プラムとマニュフェルノの値引き交渉
「今日はご家族みなさまで、お買い物ですね!」
ナルル嬢が微笑む。体つきはほっそりとして素朴だが、小顔に丸くぱっちりとした翡翠色の瞳が印象的な、可愛らしい娘さんだ。
「そうなんだ。商品を案内してくれるかな」
「はい! 喜んで」
いろいろな商品が並ぶ売り場を早速案内してくれる。特に多くの商品が並べてあるのが、『幻灯投影魔法具』販売ブースだ。人気商品だけあって大勢の家族連れや商人が、眺めたり店員に話を聞いたりしている。
「ナルルさんは店員さんでしたっけー?」
「ググレにょが贔屓にしている魔法工房の弟子だったはず。転職したのかにょ?」
プラムとヘムペローザが尋ねる。二人の背丈は、並んで歩くナルルと同じぐらい。
「今日は、休日なんですが忙しいから売り場の手伝が欲しいって、組合に頼まれまして。つまり、バイトなんです」
「なるほど、でカタコトだったのは何故だ?」
「そ、それはその。知り合いが来ると恥ずかしいので、違う自分を演じていたというか、なんというか……」
しどろもどろとエルフ耳を下げる。
「バレバレだろ」
「うぅ……」
店員をやっている事情を話してくれたナルル嬢だが、変装しないとバレバレだろう。
しかし慣れない売り子としての姿が恥ずかしいという気持ちが、カタコト言葉に現れていたのか。それならば納得だ。とはいえインチキ臭いのでカタコトはやめた方が良いとアドバイスする。
「微笑。なんだかレントミアくんに似ているわね。ググレくんが贔屓にするわけね」
「……コホン。マニュ、そういうことではない。魔法道具に対する情熱やアイデアを俺は高く評価しているのだ」
ナルルはプラムやヘムペローザより二つ年上の17歳。魔法工房の『みのむし亭』で働きながら、魔法工術師を目指し修行する、しっかりした娘さんだ。
確かにマニュフェルノの言う通り、レントミアに少し似ている。主に髪の色と、ぴこんと突き出た耳だが。
しかし、同じハーフエルフとは言っても肝心な魔力量は桁違いに少ない。両親の魔法の資質を受け継ぐので、個体差があるのは当然だ。
対人用の索敵結界が暫定検知している表面的な魔力量で推し量れば、レントミアを100とすれば、ナルルの魔力総量はせいぜい2か3ぐらいだろう。
だからこそ魔法道具による研鑽を積む方向で頑張っているのを、俺は高く買っている。先日の「建築用ゴーレム評価会」も結果が知りたいところだ。
「評価してくださっていたなんて、嬉しいです! お安くしますからね。バイトの権限内ですけど」
「実に心もとないな」
「えへへ。それで、今日は賢者様も『幻灯投影魔法具』をお探しですか? このあたりが、一番人気の商品ですよ」
「ふぅむ?」
宝石箱に手のひらサイズの水晶球が半分埋め込まれたスタンダードタイプ。その横には、手の込んだ装飾が施された高価なゴージャスタイプも置いてある。
「多種。いろいろあるのね、何がオススメ?」
「見た目がダサいのは嫌にょ」
他には花瓶の上に水晶球を載せたタイプなど、形状は試行錯誤の最中といった感じだ。だが、どれも壁に「幻燈」のように映像を映し出す仕組みには変わりない。
元々は魔法使いが使っていた「占いや遠見の魔法」用の水晶球の映像を、光の魔法で投影するものだ。製造工程の違いや魔法の精度により映像の解像度や明るさにバラつきがある。
値段だけではなく映像の基本性能、魔力充填による使用持続時間なども価格に影響しているようだ。
検索魔法で、一番人気の商品を探ってみると……。やはりナルルが指し示した商品が人気があるようだ。
『ニーソックス』社と『アンダーパイン』社の商品は、売れ筋だが高価だ。
どちらも王国軍のゴーレム向け部材を製造する大手の軍需・魔法工房で信頼性が高い。
