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 新・ヨラバータイジュ村とヘムペローザ

 ◇


 雨季になり生じた巨大な池は、世界樹の根本を取り囲んだようだ。

 その影響で根本から半径200メルテは完全に水没したらしい。船でなければ世界樹の根本にある登頂口に近づけなくなってしまったのだ。


 やがて到着した世界樹開拓村、『ヨラバータイジュ』はすっかり様変わりしていた。


 以前は世界樹を見上げる木陰にあったヨラバータイジュの村は、世界樹池出現の影響で約1キロメルテほど北側へ移転していたのだ。


「レンブラント卿、この度は大変なことになりましたね」


 空飛ぶ馬車の到着を待ちわびていたように、騎士と部下たちが着陸地点へと駆けつけてくれた。

 俺たちの到着を出迎えてくれたのは、騎士レンブラント卿。

 再会を喜び固い握手を交わす。次にルゥローニィ、レントミアとも再会の挨拶を交わしてゆく。

 リオラとラーナ、プラムは馬車の近くで少し待機してもらう。

 ヘムペローザは一緒だ。黒髪の魔法の弟子は神妙な顔つきで、再建中の村を眺めている。


「賢者ググレカス殿、ようこそ『新しい』ヨラバータイジュ村へ。……ご覧の通り、いちからやりなおしとなりましたが」


 すっかり日焼けした騎士団長は、移転という予想だにしなかったであろう事態にも、気落ちする様子も見せず、毅然とした態度と眼差しで村を見渡して説明してくれた。


「お元気そうで何よりです。村の人々は大丈夫だったのですか? けが人や病人などは……?」


「お心遣い感謝いたします。幸いにも人的被害はありませんでした。水位の上昇がゆっくりだったお陰で。事態を把握してから皆を避難させる余裕はありました。家財道具はもちろん、家を解体し、再建のための資材を運び出すにも十分な時間がありました」


「それは幸いでしたね。急な出来事だったにしては手際がいい」


 雨季に入り2週間ほどで水位が上昇したと資料にはあったが、伏せておく。


「実は……、成り行きで出来てしまった元々の村が、世界樹に近すぎると、本国から移転の命令が出ておりましたもので」


 小声で耳打ちするように事情を打ち明けるレンブラント卿。

 銀色の軽甲冑に身を包んではいるが、暑さのためか、白と赤で染め抜かれた外套(ローブ)はお供のものが抱えている。騎士の誇り、『量産型(プロダキュア)雷神剣(サンダガード)』が背中で輝いている。


「どおりで。これだけの村と人員をスムーズに転居できた理由はそれでしたか」


「えぇ。事前に移転先としてこの小高い丘のような場所を候補地として決めてありました。ぬかるみ地帯を移動するために、資材運搬用に簡易的な水路を掘りはじめていましたし、(いかだ)で木材の運搬を行いました」


「なるほど、納得です」


 中古の訓練用ゴーレムを二機もダメにしましたがね、と笑う。


 確かに遠くに放置されている旧式の74式は泥だらけ。役目を終えて朽ち果てているかのようだ。だが守りの要、新型のゴーレムタランティアは健在のようだ。濃い緑の迷彩に塗られた数機が、村のすぐ横に設営された駐屯地に駐機している。


「水没を予想した時点で、既に本国からは移転命令がでておりました。それから約一ヶ月は、建物の解体と木材の運び出しに追われました。村人と騎士、兵士も総出の作業でしたよ」


 見れば村は再建されつつあるが、疲弊しているようだ。


「それは大変でしたね」


 幸いにもマリノセレーゼ側から輸入された食料が豊富にあるようで、村人も騎士たちも飢えている様子はない。

 簡易的な屋台なども見え、村人たちの生活は落ち着きを取り戻しているように見える。

 だがいまだ仮設の家やテントで暮らしている者も多いようだ。


「今後は将来の都市計画をベースに、区画を整理し再建します」

「ここから村を発展させてゆくのは骨が折れそうだ」


「ですが、かえって良かったのかも知れません。あの世界樹池(・・・・)が出来たおかげで、神聖なる『世界樹(ユグド)』を守る(ほり)として、簡単には近づけなくなりましたから。警備にはうってつけです」


