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 賢者のアイデアと、ある試(こころ)み


 ◇


「駐屯軍としては現在、世界樹の警備にも問題が生じています」


「この様子では、そうでしょうね……」

「乾季であれば地面が固く、馬や馬車、ゴーレムでさえ移動は可能です。しかし、去年から問題視されていたのが、この雨季です」


 曇りはじめた空を見上げ、次に視線を世界樹の方へと向けながら駐屯軍の将校が言った。


 体格のいい彼の名は、マリズーム少将。数ヶ月前に交代要員でこの地に派遣された、王国軍の将校で、旅団長(・・・)だという。

 騎士団長レンブラントの下で指示を受けて働く、実行部隊のリーダーといった立場なのだろう。現在は数名(・・)しか駐屯していない駐屯騎士団は、王国の象徴的な存在としての意味合いの方が大きい。実際は、駐屯軍が実務を担当しているという体制らしい。

 

 外部勢力に対する抑止力や危険な魔物への対応、世界樹の警備が主任務だが、移動方法に関して窮しているようだ。実際は世界樹の警備に携わるだけでなく、工兵といった兵種も兼ねている者も多数いるようだ。


「地面は泥濘(ぬかるみ)となり、地盤がしっかりした場所でないと人も馬も、脚がめり込んで身動きさえままならないのです。主任務の警備でも兵士は基本は徒歩移動ですから、かなり疲弊します」


 装備を身に着けた状態での泥濘の移動は、さぞかし大変だろう。俺なら1キロメルテも進めるかどうか……。


「物資の補給にも不安があるのでは?」


「賢者様のご推察の通りです。王都からの物資の輸送も、ここから10キロメルテほど北側に位置する中継地点までとなっています。そこからここまでは徒歩での移動となり苦労しています」


 ため息混じりに肩をすくめるマリズーム少将。

 総兵力は現在450名。兵站(へいたん)に関しては定期便が数日に一度、王都から食料や物資、交代の人員を連れてくるらしい。

 しかしそれさえもここ一ヶ月は遅れ気味であるという。


「『特別魔法顧問技師』である賢者様には、何か解決する魔法や……いえ、状況を改善する良いアイデアなどあればご意見を頂けないかと考えております。このままでは世界樹周辺の警備にも影響がでてくるのです」


 レンブラント卿からも説明を受けていたが、現場の声はより切実で具体的だ。とはいえスヌーヴェル姫殿下から賜った役職は、軍に対する支援をする事ではない。やや趣旨が異なるのだ。


「事情はわかりました。しかし俺はあくまで『世界樹開拓府ユグドパイオニア』の特別魔法顧問です。軍に対して、知恵を貸すなど……介入してもよろしいのでしょうか?」


「その点ならご心配なく。フィラガリア作戦参謀長がおっしゃられておりました。『賢者様には力添えを行う。脅威に関する情報提供も惜しまない。代わりに、賢者様には必要とあらば知恵を貸すよう要請して構わない』と」


「……はぁ。そうでしたか。わかりました」

 

 したたかな作戦参謀長殿が既に手を回しているとあれば、仕方ない。

 何よりも「世界樹の警備にも影響が出る」の一言が俺を突き動かした。

 10キロメルテ北にあるという前線基地までの輸送経路がしっかりすれば、兵士の動きも今以上に活発化。復興にも力を貸すだろう。


「さしあたっての課題は、兵站。つまり輸送路が劣悪になってしまった、ということでしょうか?」


「そうです。地質専門家の見解でも、この先地盤が改善する見込みはないと。それだけ地下から湧き出す水量が多いらしいのです」


「ううむ……地面の状態が悪いまま。となれば水路に頼るしか無い……か」

「村近くの簡易水路を北側の10キロ先まで延長することも検討しました。しかし、これ以上土木工事をするには、工兵の数も足りません」


 水路を延長するのはいいアイデアだと思ったが、既に検討はされていたようだ。


「物資の運搬に小舟を使う、良いアイデアだと思いましたが」

「あれは、正直に申し上げれば緊急措置、成り行きの産物です」

「旧ヨラバー村からの避難物資を運搬する道の、水はけを良くしようと掘ったのが始まりと聞いています」


「失礼、賢者様」

「おぉ、君は確か……アルスレイ殿!」


「お見知り置き頂き嬉しいです」


 マリズーム少将の傍らに、王国軍の魔法使いがやってきた。青灰色の髪の青年、風の魔法を操るアルスレイ。駐屯する魔法使いたちのリーダーだという。


「以前王都で行われた『新世界樹交通網整備』の研究報告会におかれまして、空気を噴出しながら進む乗り物について、賢者様より発表があったと報告書で読みました。それをご提供頂くわけにはまいりませんか?」


「『エアクッション・マダム・13号』ですね! 確かに、あれならば地面の上を滑り、泥濘だろうと水の上であろうとも進めます」


「では、それを……」

「問題は、あれを制御できるのが私だけ、と言うことなんです」


 水面は勿論、雪原、砂漠、あらゆる状況下で、空気を噴出するエアクッションの仕組みは有効だ。勿論、輸送量に置いては通常の馬車のほうが優れている場面も多いだろう。

 しかし肝心の「強力な空気噴流」に関しては量産型『(バール)』の飛行モードを流用している。

 これは俺の自律駆動術式(アプリクト)によるコンマ1秒単位での状況検知、調整を微細に繰り返しながら噴流を制御しているからこそ可能となったものだ。


「私も、風の魔法なら操れます」

「……風を魔法の力だけで1時間も、2時間も発生させることは?」


「それは……無理です。せいぜい数分なら」


 それでは長時間の輸送には適さない。せっかくの協力の申し出を無下にも出来ない。何か応用する方法を考えるとしよう。


「風の魔法の応用については今後、わたしも考えてみます」

「感謝いたします」


「ですが……今は一つ試したいことがあるんです」


 俺は眼前に浮かべた魔法の小窓、戦術情報表示(タクティクス)から量産型『(バール)』に指示を送る。

 今、俺達が立っている場所から300メルテほど離れた位置に駐機している『空亀号(スカイタートル)』。

 浮上推進機関である量産型『(バール)』の予備の一機を外し、空中へ舞い上がらせる。

 

