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 王国の庇護と『至宝の魔法師』

 貴賓室のお茶会―――宮廷赤薔薇(クリムゾンレッド)の会は、香り高い紅茶と共に幕を開けた。


 運ばれてきたのは、白い陶器のカップに注がれた紅茶と、品のいい小さな焼き菓子(ガレット)


「お菓子をどうぞ」

 スヌーヴェル姫殿下が一言、女性らしい声で告げる。

 それが開始の合図だった。早速焼き菓子をかじり、マリノセレーゼ産の紅茶をちびりと飲み香りを楽しむ。


「食べて良いのでござる?」

「良いのかにょ?」

「もちろん大丈夫。後は適当に周りに合わせりゃ良い」

「ググレの言う通り。僕にあわせて食べて、飲んでみて」

「わかったにょ」

 慣れない様子のルゥローニィとヘムペローザ。近くに座っていたレントミアが、意外と面倒見の良い一面をみせる。


「芳醇。南国の花のような香りのする紅茶ですね」

 マニュフェルノは、振る舞われた紅茶を褒めることを忘れない。

 姫殿下が満足そうに微笑み、場が和むのを感じつつ、俺はそっとテーブルに会した面々の様子を窺う。


 一番奥の上座にはスヌーヴェル姫殿下。背後には巨大な竜と剣の刺繍が施されたタペストリーが垂れ下がっている。

 すぐ横には儀礼用の白いマントを羽織ったマジェルナが無表情で立っている。ショートカットが印象的な彼女は、お茶会には参加せず近衛魔法使いとしての職務を全うするようだ。


 それ以外の参加者はリラックスした表情で、隣の席と軽い談笑を交わしている。


 国土管理局の代表部局長の老人に、内務省のリーゼハット局長。そして『世界樹開拓府(ユグドパイオニア)』のリンカール・メイサ代表代理。彼女は企画営業部長から昇進したのだという。


「ググレカス君、ご家族とは共に世界樹に行くことになりそう?」

 リーゼハット局長が話しかけてきた。俺はマニュフェルノの顔を一度見てから、「えぇ、そのつもりです」と返事をする。


「良かった……! なら、お嬢様方の学舎の転入手続きや、生活上の支援は任せてね。内務省は知っての通り、姫殿下の直轄部署。教育や福利厚生の担当部署とも深く繋がっているから」


 面倒な手続きや根回しをしてくれるというご厚意は、正直とてもありがたい。国としてのバックアップ体制をちゃんと考えてくれているということなのだから。


「お心遣い、感謝します」


「ところで、ググレカス殿は『世界樹開拓府(ユグドパイオニア)』の特別魔法顧問にもなられたとか」

「えぇ。とても名誉な事です。手探りからのスタートですが」

 次はフィラガリア作戦参謀長が優雅な仕草で紅茶を飲み、話しかけてきた。背筋がビシッと真っ直ぐで、隙など無い。


「我々もお力添えする事を約束する。脅威(・・)に関する情報提供も惜しまないつもりですので、その節はご協力の程を」


「何か……世界樹の平和を脅かす存在があるのですか?」

「例えばの話ですよ。この場では、まだ……ね」

 じつに含みをもたせた物言いだが、何も無いわけはないのだろう。脅威や危険など、いつものこと。ある程度は覚悟の上だ。だが、家族の安全は何としても担保せねば。


「互いに協力し、時には『脅威の実力排除』という行動を選択する必要があるやもしれません。そこで、連絡員(・・・)を随行させて頂きたい。もちろん一緒に住み込みで、というわけではございませんのでご安心を」


