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 揺れる『賢者の館』と単身赴任


 ――六次元(・・・)の隔たりで大抵の事柄は繋がっている。


 何処で読んだ本だったか記憶は曖昧だが、確かそんな理論があったはずだ。

 一見すると無関係のように見える人間や事柄は、実は世界の裏側で複雑に、けれど案外近くで繋がっているらしい。


 簡単に説明すると、人間同士は友人や知人を6人ぐらい介すると、赤の他人でもどこかで間接的に知り合いになる……というのが一例だ。

 全ての物事にもこれは当てはまるらしい。


 ここ数日、身の回りで起こった様々な出来事は、実にバラバラで無秩序で、頭を悩ませるものばかりだった。

 けれど、それらをパズルのように組み合わせ、考えてゆくと一つのつながりが見えてくる。様々な人との繋がりや関わり合い。

 どんなに離れていても、人は何処かでつながっている……。

 そう考えれば『世界樹』という新天地で、心機一転。一から、いやゼロからがんばるのも悪くない気がしてきた。


「賢者ググレカス。こ、これはなんですの?」

「うわぁ、また気持ち悪い魔法を……」


 ジト目の妖精メティウスに、歯に(きぬ)着せぬレントミア。


 ここは『賢者の館』の奥深く、禁断の実験室(ラボ)の中。


 夕食を終えた俺は、さざ波立つ心を落ち着けるため静かに一人、魔法の研究に没頭していた。

 いや、この場合は単なる現実逃避(・・・・)かもしれないが。


 ここ数日の出来事を組み合わせているうちに、ある魔法を思いついたので、気を紛らそうと実験していた。


「見ての通りゴーレムさ。『粘液魔法(スロゥドゥ)』と複雑高度なゴーレム生成術式、それに『認識撹乱魔法(イマジンジャマー)』を巧みに組み合わせて合成した、俺のそっくりさんゴーレムだ!」


 目の前には俺と瓜二つの、メガネ無し青年が立っている。服は古着を着せているが身体の細部まで似せてある。


『――俺のそっくりサンゴーレムダ!』


「しゃべりましたわ!?」

「怖いよ!」


「骨格は高硬度に整形した『粘液魔法(スロゥドゥ)』、その周りに疑似筋肉を模した柔らかめの『粘液魔法(スロゥドゥ)』で覆い、さらに表皮は皮膚や髪の毛を模した微細な『粘液魔法(スロゥドゥ)』で被覆。つまり複数種類の人造スライムによる合成体。それを素体とした自律駆動型ゴーレムさ」


 実は人体の擬似的な肉体の整形には、スライム幼女ラーナの肉体合成のノウハウも流用している。皮膚の感触や、頭部のフサフサの黒髪に至るまで本物そっくりに見える。

 無論これは思いつきの急ごしらえ。『認識撹乱魔法(イマジンジャマー)』でそれっぽく見せかけている部分も多いのだが。


「ポイントは、この遠隔トレースモードだ」

 俺が右手を動かすと、そっくりさんゴーレムも同じ動きをトーレスする。


『――この遠隔トレースモードダ!』


「うーん。『フルフル』『ブルブル』のほうが凄くない? あっちは自律駆動してるし。半分遠隔操縦型ってことでしょ?」

 流石は魔法の師匠レントミア。魔法の特性をすぐに見透かしている。


「ま、まぁそうかもしれないが、今はまだ思いついただけで実験段階なんだ。将来的には見た目はもちろん、動作の精度と反応速度を高め、視界からの情報をこちらの戦術情報表示(タクティクス)にフィードバックする事だって考えている」


 これは、下町工房のゴーレムが機体の情報を読み取りながら、手元の魔法の板に情報を表示し活用していたアイデアからインスパイアされたものだ。


 今までどうして気が付かなかったのだろう。

 灯台下暗し。あまりにも単純であり奥深い魔法であるがゆえ、見落としていたのだ。


 これに思い至っただけでも、ハイエルフの娘さんたちの王都案内や、途中で建築用ゴーレムのバトルを見学したこと。それにレイストリアとの御前試合の際、咄嗟に生成した「ニセのググレカス」にも意味があった……と思えてくる。


「凄いけどさ、何に使うの? なんとなく想像はつくけど」


 レントミアが『そっくりさんゴーレム』を指で突きながら言う。


「……こいつを世界樹(・・・)単身赴任(・・・)させられないかな?」


「本気で言ってるの?」


 そう。


「この『そっくりさんゴーレム』を出向させて、俺は家に引きこもるんだ……!」


 安全な場所から操って、仕事をさせる。なんて素晴らしいアイデアだろう。


「賢者ググレカス! しっかりなさいまし」

 妖精メティウスが俺の頭の上に乗り、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「痛い、髪が乱れる」


「そうだよググレ! マニュフェルノだって『皆で引っ越そう』って言ってくれたじゃん? こんなもの作らなくてもいいのに……」

 レントミアが呆れたように言う。


「わかってる……! だが、だけど。なんだか、今になっていろいろ混乱して、気持ちの整理がつかないんだよ! 左遷されたみたいな気がして……。何かしていないと落ち着かないんだ」


