ルゥローニィの道場と、世界樹の脅威
貴賓室のお茶会―――宮廷赤薔薇は、単にお偉方が集まって世間話をするだけの場では無かったようだ。
ヘムペローザとマニュフェルノはたった今、魔法協会会長アプラース・ア・ジィル卿に『至宝の魔法師』という誉れを賜った。
魔法協会会長が自ら『後見人』になってくれたのは、名誉なことだろう。
しかし些か不明な点もある。これは二人を王国が囲い込む……という意味なのだろうか?
「レントミア、これはどういう制度なんだ?」
小声で尋ねる。
「うーん。青田買い、指名、選抜……ドラフト? えぇとつまり、才能や将来性のある人材にお墨付きを与えて、他国が手出し出来ないよう、王国としてがっちり抱え込んじゃうって感じかな」
レントミアが小声で俺に耳打ちする。
「抱え込み……。つまり、メタノシュタット王国で宮廷魔法使いとしての道を約束する……という事か?」
「そういう意味じゃないよ。それだけ二人の魔法を高く評価しているって事だね」
「うーん?」
俸給を受け取って働く「宮廷魔法使い」、あるいは「宮廷絵師」や「宮廷詩人」のような立場に近いのだろうか?
いや姫殿下もいる場で直接誉れを賜り、指名されたという点の意味が重いのか。
逆に言えば自由に行動することが制限されたりしないか、後見人に関しても「受ける受けない」を選択する自由は無いとも取れる。
マニュフェルノにもヘムペローザ本人にも魔法協会会長アプラース・ア・ジィル卿に後見人となって頂く事に対して、受けるかどうかの「意志」を確認してはいない。近衛魔法使いである俺――賢者ググレカスの家族だから、断れないという前提なのだろうか。
ヘムペローザとマニュフェルノの顔を見ると、嬉しさと名誉を受けた誇らしさと言うよりも、戸惑いを感じているようだ。
よし。
この場の雰囲気を壊す訳にはいかないが、二人の気持ちを慮って、もう少し詳しい内容を聞きたい。そしてやんわりと、ひとこと申し立てをしておくことにする。
「なんと! 『至宝の魔法師』とは……大変な名誉を授かり光栄です。しかし恐れながら、私の妻マニュフェルノは天性の魔法を使える者なれど、真理の探求に身を捧げる魔法協会には所属しておりません。弟子のヘムペローザに至っては、基礎を学び始めたばかりで魔法高等学舎への入学試験もまだで……」
「あぁ、その点は何も心配には及ばぬよ。ワシは後見人とは申したが、口出しも何もせぬ。行動に制限をつけることもせぬので安心されよ」
白いヒゲの老魔法使いは、宣誓に似た口上を述べ終えると椅子に腰を下ろし、柔らかな眼差しをマニュフェルノとヘムペローザに向ける。
「これはワシが王国魔法協会を代表として授けた勲章。いや、チト違うかのぅ。上手く言葉には出来ぬが、ある種の魔法のお守り……『印』のようなものをプレゼントさせてもらったのじゃ」
「お守り……プレゼントにょ?」
「祝福。のようなものかしら?」
「おぉ、それじゃ。マニュフェルノ夫人の言う神からご加護を頂く魔法――『祝福』に似た簡単な儀式魔法じゃ。先程は大げさに王国の『完全なる庇護』とは言ったがの、実は何の強制力もありはせぬ」
「では、一体……?」
「二人には『印』をつけさせてもらったのじゃ。これは魔法協会に所属する魔法使いの者ならば、光る羽根のように見える、ある種の標識じゃ」
――完全なる庇護を宣言とは、そういうことか……!
「何も見えぬにょ?」
「可視。できない魔力の印なのね」
「僕は見えるよ。小さな小鳥の羽根が、淡く背中に一枚」
俺には見えない。レントミアには見えているようだ。アプラース・ア・ジィル卿に何か儀式を授からないと見えないものか。
「おっと。これは失敬。ググレカス殿は特別入会じゃったから儀式はまだじゃったの。ほれ」
魔法協会会長が左手を俺に向けると魔法術式を励起。ごくごく小さな魔法円が結界を透過し、身体に到達する。
すると、確かに二人の肩の上に、小さな羽根のような物が見えた。
ごくごく小さいが、色は金色で光り輝いている。例えるなら妖精のような感じで、身体の動きに合わせてフワフワと肩の上あたりや背中を行ったり来たりしながら浮いている。
「なるほど……」
「これを見た我が国の魔法使い、あるいは魔法学舎の教師たちは、察するのじゃ。印を持つもの……『至宝の魔法師』じゃとな。さすれば、協力は惜しまぬ。悪い話ではあるまい……?」
「何かあれば僕は全力で守るよ。他の魔法使いたちも盾になる事だって厭わないと思う」
「俺は元からそのつもりだが」
何時になく真っ直ぐな瞳のレントミアに負けじと、俺も手を挙げる。
「無論、迷惑なら『印』はいつでも消せるぞな。レントミアが術式を知っておる」
「そうだよー」
「なんだか、良いお守りみたいじゃにょう」
ヘムペローザがようやく安心したのか、白い歯を見せた。
「感謝。迷惑だなんて、名誉なことです」
マニュフェルノも納得した様子。
「そうだな、心配ないよ」
お茶会はその後も和やかなムードで進んでゆく。
そんな中、ルゥローニィが剣術の道場を開こうとしていることに対して、軍の作戦参謀長から話が持ちかけられた。
「できれば世界樹の村で、それを推進して欲しいのです。資金や宣伝などバックアップする事を約束します」
