近頃流行りの音楽は……
――妖精がダンス踊り、螺旋、えがく、光♪
――妖精がダンス踊り、螺旋、えがく、光♪
軽快な音楽とともに、女の子二人組ユニットが歌っている。
それは『幻灯投影魔法具』が放送している人気の歌番組だ。
「螺旋、えがくー♪」
「光、光にょ♪」
リビングダイニングの壁に映し出された映像と音に合わせて、我が家のアイドル(?)ユニットも歌い、踊りを真似ている。
プラムの歌と、ヘムペローザの踊りは微妙に合っていない。足下で踊るラーナのほうが合っているのが可愛らしい。
――空を、越えて飛ぶよ、世界樹へ♪
――ヒカリ、神名、私達の、世界樹へ♪
軽快な音楽と踊りの二人に被さるように、宣伝が入る。
――『王都、新・世界樹祭り開催決定! メタノシュタット大文化祭と夢のコラボレーション、同時開催! 王国歴1035年、12の月、半月の15日から!』
これなら見事に頭に刷り込まれること請け合いだ。
「しかしまぁ、ノックスとペシナールも上手く波にのったもんだ」
きらびやかな色違いのドレスを着て、『幻灯投影魔法具』の向こう側で歌い、踊るのはノックスとペシナール。
かつて魔法科学生時代は「そばかすペシナール」と「くせっ毛ノックス」として、やんちゃな青春を謳歌していた面影は無い。
今や人気アイドルユニットとして、新曲まで披露するようになるとは思いもよらなかった。これも時代の変化だろうか。
「去年。真面目なインタビューとかしてたのにねぇ」
マニュフェルノは「はぁ……」と感心しきりだ。
「国際情勢や政治報道ばっかりじゃ庶民も見向きしないからな。報道業者もいろいろ考えているのさ。最近じゃ音楽番組に、お笑い、バラエティー番組、グルメレポートなんてのもあるし……。その合間に宣伝情報は流してるけど」
「娯楽。増えるのはいいことね」
「そうだな」
マニュフェルノとお茶をすする。
ひと月後の出立に向け、世界樹へ向かう準備は着々と整っていた。
最近、巷で音楽というものを耳にする機会が増えたように思う。
酒宴や祝賀行事などで、宮廷でお抱えの楽団が音楽を披露する事はあった。様々な楽器の音色を組み合わせた、伝統的な演奏を披露するのだ。
あるいは、貴族がお屋敷にお気に入りの宮廷の音楽家を招いたミニコンサート、あるいは旅芸人を呼んだりして楽しむ、いわば贅沢なものという印象は拭えない。したがって、宮廷で披露される音楽や、見知らぬ珍しい演奏。あるいは全く新しい「歌謡曲」なるものを庶民が耳にする機会は少なかった。
せいぜい街角で歌い騒ぐ旅芸人の歌や曲、祭りの際に披露される「各地の民族歌謡」が主だったようだ。
しかし、ここ最近の『幻灯投影魔法具』の急速な発展と普及は、そうした環境を一変させた。
王政府の宣伝と、報道業者による情報開示の場という枠を超えて、ひとつの「娯楽」として音楽が広く紹介され、耳にする機会が増えたのだ。
これは王政府内務省が宣伝工作の道具という認識を変えたわけではない。「より巧妙に使いましょう」と、方針を変更したにすぎないのだが。
いずれにせよ堅苦しい一方的な報道は鳴りを潜め、今は「楽しい情報が盛りだくさん!」「王国各地の紹介(しかも、国内であるイスラヴィアやルーデンスの名所など)」「経済に関係しそうなニュース番組」「国民参加型のイベント」などを紹介する番組が増え、庶民の興味が高まり、個人レベルでの普及を後押ししている。
そして、魔法工房はこぞって低価格で新型の『幻灯投影魔法具』を開発し、売り出している。
最近では一般的な家庭でも、『魔法のランプ』『魔法の加熱器具』と並んで、三大魔法道具と呼ばれ、人気のある商品らしい。
「寝室。でも見られたら良いわねぇ」
「うむ、自作するのは容易いが、今はインテリアとして置いていても良いものも売っているみたいだな」
「素敵。見てみたいわ」
「なら午後にでも行ってみるか?」
めずらしくマニュフェルノが物を欲しがるので、午後に出かけてみることにした。
「夫婦二人で買い物かにょぅ」
「水入らずですかねー」
「ラーナは一緒にいきたいデース」
「ははは、皆でいこうぜ」
◇
王都にいると、買い物には事欠かない。
こんな生活もあと一ヶ月か……と思うと少し憂鬱になる。だが、別に世界樹の街も発展させて不便なんてしないようにすればいい! と、自分に言い聞かせて気を引き締める。
俺たちは、メタノシュタット王城の裏路地の『忘却希望通り』に通じる、手前の比較的開けた商用エリアにやってきた。
路地裏の魔窟、『忘却希望通り』の魔法工房から製造直売される様々な魔法道具を買い求めるため、連日賑わいを見せているらしい。
「休日だし、買い出しの家族連れが多いなぁ」
去年区画整備され、新しい大きなショッピングモールがオープンしていた。
「『オータム・ローズ』ショッピングモールかにょ?」
「魔法道具は何でも揃うって、書いてありますねー」
プラムは赤いチェックのシャツに青のデニムスカート。ヘムペローザは赤いベレー帽に、ワイン色のビスチェワンピース。やや肌寒いので白いフリル付きの白いシャツを羽織っている。
二人が並んで歩くと可愛いのか、二度見されたりする。『オータム・ローズ』ショッピングモールは若い男性客も多いのだ。
「王城に咲く秋の薔薇が見える、ということで『秋は薔薇』から名付けられたらしい」
「薔薇。いいですね、薔薇……」
マニュが言うと別の意味に聞こえるのは相変わらずだ。
「すごい人の数デース……」
「手をつなごう」
チュニック姿の幼女ラーナは、人混みではぐれないように俺と手をつなぐ。
俺が水晶球通信機器を改造して自作しても良いのだが、家族が不便なので、魔力の補充さえあれば動く『幻灯投影魔法具』を買いたかった。
ショッピングモール内は、様々な魔法道具が並べられていた。
宝石箱に水晶玉を半分埋め込んだような形状の『幻灯投影魔法具』は、大きさや機能により、価格帯ごとに違うものが売られている。
他にも一般家庭用の『魔法のランプ』に『魔法の加熱器具』などもあり、人だかりが出来ている。
無論、我れらが『賢者の館』ではこれらは標準装備。先駆けとして既に使っている。
「ヤスイヨー、ヤスイヨー、イイ品ダヨー」
すると『幻灯投影魔法具』販売ブースの一角で、若草色の髪が印象的なハーフエルフが呼び込みをしていた。スレンダーだが女の子だ。
「……ナルル?」
「イラッシャ……!? あっ、お久しぶりです賢者さま!」
「なんでカタコトなんだ? 怪しいものでも売ってるのか?」
思わず半眼でじいっと眺める。
魔法工術師見習いの少女は、あたふたと焦りながらも接客スマイルを浮かべている。
「ち、違います。ちゃんとした正規品で、ウチの組合の商品です!」
「ふぅむ?」
<つづく>




