エックスナンバー調査報告・X990
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館のリビングダイニングで夕食を終えた俺たちは、今後のことについて話し合っていた。
引っ越しは2ヶ月後。その間は俺が世界樹と王都を空飛ぶ馬車『空亀号』で何度か往復する。向こうでの居住地の確認や、今後の仕事のこと、あるいは学舎の下見など準備を整える。
それに関連し、メイサ女史が提案した世界樹に関連する祭りは、3ヶ月後。
開催するためのコストを抑え、収益性を大幅に伸ばす妙案として、秋に予定されている「メタノシュタット大文化祭」を延期し、年末の開催が予定されている「新・世界樹祭り」との統合開催が視野に入れられているようだ。
そのころ既に俺たちは王都に居ない。だが特別ゲストとして参加、あるいは参観することになるだろう。
それと、いくつか心配事もある。
プラムとラーナのことだ。転校も新生活も大丈夫と言ってくれたが、プラムは少し元気がない。少し思い悩んでいるようだ。お隣のチュウタと別れたくないのか、あるいは別の悩みか……。
プラムの将来と成長のため、何か出来ることを見つけてやりたいが、どうすれば良いのだろう。やはりここはヘムペローザから聞き出すのが良いだろうか。
「……大丈夫なのデース。きっと良いことがあるって。スライムたちの声が聞こえたデース」
「ラーナ? そうだといいね」
スライム幼女のラーナは、確信に満ちた瞳を俺に向ける。
何故か根拠はないのだが、世界樹に行けばその「答え」が見つかる気がした。
そしてもう一つはリオラのことだ。
「すまないなリオラ。イオラとまた離れてしまうな」
「いえ! アイツは元気みたいですし。全然平気ですよ」
ティバラギー村で『じゃがいも騎士団』の一員として活躍し、信頼を得ているイオラ。その後も手紙や、ジャガイモの送りものなど交流は続いている。
元気そうで何よりだが、ここから更に300キロメルテも南のヒカリカミナに引っ越せば、イオラが気軽に訪れられなくなるだろう。
「ばかだなぁググレ。だからこそ早く、新交通網を整備してあげれば良いんだよ。イオラがすぐに来れるようにさ」
レントミアがナッツを食べながら言う。
リオラが「そうなったら嬉しいです」と微笑みながら、硬いナッツの殻を割る。パキィと軽々と割っているように見えるが、破砕の極意があるらしい。
「お、おぅ。そうだよな。そっちも頑張らなきゃ」
「新交通網に関しては、ググレの立場も微妙だけどねぇ。別に責任者でもないけど、アイデアは出していいって。いや、出せってさ。知恵の賢者として期待されてるじゃん」
「よせよ」
リオラが割ったナッツの中身を皿に載せると、レントミアがつまんで食べた。
新交通網に関する試案報告書によると、王都メタノシュタットから地盤の硬い南150キロメルテまでは、街道の舗装を整備する。そこへハイブリッド駆動馬車、あるいは魔導機関を搭載した高速移動車両による交通を整備するのが、当面は一番安上がりと報告されていた。
そして世界樹までの残り150キロメルテ~200キロメルテ区間は、ヒカリカミナ湿原という特性を利用して『水路』を掘り、運河のように水上輸送を検討しているらしい。
確かに、ぬかるみを舗装するのは難しいが、逆に水運にしてしまえば利点になる。
世界樹周辺は現在、大規模な灌漑と水運を目的とした水路建設が始まっているという。いくつか問題もあるようだが、国土交通開発省のドワーフ族出身の大臣、ツキナミュウス・フロンティヌス公のアイデアと指導力でなんとかするという。
大臣からは「是非とも、賢者様のお知恵を拝借したい」との通達もあった。
「賢者様……か」
◇
思い起こせば、物心ついてからずっと旅をしていた。
物心、というのはこの場合、「この世界で自己を確立してから」という意味だ。
何故なら俺の記憶は、ヒカリカミナの草原から始まっていて、それより前は夢の断片程度しか無いのだから。
目を逸らさず真実と向き合えば、俺はメタノシュタット王国にとって、出自不明で得体の知れない人物……だったらしい。
魔王を倒したメンバーの一人として、魔法の力を評価され、今もこうして重用されている理由のひとつは、「他国に渡すのは得策でない」「野放しにしておくのは危険」という評価と、王国で抱き込んでしまおうという「慈悲深いご判断」のお陰だったに他ならない。
検索魔法を使い『六英雄ググレカス、調査報告』という単語で探ってみれば、それは明らかになる。紙に書かれた報告を容易に見つける事ができるのだから。
