★賢者にそっと花束を
【これまでのあらすじ】
魔王と植物系魔物の融合生物である魔王妖緑体デスプラネティアの出現により、ピンチに陥ったググレカスだったが、マニュフェルノから譲り受けた腐朽の力を使い、内側からデスプラネティアに大ダメージを与えることに成功する。
逆転の糸口を掴んだエルゴノート以下、ディカマランの英雄達は、満を持してその持てる力を解放する。勇者エルゴノートと女戦士ファリアの極大必殺技が強烈な打撃を与え、ググレカスは全てを封じ込める結界を張ることでデスプラネティアを完全封印、その閉鎖された空間内でレントミアの円環魔法が炸裂した。
原子分解したデスプラネティアは、光の粉となって天へと昇ってゆくが、ヘムペローザはその光がデンマーンの転生の光だと静かに語るのだった――
◇
俺は書斎の寝台に腰掛けて、窓から見える外の様子をぼんやりと眺めていた。
窓から伺える薄闇の向うには、かがり火のように揺れる光が幾つも見える。
白々と明けはじめた地平にポツポツと浮かぶ光は、メタノシュタット王都防衛隊が魔王妖緑体デスプラネティアの破片を見つけては燃やしている炎の明かりだった。
緊急招集で集められた三百名ほどの応援の部隊が明け方になってようやく到着し、騎士団長ヴィルシュタインの指揮の元、小隊単位に分かれて探索を行っているのだ。
俺の屋敷の周囲から巨大な怪物が移動した経路に沿って、俺たちの攻撃で消滅するに至ったエリアまでを大規模に探索し、切り落とされた食腕の破片やまだ蠢いている肉片を見つけては油や魔法の炎で焼却処分していく。
大規模魔力探知網の端末である水晶玉を抱えた魔法使いが各小隊に一名配置され、魔法使いの探索と組み合わせながら、微弱な魔力さえも見逃すまいという「後片付け」の最中というわけだ。
防衛隊の勤勉さと責任感に頭の下がる思いだが、「化け物の組織を残せば再生もありえる」と脅したのは俺だ。そして、俺の言葉に真剣に耳を傾けたのは、他ならぬ騎士団長ヴィルシュタインだった。
『ひとつの清らかな世界』(クリスタニア)という一種の理想主義派の幹部と目される彼の、ディカマランの英雄に対するほの暗い情念に歪んだ眼差しから一転、憧れと尊敬に明らかに変わっていた事からも、彼の心境の変化が伺えた。
圧倒的な力の差を見せ付けられて認識が改まったのか、それとも王国を危険から守ろうという、心の底からの強い信念と生真面目さがあるからなのか。
俺も手伝いたいところだが、仲間達から館で休めと強く言われてしまった。プラムやヘムペローザ、そしてリオラもヘトヘトだろうし、その言葉に甘えさせてもらうことにしたのだ。
リオラには今イオラがついているので心配はないだろう。やはりケンカをしても意見が違っても、互いに必要としあう仲睦ましいところは変わらない。
レントミアとエルゴノートはそのまま王国の騎士団との「掃討戦」へ参加すると言い残し、騎士団と共に肉片の探索をしている。
ファリアは俺の事を心配して館までついて来てくれたが、一緒に館で休もうと誘ったところで「ハイそうですね」と休むような彼女ではないことぐらい判っていた。
俺の傷の治癒はマニュフェルノが行うと聞いて安心したのか、案の定、疲れなんて微塵も感じさせない元気な笑顔を見せると、巨大な戦斧を肩に担ぎ、エルゴノートの後を追った。
「拙者ももうヘトヘトでござるよー」
とぐったりとしていたルゥローニィは、ファリアにひょいっと首根っこを掴まれて、一緒に連れて行かれてしまった。
にゃー!? とじたばたするルゥだったが、ファリアにとってルゥは、可愛い弟子、いや子分みたいなものらしい。
昔からファリアは飼い猫にでも話しかけるような調子でルゥに話しかけては、ルゥを怒らせていた。拙者はネコではござらんよ!? と。いつまでたってもあまり変化が無いようで、そこは微笑ましいが。
それにしてもファリアやエルゴノートのタフさには恐れ入る。
凍える氷河を夜通し歩いたり、灼熱の大地を何日も歩いてきたエルゴノートやファリアにとっては、この程度の無理は何でもないのだろうが、体力の劣るレントミアが少し心配だ。
