午後のお茶会――宮廷赤薔薇(クリムゾンレッド)の会へ
◇
メタノシュタット王城の貴賓室で、皆はやや緊張気味だ。これからスヌーヴェル姫殿下や、お偉方達がお見えになるのだから無理もないが。
「緊張して耳が立たないでござるよ」
ルゥローニィは耳が立たないのを気にしている。
服装は以前、俺用に買い置きしてあった貴族向けの正装をお直ししたもの。派手さはなくシンプルなデザインで、濃いブルーの生地に袖に白いラインが入っている。淡い紫色の髪色によくあっているが、猫の「しっぽ」は収まりが悪いのか、ベルトのように腰に巻いている。
「正装。似合ってるわね、ルゥくん」
「ありがとうござる。でも、毎日こんな服だと窮屈で、王宮勤めも大変でござるなぁ」
「ハハハ、大丈夫だルゥ。俺みたいにマントを羽織っていれば、内側が適当でもバレないぞ」
「そうなのでござるか?」
「半眼。世間様の目もあるし、恥ずかしい格好はさせていないつもりですけど。……私とリオラが居ない時、お城にどんな服を着て行っていたのかしら?」
「だ、大丈夫だよマニュ。最低限のエチケットは守っているから……」
家に帰ったら事情を訊くわね、と微笑むマニュフェルノ。彼女も今日はドレスアップをしている。
くるぶしまで隠れるシルバーのロングドレスに真珠のネックレス。我が妻ながら胸元の谷間が見事で、王宮内ですれ違う仕官がチラ見していたほどだ。緩く編み込んだ髪が、左肩から胸にかかっている。
「平気。ヘムペロちゃん、緊張してない?」
「プラムにょが居ないと調子が出ないにょ……」
親友であり姉妹。そんなプラムが居ないとやや不安そうだ。
「溜息。ググレくんも適当な言い訳を考えて連れてくればよかったのに」
「そうなると、ラーナもつれてこないと可哀想だろ」
今回はあくまでも「賢者の弟子」として、世界樹を生み出した奇跡、魔法使いの卵として呼ばれたのだ。
「みんなと一緒だから大丈夫じゃが……ドレスがきついにょ」
椅子に腰掛けて居心地悪そうにもじもじするヘムペローザ。ハーフアップに編み込んだ黒髪が可愛らしい。
「はは、何がきついって? 夜中に甘いパイでも食ったのか?」
「っていうかパイを食わせたのはググレにょじゃろうが!」
「いてて、すまんすまん」
グーパンチで横から小突いてくるヘムペローザ。緊張をほぐすための軽いジョークだが、デリカシーが足りなかったか。
「それに太ったわけじゃないにょ。……育っただけじゃ」
「育った?」
「腹じゃなく胸の方にょ! 言わすでないにょ」
少し頬を赤らめてふくれっ面をする。
「そ……そうか、うむ?」
ヘムペローザは紫色のやや丈の短いドレス。胸元が確かに「ふっくら」としている。服がキツイとはそういうことか。
コホンと咳払いをして視線をそらす。たしか館で着替えをしてたときも、プラムとリオラが「入らないのですー?」「そんな……うそ!?」と騒いでいた。
「ググレ、僕らは午後からのお呼ばれだから、軽めの議案だよね?」
「うーん。言われてみればそうかな」
レントミアが言っているのは、王城では「午前中が重要な仕事が多く、午後はあまり重要な仕事はしない」という伝統的な働きかたのことだ。
レントミアは正装を着こなしていた。身体にフィットした白を基調とした細身の服も、さすが着慣れている感じがする。
俺はといえば黒い正装と赤い蝶ネクタイを着用。その上に賢者のマントを羽織っている。
「お茶会をしながら今後の話でもするのかな」
「ググレが世界樹に行くから、お偉方も期待してるんだよ」
「俺も心を入れ替えて、そう思うことにした」
通常、王族や大臣たちは重要度の高い事案を午前中にこなそうと詰め込んでいる。
朝食後の挨拶が終わると、国家レベルの政治的な論議や条約など、重要な取り決めを行う。次に領土内の経済に関する報告を聞き、疫病や揉め事などへの対応策を協議をする。
さらに民衆の抱える不満や問題についての対策を決め指示をする。時には家臣の昇進や、裁判的なことも行うなど業務は多岐にわたる。
国王陛下やスヌーヴェル姫殿下の会合に合わせ、大臣や実務担当の局長クラスの重鎮たちが、忙しそうに駆け回っているのをよく目にする。
昼食を挟んで午後になると、今度は他国の使者や来賓との謁見、国内の陳情団との謁見や各種会議と仕事は続く。
3時を過ぎるころようやく一段落。貴族仲間とのお茶会や、繋がりの強い、内々の仲間内による会合などが始まる。
仕事は4時に終わるのが一般的だが、時には昨日の魔法使い対決のような「楽しいイベント」が催されたりもする。夜になると重要な来客とのディナー、時には歓迎式典や王侯貴族たちを招いての舞踏会などが開かれる。
夜に近い時間ほど緊張しない案件が増える。