「ググレ……」

「賢者ググレカス……」


「みんなに……家族に申し訳なくて」


 スヌーヴェル姫殿下は王国の未来のため、俺を世界樹に派遣するとおっしゃった。


 だが、それは建前ではないのか。

 実は期待に沿えておらず、要らない子扱いなのではないだろうか。

 勤務態度が不真面目(・・・・)だったのがいけなかったのかもしれない。

 俺なりに精一杯やったつもりだったが、礼を欠いていたのかもしれない。

 そもそも、ニートな俺はまともに働いたことなど無かったのだ。

 働く上での社会のルールは物知顔、実は何も知らない若造だった。局長は笑っていろいろと教えてくれたが、内心はどう思っていたのだろう。迷惑だったのではなかろうか……。


 一人になった途端、弱気な自分が居ることに気づく。そしていろいろな考えが脳裏に浮かんでは消えてゆく。


 家に帰って来た時、「おかえりさない!」と、家族達は温かく迎えてくれた。


 マニュフェルノにリオラ、プラムにヘムペローザにラーナ。

 こんな俺を信頼し、平穏な生活を送れると頼りにしてくれているのに。その期待を裏切ったのではないか……? そう思うと急に怖くなった。


「……あのさ、悩みがあるならこんな部屋でネチネチと人形作ってないで、リビングダイニングにいこうよ。マニュかリオラに気持ちを打ち明けるべきだね」


 ハーフエルフの友人は腕を組み、椅子に腰掛けた俺を見下ろしている。


「レントミア……お前ってば、結構真っ当なことを言うんだな」


「当たり前じゃん! これから先、ググレをシェアリング(・・・・・・)して暮らしていく以上はさ、家の中が平穏じゃないと困るからね」


 か、勘違いしないでよね! とでも言いそうなツンデレな表情をする。相変わらず顔立ちは綺麗で、最近は妖しい魅力に磨きがかかってきた。


「はは……。そうだなレントミアのいう通りだ。もういちど皆と話してみる」

「それがいいね」


 レントミアは『そっくりさんゴーレム』の肩に手を乗せて微笑んだ。何かに使えないかな……とぶつぶつ言いながら。


『――モウイチド話してミル』


 今から数時間前――。


 賢者の館に帰宅した俺は、マニュフェルノやリオラ、家族たちに重大な事を告げた。


「世界樹の村へ行くことになった。転勤なんだ」


 そう切り出すとマニュフェルノも皆も一瞬「え!?」と驚いた顔をした。

 けれどやがて、ふむ……と唸り、顔を見合わせる。


「転勤。べつに良いわ。一緒にどこまでも」


 マニュフェルノは、ゆるふわ編みのおさげ髪を指先で軽く弾くと笑顔を見せた。


「マニュ……ありがとう。すまない。俺が不甲斐ないばっかりに」


「仕事。あるだけ良いじゃない。以前の冒険みたいに世界を放浪するよりずっとまし」

「そ、そうだな」

「不安。それに……単身赴任すると現地妻とか作りそうですし」

「なっ!? 無い、それはない……!」


 俺が否定する横で、リオラがすっと手を上げた。


「私も一緒にいきます。あ、学舎はちょっと残念ですけど」

「リオラも、ありがとう……!」


「……現地妻とかダメですよぅ……」

 リオラが消え入るような声で付け加える。笑顔だが目は笑っていない。


「リ、リオラ。せっかく王都の高等学舎なのに……申し訳ない」

「そんな! 寧ろこのまま中退して家事に専念しても、私は良いですよ。もう十分楽しい学舎生活を送ることができましたし」

「でも、向こうにも高等学舎の分校があるらしいし、それはなんとかする」

「ぐぅ兄ぃさん……」


 専業の家事手伝い、いや()として家に居てくれるのも嬉しい。けれど今は学舎に通って卒業資格を取らせてやりたい。それがリオラの将来のためにもなるはずだから。


「ラーナは向こうが良いデース!」

「そうか、ありがとう」

 大賛成、と両手を上げたのはラーナだった。抱き上げてやると、嬉しそうににっこりと微笑む。自然の多い南国、それもスライム族や半昆虫人が多く棲む森も近い。ラーナにとってはむしろ良いかもしれない。


「たしかにー。世界樹のキノコやスライムを毎日調べられるのは嬉しいですねー」

「プラム、優しいなありがとう」

 プラムなりに考えて、気を遣ってくれているのだろうか。


「でも、プラムは、中等学舎の友達の事は良いのかい?」

「んー? 秩序が乱れるのは風紀委員として心配ですけどー。後輩を育成しますかねー」

「はは、なるほど」


「概ね問題はないが、しかし……ワシの魔法学校入学の件はどーなるのじゃ?」

 ヘムペローザは冷静な表情で、切れ長の瞳を向けてきた。


「そ、そうだな。それは確かに……問題だ」

「向こうによい魔法学舎でもあるのかにょ?」


 ヘムペローザの素晴らしい魔法の才能を、魔法協会会長アプラース・ア・ジィル卿は認め、入学を推薦してくれていた。

 その件をどうするべきか、もう一度ちゃんと相談しに行かねばなるまい。


「すまないなヘムペロ、考えが浅くて」

「いつものことじゃろー」

 

 やや短く切りそろえた黒い前髪の向こうから、黒水晶のような双眸が俺を見つめていた。青い宝石のような光が、闇夜の星のように瞬いている。


「ワシはいつか立派な魔法使いになって、ググレにょの力になりたい……恩返しがしたいからにょ!」

「ヘムペローザ……」

 いつの間になんて良い子に育ったのか。思わず涙が出そうになった。


<つづく>

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