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 スヌーヴェル姫殿下とご友人になろう


 ――ヘムペローザとお友達になりたい。


 スヌーヴェル姫殿下の突然のお言葉に、貴賓室には小さな驚きが広がった。

 しかしそれは否定的なものではなく、どちらかというと「良いことだ」という肯定的な空気だが。


「スヌーヴェル姫殿下、ヘムペローザとお友達とは、お戯れを」

 とはいえ、なんと答えてよいのやらと困った様子のヘムペローザのフォローに回り、まずはお気持ちを確かめねばなるまい。


「私は本気ですよ、ググレカス。宮廷には貴族のご令嬢や、旅芸人、旅の商人など、いろいなお客人が参ります。昨日だって美しいハイエルフのお嬢様たちが参りましたわ。そこで心惹かれる方がいらっしゃると、つい『お友達になりたい』と言ってしまうのです」

 美しい赤いドレスを着た姫殿下は、いつもとは少し違う柔らかい雰囲気で笑みを浮かべている。

 心惹かれる、というのは額面通り、気に入ったという意味だろうか?

 それとも戦略的に価値があるから引き入れたい、という意味なのか。

 この場の流れから察するに、後者の意味合いが強い気がするが……。


 俺は恐る恐る尋ねてみる。


「……友達、で宜しいのでございますか?」


「えぇ。みんないつも驚いて、困り顔になりますけれど。いけないかしら?」


 一国の姫君にそんな事を言われたら、驚くだろう。しかも相手は大陸随一の大国、メタノシュタツトの王女殿下ともなればなおさらだ。友達だから何処にも行ってはダメ……と、塔にでも幽閉でもされるんじゃないかとドキリとする。


「ふむ……姫殿下の悪いクセですのぅ。幼い頃からですじゃ」

「アプラース老?」


 列席者の中では一番の古参、魔法協会会長のアプラース・ア・ジィル卿が顎髭を撫でながら、やや呆れ顔でのんびりとした口調で語る。


「以前、城内で素晴らしい歌を披露した旅芸人の娘がおってのう。あれは、まだスヌーヴェル姫殿下が10歳ごろのころじゃ。同じ年頃の娘を大層気に入られ、『お友達になりましょう』と、おっしゃったことがありましたな」


「アンヌネーナね、今でもそのときのことは覚えているわ。妹も一緒に聞き惚れて。その後も年に一度、夏至の日は必ず王宮に来てくださるようお願いしたの。あたらしい吟遊の物語と、他国の面白おかしな噂話。美しい歌を披露してくださいます。友情の証しに私のドレスと指輪をいくつか差し上げたこともございましたわ」


 宝石や報酬を与えたのであれば、もはや「お抱えの旅芸人」。いや、軍や王政府が裏で報酬を払い、間者(・・)にしているという可能性すらあるだろう。その事には誰も触れないが。


「今でもよき、ご友人であらせられますのぅ」

「魔王大戦の間は、訪問が途絶えて心配しました。けれど昨年からまた来て頂けるようになりましたわ」

「それはよろしゅうございましたね」


 冷静な理論派に思えるが、姫殿下がそれだけで物事を決め行動する女性ではない。そのことは、エルゴノートとの色恋沙汰や、復活した魔王城の一件でもわかっていたはずだ。

 もしかすると「友情」や「友達」という、高い地位のある王族には、意外と手に入りにくいものに憧れているだけかもしれないが……。


「ググレカスも彼女の歌を聴くと、きっと心洗われますわ」

「その節は是非ご一緒させていただきたいです」


 それにしても――。


 姫殿下は肝心の話を切り出さない。


 てっきり、世界樹を生み出したヘムペローザの魔法が欲しい。だからお抱えの魔法使い見習いとして、ヘムペローザを囲い込みたい。そして他国も、何者も手出し無用。

 そんな風に一方的に宣言されるのかと思ったが、やや肩透かしを食らった気がした。


 と、ヘムペローザが意を決したように、静かに口をひらいた。


「ワシでよければ、その……お友達になるにょ。歌は歌えないですけど」


 もじもじとした様子で言う。

 けれどそれを聞いた姫殿下は、ぱあっと明るい表情に変わる。


「まぁ! 嬉しいわ。ありがとうヘムペローザ」

「にょほ、ほ」


「良かったですのぅ、姫殿下」

「そうだわ。それなら何か欲しいものは無い? 私の部屋で色々なドレスを着て、気に入ったら差し上げるわ。宝石をつけてみてもいいのよ? それとも、とっておきの甘くて美味しいお菓子を用意させましょうか……?」


