レントミアから弟子たちへ
俺とヘムペローザは、レントミアから修行を受けることになった。
数メルテ離れた位置に設置された『小瓶』に一粒の種を、あるいは一滴のスライムを入れる。
レントミアより出された魔法の課題は、簡単そうに見えて難しいものだった。
「じゃぁ二人同時だとワケがわからなくなるから、ヘムペロちゃんから。どうぞ」
「はいにょ……! うーんっ」
ヘムペローザは早速、右手を突き出して精神集中。魔法力を高めて、『蔓草魔法』励起した。
手のひらや、手首、あるいは指先から、にじみ出るように淡い緑色の光が溢れ、そこから蔓草が生えはじめた。
しゅるしゅる……と、ツタのような緑の植物は絡み合いながら蔓を伸ばし、右へ左へと緑の葉を次々と茂らせながら成長を続けてゆく。
「いつ見ても綺麗な魔法だね」
「まったくだ」
レントミアが感心するとおり、魔力糸が実体化し、生きている植物になるというのは、魔法使いから見ても極めて不思議な事に思える。
マニュフェルノの赤い『治癒のロウソク』も同じように実体化した魔力糸が凝り固まった物だ。しかし無生物であり蔓草魔法とは違う原理が働いているらしい。
「ありがとにょ、でも7メルテ先まで正確に伸ばすのは……ちと難しいにょ」
むむむ、と眉根を寄せて集中するヘムペローザ。
伸びてゆく蔓草の先端は数本の蔓が絡まり合う。そして太さ3センチメルテほどの緩く編まれたロープのようになり、なおも伸び続ける。
かつては蔓草で壁を作り敵の突進を防いだり、高所から落下するファリアを蔓草のクッションで救ったりと活躍した魔法だ。「数メルテ範囲に一気に繁茂させる」ことは得意でも、精密誘導に関しては苦手かもしれない。
最近では訓練を重ね、意識することで、ある程度伸びる方向や速さ、蔓の広がり方などを制御できるようにはなっていた。
しかし、針の穴を通すような今回の課題は初めてだ。
「がんばれヘムペロ! 気合だ、集中だ」
「あの……賢者ググレカス、もうすこし具体的なアドバイスをされてみては?」
「うーむ? 言われてみれば俺の教え方が悪いのか……」
ヘムペローザが水平に差し出した腕から伸びた蔓草は、2メルテほど伸びた辺りで自重により地面に向かって放物線を描きながら、接地。そこからさらに跳ね返るようにして伸び上がり、再び伸びはじめる、
横から見ると、緑の蔓草がバウンドするかのように、幾つものアーチを描きながら小瓶にむかってゆく。だが、右に左にと僅かにゆらぎ、小瓶を捉えるのに苦労している。
「うぬぬ……まっすぐ育つのじゃ、このっ」
と、レントミアが横に行って、身振りで指導を始めた。
「ヘムペロちゃん、こっちの右手だけに意識を集中するとかえってブレるよ。左手から見えない糸を出して操るような、そんなイメージで、あの先端部分を導いであげて」
「レン兄ぃ……。わかったにょ、こ、こうかにょ」
「そうそう! 右手はパワーを一定に。乱さないで……伸ばし続けて。そして左手からは、見えない魔力糸を意識して、押したり引いたり。そんなふうに」
レントミアがヘムペローザに具体的なアドバイスを与えてゆく。ヘムペローザも左手の指を指揮棒のようにゆっくりと動かしながら、蔓草の成長点つまり先端に意識のピントを合わせてゆく。
実際には左手からは何も出ていないが、蔓草は微細な指先の動きに反応し始めた。
「お……ぉ? なんだか、わかってきたにょ」
「そう、その調子……! 指先と蔓草の先端、感覚が……重なってこない?」
「なんとなく、感じるにょ」
「もう少し、あと1メルテ」
「とりゃ……っ」
ヘムペローザが黒水晶の瞳を輝かせた。何かを掴んだようだ。ついに小瓶に蔓草が到達した。
先端がくるくると渦を巻くように、小瓶を包み込み捕まえることに成功する。ここまでくれば、種を入れることは容易いだろう。
「お見事!」
「やったにょ……!」
「あとは、種を入れる事は、できるよね?」
「そうじゃにょぅ。上でお花を咲かせて、種を降らせてもよい? あ、瓶の中につるの先端を入れても……」
