★賢者、甘い言葉に惑う
「よしっ! できたぞ」
「わぁぁ!? すごい、すごいのですぅー!」
鍋フタを開けると、もわーと白い湯気が立ち上った。
食欲をそそる肉と香草の香りが食欲をそそる。
ぐつぐつと音を立てるそれは、賢者ググレカス特製、鶏肉のトマト煮込みスパイシー風味だ。
トマト味のスープで肉は程よく色づき、フォークが軽く通る柔らかさだ。
『賢者の館』の広いキッチンに居るのは、エプロン姿の俺と、メイド服姿の人造生命体プラムだけだ。
プラムは長い赤毛を、左右に分けて……いわゆるツインテールにまとめている。
これが意外と可愛い。
悔しいが、ツボだ。
くっ……人造生命体のくせに。
今はちょうど昼時だ。
二人でランチを手作りでもしてみようか、と気まぐれで始めたところまではよかったが、料理か錬金術なのか、訳が分からないまま大騒ぎとなり、ようやく今しがた完成したところだ。
味見してみると悶死するようなゲロ料理ではなく、ちゃんと美味しい。
――完璧だ! さすが俺……、さすが賢者!
思わず叫びそうになるのをこらえ、心の中でガッツポーズを決める。
「ググレさまはすごいのですー!」
「フ……褒めろ褒めろ、肉を増量して食わせてやる」
「にくー! お肉なのですー」
俺はプラムの無邪気さに苦笑しながら、目の前にポップアップ表示していた検索魔法を解除した。
ちなみに俺は、料理なんてしたことは無い。
目の前に浮かんだレシピ通りに作っただけだ。
――千年図書館にはありとあらゆる知識が詰まっている。
歴史、学問、文化、魔法、錬金術、占星術、医学、芸術、音楽……。
おおよそ考えられるこの世のすべての知識が膨大に積み上がられている。
本が何万冊、何億冊あろうが、検索魔法・グゴールは数秒で情報を収集し目の前に表示してくれるのだ。
まさに知識のチート魔法、といったところか。
料理の作り方だって、それこそ無限に存在する。
今ある材料でできるもの、という具合に検索し選んだ料理は「肉のトマト煮込み」だった。
魔術で造るクックパッド。そんな感じだ。
旨そうな湯気を立てる料理をテーブルの中央へと運び、二人分の皿に取り分ける。
「いっただきまー……はむっ!」
「こらプラム! 行儀悪いぞ!」
俺の注意なんて耳に入らない様子で料理を口に運び、美味しいのですー! とプラムが嬉々とする。
――と。
どうやら誰かが来たようだ。
女性……、それも若い。
俺が屋敷の周囲には、魔力糸が張り巡らされている。
分かりやすく言えば結界だ。
それに「糸」と言っても実体はない。
思念と魔術で編み上げた、少しだけ位相のずれた空間に存在する糸で、魔術師はこれを編んで魔法陣をこしらえたり魔法を顕現させたりする。
俺の場合は高度な編み物(術式ともいう)を施した糸を、屋敷の周りに幾重も張り巡らせ、対人防犯センサー代わりにしているのだ。
「誰か来ましたのですー」
「ん? あぁ……そうらしいな」
プラムも勘がいいのか、魔力糸からの信号を受信できるのかわからないが、来客を察知したようだ。
とててっ、と素早く玄関へと駆け出したプラムのツインテールがふわりと舞う。
「――セシリおねーさんだー!」
すぐに玄関からプラムの歓声が聞こえてきた。
「なにっ!?」
――セシリーさんだとぅ!?
俺も思わず椅子から立ち上がり、玄関へとダッシュ。
特別な来客をプラムに任せるのはもったいない。お近づきになるチャンスじゃないか!
っと、玄関まで全力で行きたいところだが、手前の曲がり角で急停止。
努めて優雅な物腰で「たまたま玄関を通りかかりましたが何か?」という顔で、
「……おや? これはこれは、セシリーさん」
ようこそ我が屋敷へ。と、爽やかに白い歯を見せて優雅に微笑んで見せた。
――キマッた。
「賢者様! 今日も良いお日柄ですね」
ぱあっ、とまるで花の咲いたような笑顔。
セシリーちゃん16歳。
たまに差し入れで食べ物を運んでくれる村長の娘さんで、美しい金髪を後ろで束ね、知的な切れ長の目が印象的。村一番の美人との呼び声高い……俺の嫁候補。
ちなみに、この屋敷の掃除洗濯などをしてくれるのは村の『オカン連合』こと王政府に雇われたパートの皆様だ。
プラムはここ一か月の居候程度なので、まったく役に立たない。
セシリーもオカン連合の一員として、身の回りの掃除などをしてくれるのだが、いっそパートのおばちゃんは全員解雇してセシリーちゃんだけでいい! ……なんて言えるわけもないのだが。
言から吹き込む緩やかな風に乗って、南国の花を思わせる甘い香りが漂う。
「賢者様……その……、昨日のサンドイッチ、お口に合いましたでしょうか?」
「プラムがお料理し、フガッ!?」
俺はプラムの口を塞ぎ、モガモガとプラムを黙らさせる。
セシリーちゃんが差し入れてくれたサンドイッチは、プラムがオリジナルのゲロ味の煮込み料理に変えてしまったのだ。
「あ、あぁあああ! おっ……美味しかったですよ。とても素敵な味でした」
動揺を押さえ、紳士に微笑む。
口元がヒクヒクいっている気がするが。
「賢者様に食べて頂けるか……とても心配だったもので」
「全ての糧は人の手による愛の形なのです。神に感謝、そして美味しく頂く、これがまた素敵な喜びを私たちに与えてくれる……」
自分でもワケのわからない事を意味ありげに話し、取り繕う。
「あぁ……! よかった喜んでいただけたのでしたら、それで」
「ははは、また作って頂けたら嬉しいのですが」
ようやく大人しくなったプラムを離す。ぶー、とふくれっ面。
手のひらがヨダレでベタベタだ!?
「プラムもプラムも、あの赤いイチゴのジャムがすきなのですー!」
――あぁ、確かにパンの間に塗ってあった様な……。
「あ……あの、実は……その」
セシリーさんはそこできゅっと手を固く結んで、一瞬ためらう様なそぶりを見せた。
この時間に来るという事は、食事の差し入れでも掃除でもないはずだ。
俺と話がしたかった、というのなら大歓迎だが、どうやらそうでもなさそうだ。
困りごとだろうか?
「何か……相談があるのですか?」
俺は少し真面目な顔で、セシリーさんに問いかけた。
長いまつげに縁どられた瞳が俺を捉え、そして花弁のように淡い紅色の唇が震えた。
「その……、一緒に野イチゴを……摘みにいって頂きたいのです!」
それは、意外な依頼だった。
<続く>