 姫殿下はもしかして友達の距離感と言うか、定義がよくわかっていないのだろうか。まぁ俺も姫殿下のことをとやかくは言えないが……。


「そ、それはとっても嬉しいのじゃが……! ですが。立派な服を頂いてもワシには似合わんし、お菓子もそんなに食べれないし……。ワシだけ良い思いは出来ないにょ……」


「謙虚。ヘムペロちゃんってば」

「おい、ヘムペロ。折角姫殿下がああ言って下さってるんだから、遠慮なく……」

 服でもいいし、最上級の宝石をいくつか貰ってもいいんじゃないか。けれど小さく首をよこにふる。


「ワシは何もいらないにょ。ワシだけもらえないにょ。でも、これをお姫様にプレゼントするにょ」

「まぁ……?」


 右手の手の平を上に向けると、しゅるる…‥と、淡い光とともに『蔓草魔法(シュラブガーデン)』を励起する。

 緑色の蔓が何本か伸び葉を茂らせる。それは30センチメルテ程まで絡みあいながら成長すると、先端に幾つもの蕾を付けた。


「おぉ……!」

「これが、噂の……!」

「なんという可憐な魔法じゃ」


「誰かのヌルヌル魔法とは、まるで違いますな」

「こほん、失敬だなハハ?」


「えいっ!」

 軽く気合いを込めると、ぽぽん、と弾けるように花が咲いた。まるで早送りの映像を見ているかのように、次々と花弁が開く。

「おぉおお……!」

 貴賓室が驚きとざわめきに満たされる。

 皆の見ている前で、『蔓草魔法(シュラブガーデン)』は見事な白い花を満開に咲かせていた。


「お姫様のために、いつもより多めにお花を咲かせたにょ!」


 すると、マジェルナが素早く駆け寄って床に膝をついて、恭しく手を差し伸べる。ヘムペローザは花束を手渡した。


「ありがとうヘムペローザお嬢さん。とても、綺麗な魔法ですね」

 にっこりと、見たこともない優しい笑みを浮かべるマジェルナに、魔法の花束を手渡す。蔓の根本は手から離れた途端に半透明になり、根のように変化した。


「照れるにょ」

「これは私から姫殿下にお渡ししますね」

「はいにょ!」


 すでに植物の一個体として独立している。水を吸い、光を浴びてしばらくは枯れることもない魔法の花となった。


 姫殿下はその花束をマジェルナから受け取ると、香りを吸い込んで、明るい笑みを浮かべる。

 そして本当に心から嬉しそうに抱きしめる。


「素敵な香りのする花……! とても綺麗な魔法ですね。ありがとう」


友達(・・)への想いをこめたにょ」

「想いを? 嬉しいわ。ならば私も、お礼を何か。でも宝石も服も……いらないなら一体何を差し上げましょうか?」


 花束を抱え、歓喜と困惑の表情をなさる姫殿下。それを見たアプラース老が紅茶をついーっと飲み干してから、静かに語りかける。


「スヌーヴェル姫殿下、良かったですのぅ。友達とは『何かをしてあげたい』という互いの気持ちが大切なのですじゃ。ヘムペローザちゃんの気持ち……、願いは、おそらく品物とは違うところにあるのじゃろう?」


 黒髪のヘムペローザは唇をきゅっと結び、ちいさくうなづく。

 そして俺の顔を見て、マニュフェルノの顔を見て。そしてレントミアとルゥローニィの顔を見て、意を決したように、唇を震わせる。


「ワシは……、プラムにょやラーナ……いえ。家族みんなと楽しく。今みたいに、ずっと暮らせたらそれで十分幸せにょ」


「今みたいな暮らしを、ずっと……?」


 それが、ヘムペローザの「願い」なのか。


「そうにょ。もう怖いのは嫌にょ。昔のワシみたいに飢えて寒くて……悲しい想いをしないように。お菓子や服は、そういう想いをしている子にあげたいにょ」


「……わかりました。とても優しい子。そういう事にならないよう、私が持てる力で世界を、静かで平和なところに変えていくことを約束しますわ」


「ワシも出来ることは協力するにょ。まだ、魔法使いでもないが、蔓草を出すくらいならできるにょ」


「良き師匠が二人もおる。ググレカスにレントミア。二人から沢山学んでゆけば、すぐにでも魔法協会の試験を受けられるようになろうて」


「私のために、これからもその素敵な魔法を使ってくださる? 世界樹という大樹の木陰で、みんなが幸せに安心して暮らせる場所を作りたいのです」

「それは、もちろんにょ」


 スヌーヴェル姫殿下の問いかけに、明るく返事をするヘムペローザ。


 と、作戦参謀長フィラガリアが提案をもちかける。


「ならば姫殿下。ここでひとつご提案が。姫殿下が『賢者の館』の皆さまを、内外に向け特別保護宣言してはいかがでしょう? お二人の友情はとても大切ですが、我々は忠義と確かな契約に基づき、行動せねばなりません。軍も動きやすくなります」


「ヘムペローザ嬢の正当な働きには、正当な報酬と対価を支払うべきかと存じます」

 リーゼハット局長も意見を述べる。


「至極良い考えですフィラガリア作戦参謀長、リーゼハット局長。ではググレカス、ヘムペローザちゃんの保護者(・・・)として、これからも働き、家族ともどもしっかりと守るのですよ」


「はっ! この身に代えて」


「くれぐれも頼みますよ。……リーゼハット局長は内務省特別財務会計局の長官に話を。それと関係部署の手続きを頼みます」

「かしこまりました! やっと事務方(ぼくら)の出番だよ、ははは」


 特別保護宣言に、契約。それに正当な報酬。

 姫殿下はヘムペローザの友人(・・)となり、心からの協力を約束した。


 なんだか上手く丸め込まれた気もするが、ヘムペローザの魔法をそれだけ重要視しているからこその知行だろう。


 まとめると、魔法協会会長アプラース・ア・ジィル卿の『至宝の魔法師』認定は、魔法使いたちのバックアップと協力が得られると言うことだ。

 そして姫殿下の申された『特別保護宣言』は、賢者の館に対する国としての保護を、内外に示すということだ。これは安心できるが、働きに応じて報酬も支払われるという。

「もちろん、姫殿下の夢を実現する為に働く、という大きな義務も伴うよ。そこはいままで以上にね。細かい条件は大人の話だから、あとで……ね」

 リーゼハット局長は静かにそう言うと、口を結んだ。


「さて、お茶の時間もそろそろ終わりですわ」


 気がつくと外はだいぶ日も傾いていた。


<つづく>


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