砂糖だけど、砂糖じゃない?
「アプラース・ア・ジィル卿の魔法の秘密がわかったというのか?」
「原理の一端がわかった……いや、違うかな。理解したわけじゃないけど、仕組みの可能性を見つけたってこと」
レントミアが婉曲な物言いで答えた。思案気味にあごを指先で支える。
「簡単じゃなさそうだな」
「あの人の魔法は簡単じゃない。上手く説明できないんだ」
「ふぅむ? それで修行がてら試してみたいってことか」
「そゆこと。ちょっとだけ真似事をしてみたいんだよ」
「なるほど」
レントミアは、魔法協会会長の使う魔法を理解した、というのだろうか。その一端……例えば原理のようなものを試してみるつもりなのだろう。
「おっと、そのまえにヘムペローザの宿題がおわりそうだぞ」
「はやいね」
蔓草の先端に実った果実がパカッと割れて、種がこぼれ落ちた。
「……できたにょ!」
となりで『蔓草魔法』で小瓶と格闘していたヘムペローザが歓声を上げた。種が瓶の中にコロコロと入ったのが見えた。
「よくできたね!」
レントミアがぱちぱちと拍手。
「蔓草で、細かい動きを制御が出来るようになったじゃないか。レントミアの指導のおかげだな」
「にょほほ、コツが掴めたにょ」
「蔓草魔法の使い方はアイデア次第だよ。でも、今みたいな使い方も時には役に立つから練習しておいてね」
「はいにょ!」
実に素直に返事をするヘムペローザ。
「また今度別の課題を出すからね。さて……次はググレの番だよ」
くるっと俺に向き直り距離を取る。
「お、おぅ!」
「準備して。ヘムペロちゃんと同じく、小瓶に粘液でもスライムでも入れてもらうよ」
妖精がふわりと舞い上がるとヘムペローザの手のひらの上に座り、そして手を振った。
「賢者ググレカス、しっかり集中なさいまし」
「メティにょと、離れておるにょ」
「賢者ググレカスの粘液魔法の雫が、飛んでくるかも知れませんわ」
「退避にょ!」
ヘムペローザと妖精メティウスは少し離れた木陰のベンチに腰掛けた。
その間にもレントミアは意識を集中させ、魔法を唱え始めていた。見たことの無い複雑な魔法円を積み上げて、何かを生成しているようにも見える。
それは魔法協会会長の儀式魔法から学んだものだろうか?
アプラース・ア・ジィル卿は、メタノシュタットにおける王宮魔法使いたちの頂点に君臨する御仁だ。
普段は白い髭をたくわえた好々爺という印象だが、実力は計り知れない。
代々宮廷魔法使いとして王国に仕えていた家系の出身で、王国からは称号を与えれ、普段は国体護持と守護祈願のため、王城内で大掛かりな『儀式魔法』を司っているという。
重鎮として国王陛下からの信頼も篤く、スヌーヴェル姫殿下の後見人でもある。
魔法使いとしての格、名声と信頼ともに俺など足元にも及ばない。
だが、その魔法の全体像については実は謎に包まれている。
例えば、魔王大戦の際は王都をひたすら巨大な結界で守護し続けたと云われている。都市レベルを包む「退魔結界」を長期間維持し続けることは驚異的だ。
俺の魔法力では、『賢者の館』を包み込む防御結界で精一杯だ。
原理そのものが違うのか、魔法としてのアプローチが異なるのかもしれない。
とはいえ結界も完璧ではないらしく、魔法大戦ではスヌーヴェル姫殿下を拉致するために侵入し奇襲戦を仕掛けてきた魔王軍の特殊工作部隊は防げなかった。
超竜ドラシリア戦役の際は、聖剣戦艦――蒼穹の白銀――を起動し操縦するため、動力炉に膨大な魔法力を注ぎ込んでくれたこともある。
「よし準備できた。いいよググレ」