「それは嬉しいでござるが……何故でござる? 拙者、街の子供達に、こじんまりとした道場で教えられれば、それでいいと思っているでござる」
「失礼ながら、それでこの先ご家族を養っていけるのですか……? 如何に名声があろうとも、対価を支払って剣術を覚えようとするご子息様を集めるのは、容易なことではありますまい。貴族様や金持ちの商人たちのご子息の数は限られておりますし」
「……やはり、そうでござるかね」
ルゥローニィが理想を語ったが、フィラガリア作戦参謀帳は冷静に語る。決して否定的な口調ではなく、親身に考えているというような表情で。
「実は王国軍は現在、西方と北方の防衛線を強化しており、これ以上の兵力を南方、つまり世界樹周辺の広大な土地に展開することは難しいのです。侵略者がいるのなら戦力を差し向ける理由も立ちますが。今はあくまでも平時ですから」
内務省の治安維持部局長や『世界樹開拓府』の代表代理も、同じような話を切り出す。
「平時とは申しましても、周辺地域では魔物の活性が上がっております」
「我々も、今後の世界樹開拓と経済活性化、観光地化に向け危惧しております」
「今回、魔王大戦の英雄たちを招聘したのも、実はそこにひとつの理由があります」
青髪のマジェルナが姫殿下の目配せで口を開いた。『幻灯投影魔法具で背面の壁に静止画像を映し出す。
――巨大な世界樹、発展しつつある村、いや街。
世界樹の周辺には、魔力に引き寄せられたのか、森から出てきた一部の魔物が徘徊しはじめているという。
様々な種類の魔物と、騎士と戦士の混合戦闘集団による戦闘の様子が映し出される。
大型の魔獣に対しては、新型ゴーレム、迷彩塗装されたタランティアが動きを止め、騎士団がトドメを刺す。
「中には未知の魔物の情報や、他国のエージェントと思われる戦闘集団との遭遇戦も発生しています。これらが、新たなる脅威となりつつあります」
現在駐屯している騎士団と戦士団の戦力は1000人程度。一時期よりは増強されたとは言え、任務は多岐にわたる。世界樹の調査隊の護衛や、魔物討伐など。更に24時間体制で広大な周辺地域を見回り続けるのは難しいのだという。
「そこで、現地調達で予備兵力の拡充を図りたいのです」
「半年後に始まる世界樹まで通じる『新交通網整備開拓事業』における障害を排除し、早急な竣工したい。そのためにお力添えを頂きたいんです」
『世界樹開拓府』の代表代理、メイサ女子が言葉を補足する。
「なるほど……」
「なるほどでござる……」
「例えば自由冒険者、護衛業者、あるいは傭兵、あるいは民兵。そういった者たちを組織し、鍛え、王国の法的な遵守と規範意識により、信頼できる予備兵力として拡充させたい。そして彼らを必要に応じて徴集出来る体制を構築していきたいのです。そこで、ルゥローニィ殿にはお願いが。六英雄としてのルゥローニィ殿に御助力を頂きたい。王国軍として、出来る限りバックアップすることを約束します」
「そこまで言われたらにゃぁ、考えるでござる」
ルゥローニィは腕組みをしてうーんと考え込む。家に持ち帰りスピアルノと相談になりそうだ。一緒に世界樹の開拓村に行くなら俺は大歓迎。こんなに心強いことはない。
「良かった。是非ご検討の程を。剣士としてのルゥローニィ殿の名声に加え、まぁ賢者ググレカス? 殿の名もあれば魔法関係の人材も集まりましょう」
ルゥローニィからの前向きな返事にホッとしたのか、作戦参謀長がついに我慢しきれなくなったのか、フィラガリア節を炸裂させる。
「ついで、みたいに言いますね? 魔法の人材集めをご希望ですか?」
「いえ。昨日の無様……いえ、素晴らしい戦いぶりに感銘を受けまして。あれを見て集まりますか……」
「う……ぐ?」
真顔で言うからカチンとくる。この野郎……。
「フィラガリア作戦参謀長、そのへんで」
「はっ」
スヌーヴェル姫殿下が、笑いをこらえながらたしなめる。
「いや、失敬。賢者ググレカス殿には、是非とも広大な地域を自律的に動き、探査するような『無人の偵察用ゴーレム』の開発にお力添えを願いたい」
「無人の偵察……? それなら俺の量産型『樽』そのものだが」
「ですから、ぜひご協力を。人材不足をカバーし、広大な地域を見守るには必要なのです。無論、報酬ははずみます」
「ふぅむ?」
ニッと大人の笑みを浮かべる作戦参謀長殿に、俺も思わず苦笑いを返す。こちらも悪い話では無さそうだ。
すると姫殿下は今度は直接、ヘムペローザに声をかけた。
「ヘムペローザさん」
「は、はいにょ!」
思わずカップを置くと、緊張した面持ちで背筋を伸ばす。
「そう固くならずに。私のお願いを聞いてくださるかしら?」
「お、お姫様のお願い? も、もちろんにょ、なんなりと」
「私と、お友達になってくださらない?」
少し唐突に身を乗り出して微笑みかけた。
金髪の縦巻きロールの髪も見事なお姫様が、まるでおねだりするように。
「にょ……!?」
あまりにも意外な申し出に、貴賓室が「おぉ……!?」とザワついた。
しかし姫に二言はない。それは冗談ではなく、本気で申されているのだ。
<つづく>




