界も新たに構築しなおすという館の「大掃除」を行った。
俺を窮地に陥れた植物と魔王の合成生物は、未知の触媒の合成が危険を伴うのだという意識を、しっかり持っていれば防げたものだった。
リオラが夢で見たという闇の復活の予知夢や、レントミアが感じた魔力波動や音といったシグナルを何かの「予兆」と捕らえてはいたものの、結局のところ真剣に原因を追求しなかった事が今回の事件を招いたのだ。
――まったく、俺はズボラでダメな賢者だな。
はぁ、と溜息をつくが、実験室で密かに育っていた恐ろしい化け物を退治し、クリスタニアとの確執を解消出来たという意味では、今回の事件に意味はあったと思いたい。
「よし、食料や服やら……街に買いに行こう!」
俺は意を決し立ち上がった。窓の外は冬場特有の曇天だが、明るく天候が崩れる気配は無い。
「買物。みんなで行くと楽しいしね」
「無論だ。プラムとヘムペロの服とリオラとイオラも服も全部纏め買いだ!」
それとリオラが考えてくれた食料などの生活必需品一式を買い揃えよう。
「提案。妹君ちゃんには……メイド服などを買ってあげてはどうかと……」
さっきまで真面目な顔で抗議していたメガネ僧侶が、むふんと鼻息を荒くしてもみ手をする。
「な、なにぃ……!?」
思わず絶句する。
――リオラにメイド服、だと?
事実、掃除に洗濯に調理に身の回りの世話と、ここ最近のリオラは実に生き生きとしている。ちょっとツンとしたすまし顔でテキパキと仕事をこなし、栗色の瞳を瞬かせるリオラはとても可愛い。
思春期真っ盛りのお年頃の少女は、時には俺と目を合わせると照れてしまったり、寂しくなるとほんのちょっとだけ甘えるそぶりを見せてくれたりと、取り扱いの難しさでは断トツだ。
しかし、しっかり者の女の子という評価は揺るがない。プラムやヘムペロにとっても頼りになる「リオ姉ぇ」は欠かせない存在だし、賢者の館における実質的なメイド長の座に君臨しつつあると言っていいだろうな。
家事をする時の服が普段着と一緒では汚れてしまうだろうし、家事をする時の作業着として一着余分に買うのは非常に理に適うっているし大賛成だ。
それがたまたま「可愛いフリフリのメイド服」だったとして何か問題でもあるだろうか?
――否。
断じて否。
――悪くない。いや、むしろアリだ。どうして今まで気がつかなかったんだろう?
「旦那。邪な顔をしておりますね」
マニュがフッヘッヘ、と妙な笑みを漏らす。すっかり「ダメな大人」の顔になっているが俺もまんざらじゃない。
そして更にマニュフェルノの一歩斜め先を行く妄想力が炸裂する。
「兄様。ついでに彼にもメイド服を、という手もありますよね……?」
メガネの鼻緒をつぃっと持ち上げてマニュフェルノがメガネを光らせた。
「イオラにメイド服……だと!?」
そ、その発想は無かった――!
『こんな恥ずかしい格好できるかよっ!』
『だけど……賢者さまが着ろっていうなら、着るけどさ』
『食事が出来たぜ。賢者……さま』
そんな風にもじもじと顔を赤らめるメイド服の少年イオラ……。
「くはっ! なんて……破壊力だ!」
「流石。賢者ググレくん話がわかりますなぁ……」
誰か止めてくれないと、どんどんダメな人たちになるなと頭の片隅で思っていた時、
「賢者さま、マニュさんっ!」
「ひゃい!?」
バコッとドアが開いてリオラが飛び込んできた。なんてタイミングだ!?
「妹君。イ、イオラは執事服でも可ッ!」
泡を食う俺と支離滅裂なことを言うマニュ。
慌てる俺たちの様子に何を勘違いしたのか、リオラがハッとしてドアを閉めようとする。
「あ……、すみません、お邪魔しちゃいました」
「な!? ちがうよリオラ、俺達は今ちょうど買物に行こうかと話し合っていたところなんだよ!」
「……そうですか?」
疑いの眼のリオラ。
「誤解。リオラも知ってのとおり、ググレくんにはレントミア君という恋……」
「あぁああ!? それは完全な誤解だろうが!」
リオラは勘が鋭いので俺達の邪な「メイド計画」を見破った……わけではなく、どうやらミルクの在庫が切れたと言いに来ただけらしかった。
俺はリオラに「い、今から行こうじゃないか!」と声をかけながら、賢者の外套を羽織った。
昼前の今から王都メタノシュタットに馬車で向かえば、夕方までたっぷり買い物できるだろう。馬車の支度はすぐにできるし、俺もそろそろ街の空気が吸いたくなってきたところだ。
「プラムとヘムペローザにも気分転換になるだろうし、リオラもイオラも皆で行こう」
「――わ! 嬉しいです賢者さまっ!」
リオラが一転、ぱあっと明るい素直な笑みを浮かべてくれた。
イオラとリオラは勿論、プラム達が通う「王立学舎」は冬休みに入っていて、しばらくは皆ヒマなのだ。
時折、階下でドタドタとうるさいし、わーわーと騒がしい。
賑やかなのは良い事だが、俺が一人でのんびりと過ごす時間はプラムの薬の合成の合間の待ち時間ぐらいとなっていた。
冬が終わればまた学舎が始まって、皆はここから通うことになるだろう。
そうすればまた俺の「賢者エネルギー」補充の時間、つまるところ読書の時間が出来るというものだ。
とはいえ、この館は冒険を終えたディカマランの仲間達が帰って来て「溜り場」と化すだろうから、そうも言っていられない気もするが……。
ともあれ俺は、馬車を駆って王都メタノシュタットへ向けて出発した。
<つづく>