俺自身に関する報告書をさらっと盗み読みしてみると――まぁこういうところがまさに「野放し危険」なのだろうが――少し辛い事実に突き当たる。
王政府の内務省特務事案対策室や、軍の情報機関による内偵調査報告。そこに書かれているのは、彼ら諜報のプロが血眼になっても、俺からは何一つ出てこなかった、という事実だ。
出身地も、正確な年齢も、それまでの経緯も一切が不明。
国内外で身辺調査をしても「何も」見つからなかったのだ。
高い魔法の分析能力、強力な結界を有することから、最初は他国の優秀な魔法使いが、間者を演じている。とさえ疑われていたようだ。
だが、西国ストラリア、プルゥーシアにカンリューンあるいは海の向こうにある未知の国から送り込まれたという説は、すぐに否定された。何故なら、黒髪に黒い瞳、高度な加工を施された「メガネ」というアイテムのお陰だった。
多民族国家とはいえ、メタノシュタット国内においては「悪目立ち」する容姿は、皮肉にもスパイ説を否定する事となった。
最も信頼のある六英雄のたちの証言――エルゴノートにファリア、レントミアといった出身地も身分もしっかりしている者――によれば、口を揃えて「ヒカリカミナの湿原地帯で拾った」「見つけた」「出会った」とかなんとか言ったらしい。
レントミアからは「大きなスライムに追いかけられていたところ助けた」という証言は、特に追求や調査が行われることはなかった。
ヒカリカミナの地はマリノセレーゼの海岸線からも遥か遠く、陸路で移動するには途中の村や宿屋など、幾つか通らねばならない。
だが、諜報員がどれほど調査しても、ググレカスなる人物が移動した痕跡が無い。その事から、一部分析筋では「涌き出た魔物の類」とさえ囁かれていたようだ。
――以上のことから、対象人物は忽然と出現したという非合理的な結論を出さざるをえない。また、魔王大戦後の複雑化する国際情勢から鑑みても、これ以上の人員と時間を割り当てての追跡調査は困難であると進言する。
そう「何も」わからないと結論付けられた。
忽然と、魔王大戦の混乱期に表舞台に登場した、怪しげな人物扱いなのだ。
実にひどい話だが俺自身、前の世界の記憶も既に薄れ、あの場所からの記憶がスタートなのだがら仕方ない。
興味深いのは、超竜ドラシリア戦役の後に軍から追加で提出された報告書だ。
その一部には「今回の一連の事件により、ヒカリカミナという土地の特殊性が証明された。以前から怪異な現象は地元住民から報告されていた。光・音・空間の歪みなど。それらはこの土地に起因する異変であり、今回の事件により『未知の異界から通過可能な、門の存在』が証明されたことで、関連性が示された。
追記、エックスナンバー調査報告・X990に関連し、調査対象人物の出自にも何らかの関連がある可能性を考慮されたし」
そんな風に報告書はまとめている。
しかし、その頃の俺は『聖剣戦艦』を動かし、超竜ドラシリアを倒した英雄。そして『世界樹』を生じさせた立役者の一人として名声を得ていた。
幸いにして、そうした「些末な」報告書はほとんど顧みられなかったようだ。
――さて。
つまるところ俺は、これからも要らぬ嫌疑がかからぬよう働くしかない。
重用してくれた恩義ある姫殿下のため、いや、メタノシュタット王国のため。
世界樹の麓に都市を整備し、二十年後に遷都を行う――。
「神聖世界樹国家へと至る道を、共に」
スヌーヴェル姫殿下の野望、遥か未来を見据えた計画の中に俺たちはいる。その行く先は困難に満ち、時には血塗られた道になるかもしれない。
フィノボッチ村での日々はわずか数ヶ月だったが、今にして思えば平穏だった。
王都メタノシュタットでの日々は、刺激的だったが……多少息苦しくもあった。
今度は遥かヒカリカミナの地、巨大な世界樹の懐へと飛ぶ。
そこでは何が待ち受けているのだろう?
「賢者ググレカス、どうなさいまして?」
「あぁ、思えば遠くに来たものだ、と思っててね」
適温になったお茶をすすり、夜陰で揺れる木の葉に自身と家族の将来を想う。
「そろそろ夜も遅いですわ。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
妖精メティウスが本のすきまへと潜り込む。
俺は、大切な家族をなんとか守りながら、しばらくは旅を続けるしかなさそうだ。
<章完結>
次回から新章となります!
★素敵な世界樹周辺の「水路」アイデアは、
読者様ツキナミ様を始めとした、みなさまからのアイデアを活用させて頂いております!
ミニ世界樹、ロープウェイなど、今後の開拓にご注目を。
大変感謝です。