「いかせてもらうぞレントミア。小瓶に一滴入れるからな」
修行だからこそ、ここは真っ向勝負でいく。
得意の『索敵結界』で精密に距離と小瓶の形状と空間座標を把握。眼前に浮かぶ魔法の小窓『戦術情報表示』に即座に情報を映し出し、パラメータ化する。
それらの値を遠隔攻撃の支援術式――すなわち『精密誘導打撃術式』に与えて弾道計算の演算を行う。
ここまでは全て『自律駆動術式』により自動詠唱の組み合わせで行われ、10秒程度で完了する。
今回は俺の手から発生させる『粘液魔法』の塊を飛翔体として放り投げ、その放物線を描く落下軌道を魔力糸で微調整しながら誘導、命中させる。
高密度で動的走査中の『索敵結界』も正確で、レントミアが妨害している様子もない。
ここまで、すべては順調。
落下予想地点を7メルテ先の小瓶に設定し、あとは射出。
「うりゃっ!」
手品のように『粘液魔法』を手のひらから出現させ、直径10センチメルテほどの球体状にして放り投げる。
あとは自由落下する先に――
「小瓶とは、限らない」
レントミアがつぶやく。
「な、にぃっ!?」
べちゃん。と放物線を描いて落下した先は、小瓶から1メルテもズレた位置だった。
視線を『戦術情報表示』に戻す。
目標との誤差は……0センチメルテ。命中とある。その後、エラー表示となり動作不良を示している。
「なんだ……これは」
目標の捕捉も、距離計算も間違っていない。
それに『精密誘導打撃術式』と魔力糸による誘導だって完璧だった。かつて1000メルテ離れた位置からレントミアの火炎魔法を誘導し的に命中させたこともある魔法だ。
わずか7メルテ先の、目と鼻の先の目標を見誤るなどありえない。
「普通に狙って投げたほうが当たったんじゃない?」
皮肉っぽく言うが、確かにそのとおりだ。
「なんじゃー? ググレにょは本気かにょ?」
「さぁ? どうされたのかしら」
ヘムペローザと妖精メティウスが訝しげに眺めている。
「イリュージョン、幻影魔法か? いや……それなら俺の結界が、それを検知できないはずはない」
「認識撹乱系の魔法ではないよ」
「わからんぞ、どんなカラクリだ……」
「うーん。僕の優位性が証明されたし、教えたげない」
自信を深めた様子のレントミアが、意地悪な笑顔をうかべる。
もし、仮に……これがレントミアや、魔法協会会長、アプラース・ア・ジィル卿との対戦なら、俺はこの時点でもう倒されていることだろう。
達人の剣士同士の戦いと同様、魔法使い同士の対決も初見殺しの魔法がある。レイストリア戦だって反則級だった。此方の防御結界が機能しなければ普通にこの世界からご退場していただろう。
「ヒントだけ! 頼む」
ここは恥を忍んで頼み込む。
「しょうがないなぁ。たとえ話だけど……アリが巣に運んだもの、それが『砂糖だけど砂糖じゃない』みたいなことかなぁ」
「巣に運ぶ……砂糖じゃない……?」
謎掛けのつもりらしいが、案外言葉通りなのかも知れない。
そういえば人工の砂糖、人工甘味料なる「魔法の偽砂糖」が王都の路地裏で売られているというニュースがあった。
何かそこにヒントがありそうだ。
「あ……消えちゃった。うーん、持続時間が短いなぁ。ググレ、今日はここまででいい?」
レントミアが小瓶付近の空中に視線を向けて「あーぁ」とため息をつく。何か空中に、いや空間そのものに仕掛けをしたのは間違いない。
「モヤモヤするが、頭を捻って考えるよ」
「そうだね、ググレの困り顔がしばらく見られて楽しいよ」
「うぬぬ……」
朝の7時半。そろそろ世界樹に飛び立つ準備をせねばなるまい。
<つづく>