「確かに。あれでは、湿地帯を抜け湖を船で渡らねばならないでしょうし」

「世界樹の内部構造の調査はまだまだこれからですが、まずは足場を固めないことには」


「そのようですね」


 交通機関のための地質調査もさることながら、俺がこの地に派遣される理由。

 それは「世界樹の幹に埋もれた聖剣戦艦を見つけ出す」ことだ。


 とはいえ騎士団長の前で口には出さないが、家族を連れて来れる場所ではなくなってしまったように思える。


 せっかく発展しかけていたヨラバータイジュの村は、今や最初の頃の駐屯地と、行商人たちの村に戻ってしまった感がある。


 環境も悪く、これでは当面は家族たちを連れてくることは出来ない。


 今日の目的であったはずの「高等学舎の分校の見学」も、解体されてしまった以上は、見学もままならないだろう。


 ――やはり家族での引っ越しは考え直さねばなるまいか。


「単身赴任するより他はないな」


 小声でメティにつぶやく。


「賢者ググレカス、私は常にご一緒ですからね。もし、一人暮らしをお考えでも、女性のメイドなど雇わぬよう、マニュ様とはお話しますから」


「気が早いな! そこを心配せんでいい」


「ダメだよ男の子メイドなんてググレが喜ぶ」


 レントミアが真面目な顔で言う。


「あのなぁ……」


 冗談はさておき、単身赴任を考えるなら家族は今までどおり王都で暮らし、俺が必要に応じて空飛ぶ馬車で往復するより他はない。

 レントミアやヘムペローザなど、力を貸して欲しい状況や必要を見極めた上で、ここに連れてくる方向ではどうだろうか……。


 また話し合わねばなるまいが。


「再出発ですね。私も出来る限り協力を惜しみません」


「心強い……! 賢者様がいらっしゃるだけで皆も安心するでしょう」


 そんなふうに言われると苦笑せざるを得ないが、発展のために自分の出来ることを見直す必要がありそうだ。


「そういえば『特別魔法顧問技師』様におなりになられたと?」


「赴任する上での肩書が変わっただけですよ。今度から、世界樹村で発展に尽力させてもらいます。それよりも、こっちが私の魔法の弟子で……世界樹の生みの親です」


「ヘムペローザですにょ」


 ぺこりとお辞儀をするヘムペローザ。


「話は聞いております。王国が多額の契約金でスカウトしたと……」

「にょほほ、額が大きすぎて使いみちに困っておったにょ」


「おいおい。100万ゴルドーの契約金だからな。俺が魔王を倒した時の報奨金より額面では多いんだぞ?」


 世界樹を生み出した『蔓草魔法(シュラブガーデン)』のために王政府が拠出したのは、かなりの大金だった。

 だが、これはヘムペローザのお金だ。

 将来、豪邸を建てるために貯金してもよし、金塊に替えて寝台(ベッド)代わりにしてもよし。

 何にせよヘムペローザは子々孫々まで安泰だろう。


「賢者にょ」


 急に俺の前にくるっと向き直ると、黒曜石のような瞳を輝かせてじっと見つめてきた。


「な、なんだよヘムペローザ」


「全額、寄付するにょ」


「は? 何を言って……」

「この村を元気にするにょ。そして学舎(・・)を再建するためにワシの貰った『けーやくきん』を全部、あげていいにょ」


「なっ!? 何を申されているのですか!? そんな」

「お、おいおい! 何をばかな」


 レンブラント卿が驚愕する。いや俺も同じだが。


「バカじゃないにょ。賢者にょはここに引っ越すのじゃろ? プラムもラーナもマニュ姉ぇもリオ姉ぇも一緒に。だったら、ちゃんと綺麗で元気な町のほうがよいし、皆が困らないように、暮らせるようにしたらいいじゃろ」


「本気でで言っているのか?」


「二言はないにょ。使いみちもわからん大金なんぞあっても困るだけだしにょー。そのほうがスッキリするにょ」


 ヘムペローザはそう言うと、ニッと悪戯っぽい笑みを浮かべ黒髪を耳にかきあげた。


<つづく>

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