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 メイサ女史の提案、新・世界樹まつり

 ◇


 貴賓室のお茶会が終わり、姫殿下がご退席あそばされた。

 やがて皆も席を立ちはじめた時だった。


「ちょっとお仕事のお話が。すぐ済みますわ」


 静かに手を挙げ、関係者数人を引き止めた人物がいた。

 それは『世界樹開拓府(ユグドパイオニア)』のリンカール・メイサ代表代理だった。


 青灰色の髪にグリーンの瞳、顔立ちは美人という程でもないが、どこか愛嬌があり親しみが持てる。メイサ女子は年の頃は三十路を過ぎた、やり手のキャリアウーマンだ。


 引き止められたのは俺と内務省のリーゼハット局長。それに王政府財務局の局長さん。


「すまない、先に馬車に戻っていてくれ。15分待っても俺が戻らなかったら、家に帰っていてくれ」

「了解でござる。まるで危険な仕事のようでござるね」

「お茶会で死んでたまるか」

「にゃはは」

 ルゥローニィにマニュフェルノとヘムペローザを任せ、先に馬車に戻ってもらうことにする。


「え? 僕と協会長も?」

「なんじゃろうのぅ? これ以上はお茶は飲めぬが」

 レントミアと魔法協会会長も呼び止められた。席に座ったままメイサ女史の話を待つ。


 結局、貴賓室には魔法使い3人とパリッとした上品な紳士服に身を固めた局長二人が残った。


「実は、半年前から殿下に許可を頂いて準備を進めていた『メタノシュタット救世記念、新・世界樹祭り!』を、今年の文化祭と合同で開催する予定につきまして、お茶会の席で皆様にお知らせするようスヌーヴェル姫殿下からお言葉をを頂きましたの!」


 じゃーん、と丸められた書類を広げてみせるメイサ女史。下の方にスヌーヴェル姫殿下の直筆のサインがあった。

 そこには『メタノシュタット救世記念、新・世界樹祭り!』の開催についてとある。


「世界樹祭り……ドラシリアから世界が救われ、世界樹が生まれたことを祝う祝賀行事ですね」

「そういえば去年やるとか言って、それっきりだったね」


 俺とレントミアは顔を見合わせた。

 賢者の館にリンカール・メイサ女史が押しかけてきて熱弁を振るい、結局なんやかんやでまつりは開催されずじまいだったからだ。


 すっかり忘れていたが、開催する事になったのか。


「開催できなかった原因は、計画の実施に費用が掛かりすぎる……って事だったからねぇ。その費用を世界樹までの『新交通機関』に関連する基礎研究と実証実験に回したほうがいいって、元老院が王に助言して、お流れになったんだよねぇ」


 リーゼハット局長が俺にささやく。

 元老院(げんろういん)とは王の助言機関。あまり目立たないが知恵袋のような存在であり、会計監査的な事もやっていたりする。

 王族の親族で構成されているが、老人ばかりでいつも会議では寝ているらしい。時々思いついたようにコーティルト・アヴネィス国王陛下に助言を与えたりもするのだとか。

 スヌーヴェル姫殿下も、大きな案件となれば彼らの了承を得ねばお金は出せない。

 果たして元老院は国のために役に立っているのかいないのか。俺が言うのもなんだが、重鎮(・・)で構成されすぎて王政府内でも「お荷物」だと思っている向きもあるようだ。


 しかし、抜け目のない姫殿下は、自らが任された「内務省」という王政府の機関内に、独立した王政府財務局という部署を持った。ここで「庶民の暮らしを守る政策」を次々と掲げ、予算を確保し運営している。


 元老院の中には「ままごと」だと揶揄する向きもあるようだが、そうではない。

 言わばスヌーヴェル姫殿下の「秘密の財布」であり、プールされた国庫の総額はリーゼハット局長ならば知っているだろうが、おそらく相当の額だ。


 今や王国軍の特戦部隊である『中央即応集団(メタノミリティア)』はここから予算が割り振られ、完全にスヌーヴェル姫殿下の近衛部隊。フィラガリア作戦参謀長がお茶会に顔をだす理由はそこにある。

 従来の王国軍には無かった王都防衛の『空中騎士団』を創設し、量産型の『雷神剣』を始め魔法の新装備の開発なども行い、次々と実用化。王国発展のための予算が捻出されたのだから。

 