『えへへ、ありがと。だいじょーぶだよ、意外と元気』
「うっ……?」
しまった。銀の指輪は思考ダダ漏れのストーキングアイテムだったな。
『ググレは寝てないの……? 体は平気?』
レントミアの声色にすこし心を癒されつつも、身体の傷はマニュに直してもらっているのでもう平気だ。
「あぁ、マニュの治癒魔法のおかげで傷はすぐに治ったよ」
『よかった。ボクもこっちが片付いたら館に行くから、ゆっくりしててね』
「レントミアも無理するなよ」
『うん!』
可愛らしく言うと指輪の脳内通信は切れた。
休めとは言うものの、魔法を全放出した事による蓄積披露と、魔力強化外装の連続使用による筋肉疲労のダメージは、ゆっくりと一日ぐらい寝ないと回復しないだろう。
『マニュのお勧め治癒のAコース』とやらは、全裸でマニュが調合した妖しげなドロリとした薬を全身に塗り、その後赤いローソク攻め……いや、治癒を受けるというもので、全身疲労の回復にも効果があるらしい。
「推奨。傷にも、疲労回復にも効きます。……オススメですよ?」
と、メガネを怪しく光らせる僧侶にイヤな予感しかしなかったので丁重にお断りし、患部だけを治してもらったのだ。
当の僧侶は、俺の書斎のソファでうたた寝をしている。
うへへ……という間抜け顔でメガネがズレているが、魔力を半分ほど貰ったり治癒してもらったりと、今回はかなりマニュに世話になってしまった。
何かあとでお礼でもしてあげたい。
とりあえずはその肩に毛布でもかけてやりたいが、今動けば俺の両脇でようやく寝付いたプラムとヘムペローザを起こしてしまう。
「むにょぅ……」
「さまー……」
二人の手はしっかりと俺を掴んだままで、簡単には離してくれそうも無い。怖い目にあったせいか、館に戻ってきてからもヘムペローザは俺の手を離そうとしないし、プラムもぎゅっと腕にしがみついたままだった。
さっそくプラムのヨダレで濡れはじめた左腕と、ヘムペロの涙と鼻水で濡れた右手をどうしようかと考えながら、溜息をついた。
とはいえ、二人の体温は高めで暖かく、ふにゃりと程よい重さの身体の感触と、甘いお菓子のような香りに包まれてほんのりと幸せな気分だ。
――やれやれ。まるで何かのハーレムラノベみたいだな。
「はは、ちびっ子だけどな……」
俺はひとりごちながら、窓の外に視線を移す。
黎明の空は、徐々に東から金色のを帯び始めていた。刈り入れの終わった麦畑や木々、そして村人達の家々の輪郭を徐々に明確に明るく照らしはじめる。
やがて陽が昇り新しい朝が来るのだろう。
仕事が終わればエルゴノートは、休む間もなく本来の目的である海辺の町を救う旅に戻ると言い出してすぐに旅立つかもしれない。
今この瞬間にも世界には苦しんでいる人がいるのかもしれないと考えると、勇者エルゴノートと俺達の旅はしばらく続くのだろう。
けれど――。
今だけは、もう少しこうしていたい、と思う。
暖かくて柔らかい感触に挟まれながら俺はうとうとと短い眠りに落ちた。
◇
夜が開けると同時にルゥローニィは鍛錬の傍ら、村の広場に行き村人達の不安を払拭するのに一役買ってくれた。
すっかりいつもの仲良し兄妹に戻ったイオラとリオラも村の広場へ赴き、ルゥと共に昨日の出来事を説明したのだ。
一晩中鳴り続いた「怪異」の話題で村人達はもちきりで、日が昇りきらないうちから広場に集まり、不安げな様子だったという。
化け物の咆哮や地鳴り、そして夜中に太陽が出現したかと思うほどの光――。
魔王戦乱の時でさえ王都に近いこのフィボノッチ村は、比較的平和だったことを考えると、魔王クラスの強大なボス戦が唐突に行われたとは俄かには信じがたいことだろう。
ルゥは、賢者の館を狙った魔王残党のテロ行為があり、駆けつけたディカマランの英雄とメタノシュタットを守る王都防衛隊の「共同戦線」で撃退したと村人達に説明をしてくれた。
村では知られた存在のイオラとリオラも証人という事で事件の真相について納得した様子で、村人達の間には安堵と、喝采が沸き起こったという。
ディカマランの英雄の活躍と、俺へのあらぬ嫌疑が晴れること、そしてクリスタニアの連中も存分に活躍できたということで、すべて丸く収まってくれるとよいのだが。
