100万ゴルドー、未来への融資
ヘムペローザは王政府から貰った契約金、100万ゴルドー全額を世界樹村に寄付すると言い出した。
それは魔法使いとメタノシュタット王政府が専属契約を取り交わす際に支払われるものだ。
宮廷魔法使いや軍属の魔法使い、あるいは俺のような特殊な役目を担う魔法使いに対して「メタノシュタットお抱え」の意味を込めて支払われる。
更に特典として、大抵は色付きのローブを貰ったり、威厳のある杖をもらったりもする。
ヘムペローザ場合は、王政府から『世界樹の樹木医、お世話係、賢者ググレカスの弟子、ご契約一式』という、なんとも長ったらしくも可愛らしい名目がつけられていた。
俺はヘムペローザの小さな肩を抱き寄せて向きを変え、耳に顔を近づけた。
「ヘムペローザ、ちょっと待つんだ」
「な、何にょ?」
「100万ゴルドーは大金だし、お前の将来にとっても大切なお金だ。気持ちは素晴らしいが……全額をポンとあげてしまうのは、彼らにとってもあまり良くない」
「寄付がダメなのかにょ? ワシが昔、孤児院に居たときは、寄付をどこからか貰えたと言って、ご飯が美味しく、良くなったんだにょ」
ヘムペローザは長いまつげに縁取られた瞳を、少しだけ伏せた。辛かった孤児院の頃を思い出しているようだ。
「だが寄付は、使い切ればお終いだ。それに頼れば次も頼らざるを得なくなる」
「孤児院のご飯みたいなものかにょ」
「そのとおり。美しく素晴らしい寄付もある。孤児院の乳飲み子や、幼い子どもたちは自分でお金を稼げないのだからな。けれど……この村の人たちは孤児じゃない。大人で、自分で働いて、稼いでお金を生むことが出来る」
「なるほどにょ……!」
「賢者ググレカス、ではどのようにするのがよろしくて?」
妖精メティウスは目の前でヒラヒラと浮かびつつ、腕組みをして小首をかしげる。
「この村は確かに今、困っている。店も家も道路も再建の真っ最中だ。折角の魔法学舎の分校も再建途中だろう。だから、それを直して更に頑張れるように、発展するためのお金を『融資』するんだ」
「融資……とはなんですの?」
「わかりやすく説明するにょ」
「簡単に言えば、しばらくしたら返してもらうのさ。多少のお礼を付けてね。もちろん、すぐにとは言わない。1年先でも2年先でもいい。少しずつ発展してお金を稼げるようになったら」
「村の復興だけじゃない。世界樹の開拓にはお金がいくらあっても足りないくらいだ。そこに融資することで、世界樹の村はやがて町に、王都みたいに発展する夢を与えられる。100万ゴルドーを眠らせておくのは惜しい。しかし寄付は……それまでだ。ならば生きたお金として活用し、あわよくば増やせるんだ」
「おぉ、良いのぅ!」
ヘムペローザが納得したように瞳を輝かせた。肩を放すと、自分がこれから融資する村を改めて見回している。
「寄付ですと、使い切って終わり。けれどお金を返す約束ですと皆さん、頑張って働くことにも繋がりますわね」
「そう。そのうえ将来の見返りも得られるわけさ」
賢者と云われる俺が、いや保護者として大人として。ヘムペローザの純粋な気持ちを大切にしつつ、決して損をさせたり悲しませたりしないように、導いてやる責任がある。
「それに融資先は騎士レンブラント卿や、村の個人に対してじゃぁない。『世界樹開拓府』に話を持ちかけて、専門家に運用は託すことになるだろうがな」
「なるほどですわ」
村人には、借りてそのまま逃げたりしないよう、魔法の紙に証文でも取ればいい。逃げたらどうなるか……と脅しもある程度は必要だろうし。
俺はレンブラント卿に向き直る。
「ではレンブラント卿、すみません。実は寄付ではなく、融資の言い間違いでした。『世界樹開拓府』を通じて大規模な融資を行い、復興と将来の発展に寄与させていただきたいが、いかがですか?」
「大歓迎です! 資金不足で……もうどうにもならないところでした。みなも喜びます。村長や村の代表団を集めて、私から経緯を説明します」
「お願いします」
レンブラント卿が大きくうなずき、微笑んだ。
その後は村のささやかな歓迎会を兼ねて、昼食を頂いた。
とりあえず簡易的な飯場で皆を休憩させる。
俺は、再建されたばかりの村役場の執務室へと招かれた、そこには王政府の『世界樹開拓府』の現地職員も数名いて、ヘムペローザの融資話について熱心に耳を傾けてくれた。
彼らは選りすぐりのエリートらしく、大型の遠距離用水晶球通信ですぐに本国の上司と連絡をとっていた。上司を通じて更に王政府と話を進めていきたいと言う返事も貰えた。
明日以降、メタノシュタット王城に登城すれば具体的な融資先――何に対してどう融資するのが一番効率がよく、村人たちの発展のためになるか、詰める段取りとなるだろう。
「賢者ググレカス、もう一つご相談に乗っていただきたいことが」
「なんでしょう、レンブラント卿」
早速、特別魔法顧問技師らしい仕事になってきた。
「実はお恥ずかしい話、ここから世界樹へと向かう道のりが、水路一本しかなく……困っているんです。何か良い知恵はありませんでしょうか?」
世界樹と王都間の新交通網整備の話以前に、馬車も馬も、泥濘が酷くて進めない。ようやくたどり着いても、世界樹の周辺は巨大な池になってしまっている、という。
「我々が連れてきた魔法使いの中に、地属性の魔法に秀でた者がおりました。彼はおぼろげながら世界樹の地下構造を、なんとか透視することに成功しました」
「ほう! 魔法による地質調査というわけですか」
「はい。どうやら、調査の結果を見る限り、あの池は世界樹の地下では根が深く伸び、地下水脈を一部で破ったため地表に水が溢れ出た……ものらしいのです」
「地下水脈を? 雨季のせいだけでは無かったのですね」
「えぇ、雨水で池が生まれたように思いましたが、地下からも水が大量に湧き出しているため、将来に渡り池の水が消える事は無さそうです」
更に、世界樹の根が呼吸のために「気根」に似た構造を一部で伸ばし始めているという報告もあった。
水晶の記憶石に記録された映像を見せられたが、タケコノのようなものが水面から、何本か突き出ているのが確認できた。
「……なるほど。ならば池はもう消えない。移動は水路のみ。陸路は無理、ということになりますね」
「賢者様のように空を飛ぶか、世界樹池に水路で移動後、池を船で渡ることになるでしょう」
「いっそ、周辺にぐるりと水路を掘り、自由に運搬したり、行き来できたりするようになればいいのでは?」
「そういいましても、この村と旧世界樹村、およそ900メルテの柔らかい泥炭を掘るだけで、ゴーレム2機がダメになりましたし。人力ではとても無理です」
そこで、賢者様のお知恵をお借りできないか……と、レンブラント卿が言う。
部下やそこに集まっていた軍属の魔法使いたちの視線が集まる。
俺はしばらく考えていたが、泥濘んだこの土地を空から見ていてあるアイデアが思い浮かんでいた。
「……ひとつ、試してみたいことがあるんです。今から外で」
「一体、それはどんな!?」
「上手くいくかわかりませんが、全てを解決する事ができるかもしれない」
俺はメガネを指先でくいっと持ち上げなら、席から立ちあがった。
<つづく>