 シュィイ……! と空気を噴出し300メルテをひとっとび、頭上に達したところで垂直に着地させた。


「お、おぉ……ッ!」

「賢者様の魔法はやはり次元が違う!」


 マリズーム少将とアルスレイが驚嘆するが、試したい事はこれからだ。


「賢者どのが申された『試したいこと』を是非、ご一緒にお見せ頂きたい」


 鎧を煌めかせながら、レンブラント卿が部下の騎士二名を引き連れてやってきた。


「成功するかはわかりませんが、レンブラント卿もそこで御覧ください。メティ、サポートをしてもらえるかい?」


「勿論ですわ、賢者ググレカス」


 妖精メティウスに協力を頼むと、肩に座っていた妖精が羽を広げ、自分用の小さな戦術情報表示(タクティクス)を展開した。


「ではまず、量産型『(バール)』を少し、改造(・・)する」

「はい」

「空中飛行モードを解除、通常モードへ」


 量産型『(バール)』がごろりと横を向いた。ゴロゴロと転がって移動する、おなじみの陸戦モードだ。

 

 次に表面に『粘液魔法(スロゥドウ)』を薄く励起。地面を転がしながら、接着剤(・・・)のように土をまとわりつかせてゆく。


「賢者ググレカス、樽が土だらけに……」

「構わないさ。これを転がしながら、500メルテ移動する。ちょうど水路の入江(・・)のある場所までだ」

「はい、わかりましたわ」


 俺が水路の船着き場を指差すと、レンブラント卿以下、集まってきていた軍関係者たちが「一体何をはじめるのか?」とざわざわとしはじめる。


 『粘液魔法(スロゥドウ)』を薄く励起し続けながら転がし、更に『形態維持魔法(ソノマーマ)』で硬化(・・)させてゆく。


 ゴロゴロ……ところがしながら土を表面に接着させながら、300メルテほど進む。

 回転がゴロン、ゴロン……とゆっくりになる。

 樽の直径も土で2メルテを超えている。まるで巨大なロールケーキ、いやバゥムクーヘンか。

 この辺りで流石に回転が止まりそうになる。樽の内部に詰め込んだ魔法の人造スライムによる重心移動では、回転できなくなったのだ。


「もうこれでは回転できませんわ」

「……ならば、『粘液質(スライミー)(ウィップ)』!」


 賢者の館の歩行モードでも使う、人造の筋肉を形成する。これは『粘液魔法(スロゥドウ)』を細く引き伸ばし、『形態維持魔法(ソノマーマ)』で柔軟性をもたせた人造の筋肉だ。


 二本の触手のような『粘液質(スライミー)(ウィップ)』を左右から生やした巨大な回転体が、交互に極太の触手を伸ばして自らを進めてゆく。

 

 ――直径5メルテ、これだけ大きければ……!


 地面に爪のように先端を突き刺して、引っ張る。柔らかい地面は先端を「手」のように分岐させて密着させる。


 グワン、ぐぉぉん、と巨大な土の『回転体』が出来上がっていた。魔法力を注ぎ込み『粘液質(スライミー)(ウィップ)』による人造筋肉のパワーも上げてゆく。


「……よし、いいぞ!」

「賢者ググレカス。水路へ到達しますわ」


 気がつくと水路は目と鼻の先だ。地面も柔らかくなり、ズブズブと沈み込む。

 

「賢者様……! これは一体!?」

「おぉ!? 何という巨大なローラーだ!」

「まさか!?」


 自重で、1メルテほど地面にめり込んだ。幅はおよそ2メルテ、深さ1メルテ。

 これは既に掘られている水路と同じ「凹み」となる。


「さぁ、試削(しさく)といこうか! 穿(うが)て『樽の回転体(バール・ローラー)』!」


 ズゴゴ、ズブブ……と音を立てながら、巨大な回転体がゆっくりと進み始めた。


 回転した痕跡は重さで凹み、圧迫された地面には深さ1.5メルテ、幅2メルテの溝が出来上がってゆく。


「なっ!? 1回転転がしただけで、15メートル近い溝が!」

「これは……! まさか……水路(・・)!」


「えぇ。ですが……ぬかるみを踏み潰しただけの、単なる陥没ですから、崩れてしまいます。本来は木の板や石で脇を固めたいところですが……」


 回転してできた凹みは左右から早速崩れそうになる。

 そこで少々骨が折れるが、土塊のゴーレム形成術式を応用し、『土の壁』を生成。更に『形態維持魔法(ソノマーマ)』にて硬化させておく。


「魔法による即席の土留め、というわけですね! 賢者ググレカス」

「しかし、これは骨が折れる。魔法力の消耗もバカにならんな……」


 しかし、出来るところまで進んでみよう。人造筋肉の両腕を振り上げて、ゴロゴロと巨大な回転体を転がし、背後を魔法で固めてゆく。


「賢者ググレカス! 進路は?」

「とりあえず北へ向かい。何処まで進めるか試そうじゃないか」


「魔法が無くなったら帰れませんわよ?」

「ううむ……」


<つづく>


新連載はじめました。

気になるなる方は活動報告をご覧くださいね。

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