この事件は、夜半の防衛隊の緊急出動と謎の閃光という怪事件の噂を聞きつけて駆けつけた王都の広報業者によって、広く知れ渡ってゆくことになるだろう。
ルゥから村の広場での話を聞いた後、ぐぅぐぅと寝ているマニュフェルノと朝寝坊のプラムを寝台に残し、俺はキッチンへと向かった。
「ヘムペロ、ここにいたのか……?」
寒い朝だった。
曇った窓を指先でなぞっていたヘムペローザが、振り返った。
キッチンの窓から見える外の世界は、朝日を浴びた霜が白く輝いている。黒髪が逆光の朝日で金糸のように光っている。
俺をじっと見つめる瞳には、いつもの小悪魔のような輝きとは違う、静かで穏やかな光が揺れていた。
そして、ヘムペローザは手のひらを俺の方にそっと向けた。
「賢者にょ、……これを」
「ん?」
開かれた小さな手のひらには何も無かった。けれど、一瞬のうちに緑色の魔力糸がするすると伸びて、つる草のような実体を生み出しはじめた。
「お……おぉ!?」
驚く俺の目の前で、ヘムペローザはにこりと微笑む。
魔法で練成された「つる草」は、花束のような大きさにまで伸びると、瑞々しい葉を茂らせ、やがて先端に幾つもの白い花を咲かせた。一重の清楚な花からは、春を思わせる新鮮で甘い香りが、ほんのりと漂った。
「それが……ヘムペロが手に入れた魔法なのか!」
「そうらしいにょ」
それは俺も見たことの無い魔法だった。まるで植物の成長を早回しの映像で見ているかのような不思議な感覚だ。
検索魔法で該当する魔法を探ると、失われた先史魔法文明で、太陽神と対話する聖なる巫女が使っていたという、清廉の榊を生み出すという魔法が、唯一似ているだろうか。
おそらくヘムペローザの体に生まれていた魔力の方向性が、魔王妖緑体デスプラネティアに取り込まれたことで植物を生み出す魔力へと性質が固定化したのだろう。
魔力を持つものは、真名を使って火の神や氷の悪魔との契約をし、魔法使いになるという流れがあるが、それとは根本的に違う魔法体系――自然の力をそのまま利用する「自然緑体召喚」系の力だろう。
「すごい! すごいじゃないかヘムペロ!」
俺は思わず駆け寄ってその手を取ってまじまじと眺めた。
「……賢者にょ、喜んで……くれるのかにょ?」
「当たり前だろう? お前だけの魔法だ。素敵な力だよ! 本当に……新しいヘムペローザの誕生だ」
「そ、そうかにょ! これで……ワシも賢者の役にたてるにょ!」
「あはは、そうだな。魔法使いになったのだもんな」
「にょほほほ!」
褐色の肌の少女が、心底嬉しそうに笑う。
そして、手から生えた名前もわからないつる草を、自分の意思で切り離し、俺に差し出す。
「賢者にやるにょ……。その……助けてくれたお礼……にょ」
「あ、あぁ!」
俺はそれを両手で受け取って、ヘムペローザの手を握ったまま花に顔を近づけてみた。純白の透き通るような花弁がとても可愛らしく、途端に甘い芳香に包まれる。
魔法としては未知数だが、使い方次第でいろいろなことが出来るだろう。
そして何よりも、人を少し幸せにする事ができる。
「芳香。いい匂い。この季節に……お花なんて?」
キッチンに入ってきたマニュフェルノが不思議そうに目を瞬かせた。
寝ぼけ眼でよろよろ後に続くプラムも、ぴきっと目を丸くする。
「わ、綺麗なお花なのですね! ヘムペロちゃんの……魔法のお花!?」
――ほらな。
「そうにょ、プラムにもマニュ姉ぇにも、いくらでもあげるにょ!」
ヘムペローザはむふっ、と小さく鼻を鳴らすと、唇が柔らかく弧を描いた。
「よかったな、ヘムペロ」
<◆8章 闇の復活と、賢者の戦い (ググレカスの受難 編) 完>
【作者からのお知らせ】
「最終回じゃないぞよ、もうちょっとだけ続くんじゃ!」
というわけで、まことに勝手ながら、
12月29日から1月1日までは休筆させていただきます。
(改稿と挿絵の追加はするかもしれませんが…)
予定では1月1日に「幕間」を一話投稿いたします。
お楽しみに!
読んでくださっていた皆様、ありがとうございました。
よいお年を!