「そうだね、ちょっと続けて練習してみて」
「はいにょ」
レントミアが「よし」とばかりに頷いて、ヘムペローザに後の訓練を任せた。
「賢者ググレカス、レントミアさまのアドバイスは具体的でわかりやすくて、おまけに的確でしたわね」
肩に座る妖精メティウスが半眼でつぶやいた。可愛い妖精の一言だが、実にグサリとくる。
「お、おぅ……俺はダメな師匠だったようだ。ヘムペローザにいいアドバイスをしてやれなかった」
やっぱり俺自身、修行し直さねばダメなのか。自信を益々無くす。
「この後みっちり教えて頂きましょう」
「そうだな」
「ググレ、僕がヘムペロちゃんにしたアドバイスと同じこと、出会った最初の頃に言ったんだけど……覚えてないの?」
傍らにやってきたレントミアが俺の顔を覗き込んだ。すこし不機嫌そうな表情で。
「最初の……あ!」
この世界に来て数日しか経っていなかった、ある日。
混乱と絶望、呆然自失していた俺は、魔物が跋扈する異界という現実をなんとか受け入れ始めていた。そんな俺に、魔法を使うレントミア――当時は可愛いエルフの女の子だと思っていた――がこういった。
「君から、とても強い魔法の波動を感じるよ? ボクの知らない、未知の……力」
翡翠色の瞳でじっ、と俺を見つめるのでドキドキしていたっけ。
「……は?」
「ね、右手で糸を出すように、意識してみて」
俺の右手に小さな右手を重ねながら。
「く、クモじゃないから……でないと思う」
「うふふ。そう思う? 魔法は想像力で動き出すよ。見えない糸、魔法の糸が出るって。右手で出した見えない糸を左手で編む。ボクたち魔法使いは、そんなふうにして魔法を紡ぐんだよ。わかるよね?」
「……魔法を想像」
「そう。想像して、魔法を使う自分を、力を、動き出すイメージを」
――そうだ。
思い出した。
想像力こそが全ての魔法の源なのだ。
敵を出し抜くことや、相手の攻撃から身を守ること。そこにばかり必死になりすぎて、視野狭窄を起こしていたのか。見失っていた本来の魔法とは、もう少し違ったものだったはずだ。自分にできることをイメージし、限界を飛び越える想像力から始まるものだったはずだ。
「今のググレは囚われすぎているよ。自分が作った魔法のルールに。便利にし過ぎて、想像力をなくしちゃった? 敵と自分という点と点、そして魔法力の撃ち合いという線、そこに面の境界を作り抗っているだけ。だから……負ける」
「先日のレイストリアとの戦いのことか」
確かにあれは、過去の戦い方、魔物や魔法使い相手に通じた「必勝パターン」のようなセオリーでレイストリアを推し量ろうとしていた。小細工を使い魔法を妨害し、真正面から挑まなかった。
むしろ真正面から、自分にできる魔法のイメージを膨らませて挑み、潔く負けたほうが良かったのだ。今となっては後悔しても遅いのだが。
「わかるよね? その場を、空間を掌握して、相手を魔法の想像力で上回ってこそ、真の魔法なんだと思うよ」
「……言われてみれば、確かにそのとおりだよ。いつの間にか王国の賢者だとか、懐刀だとか……。自分でも何がしたいか、出来たのか。少しずつわからなくなっていた気がする」
「ググレはさ、本当は弱い子だもんね。今はマントに隠れて虚勢を張ってるけど」
「うぅ……そうだな。そうかもな」
俺を知り抜いたレントミアの指摘に、返す言葉もない。
「なんてね、偉そうなことは言えないけどさ。実は、真の魔法や本質について、僕もあの戦いを陰から観察して、ようやく理解できたばかりなんだ」
真面目な顔をしていたレントミアが、ここで「えへへ」と照れ笑いを浮かべた。
「真の魔法……何のことだ?」
「戦いに集中していたから気づかなかったよね。どうしてアプラース・ア・ジィル卿の魔法が、あの空間を支配できたか。レイストリアさんの超強力な魔法を内側に封じ、ググレカスの手の内を見透かしていたか……、ちょっとだけわかったんだ」
「な……!?」
<つづく>




