三人寄れば魔法使いの知恵
★間が空いてしまいご心配をおかけしました。
連載、再開します。
アイデアは良い。
けれど実践してみると上手くいかない。そんな挫折は人生においてはよくあることだ。
例えば魔法。素敵な効果を期待した魔法術式も、いざ唱えてみると机上の空論で終わることがある。
今回も思い通り……とはいかないようだ。
「ぐぎぎぎ……!」
「賢者ググレカス、あまり無理をなさらずに」
「300メルテでギブアップなんてカッコ悪すぎるだろ」
「でも、もう動きませんわ」
「くそ!」
ゴーレム術式を応用した巨大な土の円盤状物体、『樽の回転体』は途中で泥にはまり、行動不能に陥った。
回転しながら自らの重量により柔らかい土を圧迫、かき分けるように「凹型」の溝を掘り水路を成す。両脇は崩れないように『形態維持魔法』で表面を固めるつもり、だったのだが――。
戦術情報表示は、人造筋肉の腕が高負荷により耐久限界。悲鳴をあげるように、これ以上は回転体を動かせないと警告を発している。
自重が重く、そのうえ泥と土の抵抗が大きすぎるようだ。
「上手くいくと思ったのだがな」
「ちょっと安易な発想でしたものね……」
「うぅ、それを言うなメティ」
「あっ。でもでも、とても独創的だとはおもいましたわ」
「もういいよ……」
無敵の結界を操り、空を自在に飛び、ゴーレムを操る。そんな賢者と云われる俺でも大自然が相手となると話は別のようだ。
いや、一部訂正。師匠であるレントミアのような高位魔法使い、更には天災レベルの魔法使い、レイストリアやアルベリーナが相手でも分が悪いのだが……。
「失敗か」
思わず落胆する。かっこいいところを見せようとして、見事に失敗してしまった。
ゴーレムを生成する魔法術式には問題がなかった。正しく励起し土を固めたことで「円盤状の巨大な回転体」というゴーレムを生じさせた。
だが肝心な円盤状ゴーレムによる「仕事」が思い通りにいかなかったのだ。
地面の泥の抵抗が思った以上に大きく、進めなくなった。
出発してから300メルテにも満たない、20回転もしないうちに限界がきた。
凹みの両側を支えるための『形態維持魔法』は両側からの圧壊に耐えきれず、決壊。泥の壁があちこちで崩れ始めている。矢板や、石積みの壁でも作らないと水路を長い時間支えきれないようだ。
実際、旧・ヨラバータイジュ村と現在の移転地を結ぶ水路も、よく見れば南国産のバンブーで両側を土留めしている。
「賢者様、やはりこの地の泥に対処するのは、魔法でも難しいようですね」
200人の部下を率いる警備隊長、マリズーム少将はそれを聞いて頷いたが、残念そうに首を振る。
「いえ、マリズーム少将殿、しかし賢者様の魔法はすごいです! ゴーレム構造術式に、操作術……! どれも超一流です」
アルスレイが気を使って、俺の円形のゴーレムをフォローしてくれた。
「申し訳ない。うまくいくと思ったのですが。流石にこの泥濘は手強い」
しょぼくれながら、ゴーレムを停止。
魔法力の注入を止めた途端、左右の人造スライムによる腕はドロリと溶けて地面に流れ落ちた。
直径5メルテ、円形の土塊だけは『形態維持魔法』の残留効果でしばらくはそのまま留まることになるだろう。
「見てたよー、ググレ。面白いアイデアだけど詰めが甘かったね」
そこへレントミアたちがやってきた。俺の失敗を眺めてため息混じりに、軽く笑う。
「面目ない」
自分はいざ知らず、姫殿下のご期待にも泥を塗った事になる。
「まぁまぁ、そういわないで。僕がいるよ」
「レントミア」
珍しく優しく肩に手を乗せる。見ていられなかったのだろうか。
しかし、子供たちは容赦なかった。
「ググレさまは泥遊びですかー」
「おおきな泥団子なのデース?」
「にょほほ、確かにでかい泥団子じゃにょ」
「ど、泥団子って……」
プラムとラーナ、ヘムペローザの笑うとおり、遠くから見たら確かに泥団子だ。
自力では動くことのできない巨大な土の塊は、魔法使いの泥遊びに過ぎない。
「賢者ググレカス。失敗するときは最近、いつも同じパターンですわね」
妖精メティウスが静かに囁いた。
「あぁ、一人だけで……考えたときだな」
いつもそうだ。一人だけで考えて上手くいくのは戦いの瞬間的な判断だけ。