今は午後の遅い時間なので、あまり小難しい話ではないだろう。だが、スヌーヴェル姫殿下が気にかけている、言い方を変えれば「息のかかった」者たちとの重要な会議という位置付けだろう。
貴賓室の隅には、上級衛兵や年齢層の高い給仕が静かに息を潜めている。
広い室内に置かれた黒塗りのテーブルは、片方だけで二十脚ほどの椅子がズラリと並んでいるという長大さ。
ここで魔王大戦における緊急軍事同盟『人類連合』の調印式が行われたという。諸外国の要人たちが並ぶ様はさぞかし壮観だった事だろう。
今は俺たち「英雄チーム」と俺の弟子一人。部屋はガランとして広く感じるほどだ。金と銀で飾り立てられた豪華な調度品の数々に、輝石をちりばめたシャンデリアには魔法の明かりが灯されている。
まばゆいばかりに飾り立てられた室内は、流石に圧倒される。外国の要人をここで饗すのだから国力を見せつける場でもあるのだろう。
「王城。久しぶりだわ。ググレくんは毎日来ているから慣れたものでしょ?」
「任せておけ。城は俺のホームグラウンドと言っても過言ではない」
「明日から世界樹が勤務地だけどね」
半眼でふふっと笑うレントミア。
「おうっ? ……きついな」
軽いジョークで場を和ませたつもりが、手痛い一言で息も消沈する。
やがて、ガヤガヤと王政府の局長級要人が数名お見えになった。
俺達と挨拶を交わし、着席する。中には『世界樹開拓府』の局長や、王国軍『中央即応特殊作戦群』のフィラガリア作戦参謀長の姿まである。
――これが気楽なお茶会か?
俺たちに一番近い場所に座った人物は、樽のような身体のリーゼハット局長だ。
「……局長がいると安心します」
「ググレカス君、実は私も緊張しているから助かるよ」
すると向かい側の近い位置に座ったフィラガリア作戦参謀長が柔和な笑みを浮かべ、第一声。
「マニュフェルノ夫人、お初にお目にかかります。私は王国軍作戦参謀長、フィラガリア・マクガフィンと申します。いつもググレカス様には大変お世話になっております」
「恐縮。こちらこそ、いつも夫がお世話になっておりまして」
社会人として常識的な社交辞令が飛び交う。
「実に美しい奥様で羨ましい。稀有な治癒の魔法の力にも長けているのですから、ググレカス殿は幸せものだ」
「そ、それはどうもです」
いつもの皮肉たっぷりの作戦参謀長節はどこへやら。あまりにも紳士的な様子に面食らう。
そうそうたる顔ぶれに思わず顔が引きつるが、この場にヘムペローザまで呼ばれたとなれば、明らかに『世界樹』に関しての話か、魔法の力についてだろうか。
マニュやルゥローニィにまで声がかかるとは、一体どんな要件なのだろう。
「ホホ、すまぬのぅ、遅れてしまいましたかな」
立派なローブを纏った白い髭の老人が貴賓室に現れた。上座の方へ促されて着席する。魔法協会会長、アプラース・ア・ジィル卿だ。
「ほほう、来たかのヘムペローザちゃん」
「こんにちは、偉い白ひげのお爺ちゃん魔法使いにょ」
「こらこら」
「ホホホよいよい」
と、向こう側の大きな扉が開き近衛兵、そして近衛魔法使いのマジェルナが姿を見せた。今日はハイエルフのレイストリアは休みだろうか。姿は見えない。
青髪のマジェルナが俺を何故か睨む。
青髪のショートカットが印象的な彼女は、部屋を鋭い視線で見回すと、頷いて近衛兵と共に横に避けた。
大臣の一人が声も高らかに宣言する。
「スヌーベル姫殿下である」
俺たちもそのタイミングに合わせて椅子から立ち上がり、礼をする。すると静かに、赤いドレスに身を包んだスヌーヴェル姫殿下がご登場された。
俺たちをご覧になると、にこりと微笑まれる様子に少しホッとする。
長大な席の上座に優雅に腰掛けると、次々と大臣や局長、重鎮たちが着席する。総勢十名ほどだろうか。
執事以下、メイドたちがお茶を運んできた。それぞれの手にはカップを載せた銀の盆。マリノセレーゼ産の名品と思われるお茶が注がれていた。
お茶が行き渡ったところで、自然と静粛。
「ようこそ、午後の茶会――宮廷赤薔薇の会へ。私の近衛魔法使い賢者ググレカス、そして癒やしのマニュフェルノ夫人。魔法使いレントミアに、剣士のルゥローニィ。それに……ググレカスの可愛いお弟子さんヘムペローザも」
スヌーヴェル姫殿下が最大の賛辞を込めながら全員を見回してお言葉を述べられた。
「お招きいただき光栄です、スヌーヴェル姫殿下」
「恐縮。誠にありがとうございます」
「まっこと、感謝と光栄の極みでござる」
「ありがとうございます」
「にょ」
「フフフ。知らぬ仲でもありません。みなさま、そう固くならずに。まずお茶でもお飲みになりながら、今後のことを話しましょう」
<つづき>