おそらくゴーレム内部で使っている、外部の様子を内部で映し出す「モニター」技術を転用したものだろう。下町の魔法工房にも基礎部品や部材の製造を発注しているらしいので、下請けとしてナルルたちの工房とも関係が深いのかもしれない。
「素敵。きれいに映るわね……ウチのより」
「売ってるのは良いにょー」
「お花の映像がクッキリ色鮮やかデース」
「うぅ……悪かったな」
映像は鮮明で、大きな壁に映し出しても細部までクッキリの総天然色。確かに技術が進んでいる。切磋琢磨して新しいものを作ろうという気概が感じられる。
「で、おいくらですー? お高いとウチでは買えないですよー」
「スタンダードタイプが300ゴルドー、ゴージャスタイプが350ゴルドーです。専用台……魔力供給安定ブースター機能付きは一台50ゴルドーで別売りとなりまーす」
ナルルが手慣れた様子で、説明する。操作性も良いし確かに人気商品なだけはある。
「高額。でも、お高いわねぇ」
マニュフェルノが驚く。
確かに高い。最近の相場なら肉の串焼き一本が1銀貨。
銀貨10枚で1金貨なので、300ゴルドーなら下級役人の月給に相当するほどの高額商品だ。
「半額だったらググレさまがポーンと買いますよー」
「半額!? お客さん、無茶ですよぅ。私バイトなので5%までしか値引き……っと、これ言っちゃダメでした」
「じゃぁ190ゴルドーならどうですー?」
「え、えぇ……?」
「代案。その専用台をつけて200ゴルドーにならないかしら?」
「んっ? あれ? えーと……」
ナルルが悩みはじめ、プラムが「ふぅむ?」と顎を指先で押さえながら難しい顔をする。
プラムは意外なことに交渉するのが好きなようだ。そう言えば買い物に一緒に行くリオラが店先では常に「1本でいくら?」「3本ならこれぐらいで?」と値切り交渉をしているのを見て、学んでいるのだろう。
一方、ヘムペローザは商品を眺めてばかりで、交渉する気は無いようだ。話すのが恥ずかしいのか、交渉自体が苦手なのか。こちらは「言い値」で買ってしまうタイプか。
「ならば、二台で400ゴルドーならどうですー?」
「ちょっ……まってくださいね?」
そしてナルルの方も職人なのでお客様との価格交渉には不慣れそうだ。
これは権限のある店長さんを呼んだほうが良いだろう。
「いや、でもプラム。そもそも二台は要らんよ?」
寝室用に1台買いに来たのだが。
「そうですかー? ググレ様のお部屋と、私とヘムペロちゃんとラーナちゃんのお部屋にも一台あれば良いですよねー」
「おぉ、そうじゃにょ! うれしいにょう」
「嬉しいデース」
「したたかなやつめ……」
しかしここは賢者邸の経済力を甘く見られても困る。言い値でも別に一括でも買えるところを……と思ったが、マニュフェルノが袖を引いた。
「交渉。これも社会勉強ですし。少しでも家計を助けて」
「払えるだろ1000ゴルドーぐらいポンと」
「青筋。家計簿つけてるリオラには黙っておいてあげますよ。今の言葉」
「う……すまん」
そんなこんなで10分後――。
店長を呼んでの交渉の末、なんと『幻灯投影魔法具』高級機のほうを2台、490ゴルドーで買えた。
プラムの無茶ぶりと、マニュフェルノの出す妥協案の波状攻撃が功を奏したらしい。
おまけで「専用台」と「クリーニングキット」、更に「王都有名店、二名様ディナーご招待券」もついてこのお値段。
配達と設置までやってくれるという。とてもいい買い物をした気がする。
帰り際にもう一度売り場の前を通り過ぎると、ナルルが『賢者様お買い上げ品!』『賢者様のオススメ!』というポップを店長から手渡されて、商品に貼り付けていた。
「えへへ、すみません」
「損をして得を取る……か」
<つづく>