 そして、いよいよはじまる世界樹の開拓。これは元老院も認めた王国としての国策(・・)だ。


「新交通機関への予算は元老院、いえ国王陛下より賜っております。しかしながら現地――世界樹周辺の開発と発展を、将来を見据えて十分に考えた予算ではないのです」


 メイサ女史が小声で言う。決して批判ではないが少ない予算では現地の防衛が精一杯。思うように開拓も進まないのだろう。

 世界樹までの交通機関に関して言えば国王陛下の肝煎りだ。しかしそれが実現できても、その先が肝心なのだ。


「そこで、まずは世界樹まつりで予算を確保ですか」


「えぇ。スヌーヴェル姫殿下は国威発揚、未来に向けた世界樹の将来性を高く評価しておられます。そこで、今回のお祭りに予算をつけてくださいましたの!」


「それはよかった。でも、以前は遊園地というかテーマパークを大々的に作って、運営するとかいってたようですが……?」


「そこはコンパクトに予算を圧縮しましたわ。計画立案に半年! スタッフ全員で知恵を絞りましたの! でも、おかげで低予算でも楽しくて素敵で、きっと国民の皆様も楽しめるものになりましたの。そして……収支はバッチリ黒字の予定」


 やはり仕事のことになると、実に饒舌になるメイサ女史。算盤勘定もバッチリのようだ。


「詳しい計画の企画書類を皆様に渡すので、あとでご一読を」


 今後ともご協力の程を……! と紙の束を俺たち全員に素早く配り、頭を下げてゆく。とにかく動きが素早い。さすがキャリアウーマン。俺もこんな風に働き方を改革せねば。


「ほぅ……?」

「へぇ!」

「ふぅむ?」


 そこに書かれている内容をざっと読む。確かに低コストで、人も集まり楽しそうだ。しかし『王城前広場に、賢者邸より「ミニ世界樹」をお借りして、メイン会場に設置します!』とある。


「ここは俺たち頼みなのだな……?」


 思わず苦笑する。


「そこをなんとかお頼みしたくて! 以前、賢者様のお屋敷で拝見した、お庭に生えている『ミニ世界樹』を掘り起こして、お借りする作戦なんです!」


「ま……まぁ家族に相談してみないと答えられんが。しかし、あんな大きな木をどうやって……」


「軍が開発中の建設用ゴーレムを無料で借りる予定なんです!」


 なるほど、あのゴーレムか。


「根回しがいいなぁ……」

「フットワークには自信がありますので!」


 他にもイベント案が書かれている。


 ・王城前広場の『ミニ世界樹』周辺には、一般から出店や屋台を募り、大規模な屋台村を設営。(一区画100ゴルドーの出店協賛金を徴集)

 ・吟遊詩人、旅芸人などに呼びかけて、興行を行う。

 ・街の武術道場同士のエキシビジョンマッチを開催する。


「まつりの雰囲気を盛り上げ、お金をじゃんじゃん落として貰って……! 少しでも、『世界樹開拓府(ユグドパイオニア)』の予算にしたいのです」


「これなら専用の施設やアトラクションを建造する必要もありません。宣伝は今は水晶球による全国放送がありますから、これもタダ同然で宣伝できます。なんたって内務省(・・・)管轄ですものね?

 確かに初期投資も維持費もあまりかからないまつりが出来上がる。


「あ、あぁ。そりゃもう喜んで協力しますけど。独立採算制なの……大変だねぇ」


 リーゼハット局長が同情する。


「大変ですけど、やりがいを感じています。姫殿下のお力になれるなら、王国の未来のためにもなりますし!」


「ふぅむ……。ならワシらも、魔法で何か盛り上げてしんぜようかのぅ?」

「魔法協会長アプラース卿……! 是非、お願いします!」


「ググレもさ、ゴーレムのパレードとか館スライムの行列とかやってみせたら?」

「百鬼夜行みたいだな」

「あはは」


「では皆様、開催は3ヶ月後です! 是非ともご協力のほどを」


 メイサ女史は皆に笑顔で頭を下げながら、スヌーヴェル姫殿下の直筆サイン入りの書類を高々と掲げてみせた。


「わかりました」

「じゃ、僕は魔法協会で世界樹関連の研究論文の写しを貰ってから帰るね」

「あぁ頼んだ。夕飯までには帰ってこいよ」

「りょーかい」

 レントミアは魔法協会に向かうらしく、アプラース・ア・ジィル卿と退出した。


「……なんだか忙しくなりそうだ」


 世界樹での新生活も悪くないな。

 気がつくと、少しワクワクしている自分も居た。


 こうして――貴賓室のお茶会は幕を閉じた。


<つづく>


【作者よりのお知らせ】

 次回、章完結!

 次回連載は6月4日です★

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