何か物事を成し遂げる、あるいは問題を解決しようとするなら、自分一人の知恵やアイデアなどたかが知れている。となれば一番いい方法は仲間たちに協力を仰ぎ、知恵を借りること。
「レントミア……実は頼みが」
「あー、あの泥団子を使って凹みを作る? あんなに重い土の塊を自力で動かすのは無理だよ。中身まで全部土でしょ?」
いきなり全否定。凹んだのは俺の心。ん? なんだか上手いことを言った気がする。
「確かに重くした。湿地帯の柔らかい地面を凹ませるために。ダメだったが」
「でしょ? 軍のゴーレムは見た目は大きいけれど、中身スカスカの鎧みたいなものじゃん? あれは重すぎだよ」
「樽のように軽くては凹ませられないだろ」
「うーん? どうしても重さで凹ませて水路を作りたいの? 両側が崩れるのは百歩譲って、木の板かバンブーで土留めするとして。僕なら、そうだなぁ……底の平たい船を用意して、帆を張って船で曳くかなぁ」
レントミアはしばらく考えて、アイデアを出してくれた。
「船と帆?」
それは考えてもみなかった。
「僕の故郷でさ、浅い泥沼で小魚を捕まえたり、水草の芽を摘んだりするときに底の平たい小さな船をつかうんだよ」
その話を聞いていた魔法使い、アルスレイがぽんと手を打つ。
「その形の船ならばマリノセレーゼでも使われています。確かに泥の上や湿原地帯でも進めます! そこに巨大な帆を張って……私の風の魔法で推進力を倍加させる! というのは?」
「あ、いいね! 転がすなら、帆を張って風を強くできたらもっといい」
「なるほど……!」
「私の魔法は、無風状態から風を生むのは難しいのですが、自然の風を精霊の力を借りて捕まえて強く出来るのです」
「自然魔術の一種なのかな? 強い風を生み出せるってことなら今の季節は南からの湿った風。北に向かうんだから風向きも丁度いいね」
ハールエルフの小柄な魔法使いは、両腕を広げて風を感じているような仕草をする。髪がふわりと風に揺れる。
「あとは魔法で強化した繊維のロープで『樽の回転体』を牽引すれば……動かせるかな……」
もちろん、バランスを保つ術式などは俺が仕込んでおけばいい。
「なんとかなりそうだね」
「あぁ!」
希望の光が見えてきた。
「そこまで考えつけば、ググレがいなくてもなんとかなるんじゃない?」
「我々にお任せください。具体的な作業を立案します」
「頼む、アルスレイ殿。三人寄れば魔法の知恵、だな」
確かに俺は10キロメルテ先まで、あの土塊を転がす事ばかり考えていた。だが、そうもいかないのだ。他にやるべき仕事はいくらでもある。
問題解決のための魔法のアイデアを具体的な形にする。それが実現できる目処がついたら、実際の作業などの仕事は誰かに任せねばならない。
「ところでググレにょ」
ヘムペローザが俺の袖を引いた。
「ん?」
「さっき、プラムにょとラーナと話しておったんじゃが」
「何をだ?」
「水没した村のことじゃが、なんでここに引っ越したにょ?」
「それは……小高い丘になっていて水没の危険がないからで」
「世界樹の上に引っ越せば景色もいいし良いのではー?」
プラムが言った。目からウロコの言葉だが子供じみた、突拍子もないアイデアだ。
「流石にそれはできない。世界樹は神聖なもので、不可侵なんだ」
「ほー?」
「プラム……いや、高すぎて不便だろ? みんな600メルテもある階段を荷物を抱えて登りたくないよ」
駐屯軍目当ての商売を目的に人々が集まり村になった経緯を、軍や王政府は半ば黙認しているが、本心では排除したいと思っているのだ。
ましてや世界樹に住むなどありえない。
「んー」
「じゃがにょー」
俺の言葉にプラムとヘムペローザは納得ができないのか、黙り込んだ。やがて、顔を見合わせて何かを企んでいるかのように頷きあう。
「ググレさまー、ヘムペロちゃんの魔法で小さな世界樹を作って、その上にお家を建てたらどうなのですー?」
「別にワシらの家の庭にあるじゃろ? あのくらいのを何本か生やして増やしてにょ」
「こんなふうにー」
「その上にお家を建てるのデース」
プラムがラーナを肩車する。
「あ…………ぁッ!? それは、すごくいいアイデアじゃないか!?」
<つづく>