 周囲で聞いていた数人が笑う。どうやら『中央即応特殊作戦群(メタノミリティア)』のフィラガリア作戦参謀長流、軍人ジョークらしい。


「それはどうも。実に……心強い。楽しみです」


 家族の転勤に皆は「同意」してくれた。マニュフェルノにリオラ、プラムにラーナ、ヘムペローザも同行してくれるという。

 家族の同意という心強い後ろ楯を得たおかげで、こんな風にお礼を言う余裕も生まれている。


 だが、まだ問題はいくつか残っている。


 王都で道場を開こうとしているルゥローニィ一家の身の振り方、魔法高等学舎への入学を推薦されていたヘムペローザのこと。

 それ以外にもある。マニュフェルノだって、王立病院で画期的な治療薬の開発に協力していたという。


「……新しき土地の開拓に赴いて頂くにあたっては、ご家族も含め、十分な王国の加護と支援を惜しみません。心配事があるのなら、何なりと口にして構いませんよ」


「畏れ多くも、そのような勿体無いお言葉。恐悦至極に存じます」

 スヌーヴェル姫殿下の心配りに恐縮する。

 こんな細かい悩みまで話すべきかと考えあぐねていると、タイミングを見計らってか、魔法協会会長、アプラース・ア・ジィル卿が助け船を出してくれた。


「ふぅむ。幾つか悩みはあろうが……、まずはワシからじゃ。気になるのは、賢者ググレカス殿の愛らしいお弟子さん、ヘムペローザ嬢の事かのぅ」


「わし、かにょ?」


「実に稀有な力じゃ。王国広しと言えど、魔力糸(マギワイヤー)で本物の植物、つまりは生命を実体化(・・・)出来る魔力の持ち主は、100年に一人の逸材じゃ。それに、マニュフェルノ夫人の治癒の魔法もじゃ。これも生命の活性化という類い稀なるものじゃて。これらは王国の魔法史上に残る至宝(・・)と呼んでも良いほどじゃ」


 焼き菓子を持ち上げて、子供のような笑みを見せるアプラース卿。

 マニュフェルノとヘムペローザは思わず顔を見合わせる。


吃驚(びっくり)。そんな大げさな……」

「出せるのはそこらの蔓草と変わらぬにょ」


「ホホホ、凄い事には変わりはない。しかし、不思議なものじゃのぅ。お主らは賢者ググレカス……いや、そう呼ばれるようになった一人の青年に惹かれ、頼りにし、共に歩む道を選んだのじゃからの。これが……(えにし)というやつなのかのぅ」


「えにし?」

「運命。ってことね」


「アプラース・ア・ジィル卿、持ち上げ過ぎです。思わず紅茶を全部飲み干してしまいました……」


 俺が空になったカップをみせると、貴賓室に笑い声が起こる。すぐに給仕が紅茶を継ぎ足しにやってきた。


「持ち上げ過ぎなどではないぞ、賢者ググレカス。お主は、目を背けてはならぬ。この才能に、輝く力に。これから先、何があろうとも、全力でお守りするのじゃ」


「それは、もちろんですが」

「ならば良い。そこでじゃ……。ワシはこの場を借りて、宣言しようと思うぞな」


 白い顎髭の老人は、コホンと咳払いをすると、二人の方に腕を上げたまま、席から立ち上がった。スヌーヴェル姫殿下も、その様子を真剣に見ておられる。

 

 これは、儀式級の魔法か。


「――メタノシュタット王国、第17代魔法協会会長、アプラース・ア・ジィルの名に於いて宣言する。魔法使い見習いヘムペローザ嬢、そして治癒の魔法使いマニュフェルノ夫人を、ここに『至宝の魔法師』として、完全なる庇護を宣言する」


 ――『至宝の魔法師』!?


「王国の完全なる庇護を約束する、というわけですか。先を越されましたな」


 フィラガリア作戦参謀長が、白手袋の手を打ち鳴らした。他の出席者たちもこれに倣う。


「庇護。をいただきましたわ?」

「なんだか、褒められたのかにょ?」


 二人は戸惑いの表情をみせる。するとレントミアが微笑んで、小さく拍手する。


「簡単に言うと、もう誰も手出しできないってこと」


「二人を王国の名のものとに……守護してくださる、と?」

「そうじゃ。ワシが後見人(・・・)であり、ググレカス殿の言う通り、メタノシュタット王国の完全なる庇護下に入った、という安心宣言じゃ」


 魔法協会会長はヘムペローザに、ぱちんと片目をつぶってみせた。


「にょほ、お……?」


「ググレと僕は、魔法使いとして全力で守る側だよ」

「お、おぅ!」


<つづく>


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