ググレカス死す!? ~夕陽とレイストリアの背中~
――超高密度魔力による魔法攻撃!
戦術情報表示が真っ赤な警告を発した。
レイストリアが放った魔法は、青白く輝く光の渦を描きながら『賢者の結界』に激突した。
途端に、ビギィイイ……ッ! という耳をつんざくような衝撃音が響き、目も眩むような青い火花を散らす。
「ぬっ、ぐぅう!?」
――防御結界、第一層、第二層、耐久限界!
――過負荷! 第三層まで連鎖崩壊!
「なにぃ…‥!」
『賢者の結界』が瞬く間に三層貫通された。分厚い盾のように正面に展開、可視化するほどの密度で展開していた結界が破砕され、次々と貫通されてゆく。
――なんて威力だ……ッ!?
だが、結界の密度を偏らせ、レイストリアと対峙する正面を厚く盾のように配置したのは幸いだった。通常の密度の結界なら一気に十層は貫通されていただろう。
賢者の結界が一枚あたり0.3秒程度で崩壊するとは、予想を超えた貫通力だ。
今の戦闘出力――超駆動状態――の結界なら、レントミアの『指向性熱魔法』を真正面から受け止めても、一枚で5秒は耐えられる強度を持つはずなのだが。
「おぉおおお!?」
「なんという威力だ!」
「まぶしいっ! 目が……眩む!」
「レイストリア殿の光線魔法は一体なんだ!?」
「あれは……『指向性熱魔法』のような熱線照射ではないぞ!」
「凄まじい魔力、複数魔法の混合照射じゃ! 解呪、破砕、貫通の波動を感じる……! 単なる光による浄化魔法ではない!」
「賢者さまの結界も強固だが、いつまで耐えられるのかぁあッ!?」
結界と光の衝突面で激しい振動音がする。確かにこれは、ただの光線魔法ではない。
――光波貫通衝撃魔法……!
「なるほど……そうか、対象物の表面に照射した光魔法で『共振破砕術式』のような、物理的破砕を引き起こす超振動を発生させつつ、防御結界を解呪する魔法というわけか……!」
「流石はググレカス、概ねご推察のとおりです。……これは、我がハイエルフの一族、狩人が極めし魔法。竜の固い鱗と分厚い肉を貫通し心臓を貫くためのもの。北方の狩人に敬意を表し、竜撃の魔法と呼ばれています」
「はは、確かにルーデンス人も真っ青だ……!」
などと軽口を叩いてはみたものの、結界は残り五層。このままではあと二秒で全損する。
だが、衝突面が放つ青い光の火花と、俺が励起した『認識撹乱魔法』と『視界規制魔法』の視界偽装により、相手からの視界はほどんど無いに等しい。
観客席からは白い光の繭に身を隠した俺が、結界で青白い光を受け止めているように見えるだろう。
――退避警告! 防御結界、第十四層耐久限界!
「賢者ググレカス、お逃げくださいまし!」
戦術情報表示の警告と同時に、妖精メティウスが悲鳴を上げた。
限界まであと一秒! だが、ゴーレムの準備が整った。今だ……!
「終わりです、ググレカス」
レイストリアが突き出した右腕を一層輝かせた。光の奔流が全てを飲み込んでゆく。
――防御結界、全崩壊!
バァン……! と『賢者の結界』が全て破壊され、俺の身体に魔法が直撃、突き刺さった。
「ぐおっ!?」
視界を遮っていた『視界規制魔法』の偽装の光も吹き飛ばされた。賢者のマントを広げ身構える胸に、まばゆい光が命中する。
「ぐぁ……あぁあああっ!」
次の瞬間。
青白い光がスパークし、炸裂。魔法が背中に貫通した。
光は直進し、背後の壁に命中する直前で、空間に波紋が広がり霧散する。魔法協会会長アプラース・ア・ジィル卿の結界による中和効果だ。
「……か、はっ……」
そして俺は、口から赤い液体を吐き出して、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。
心臓を貫かれた……。
レイストリアの放った魔法の光は、目的を果たし消えている。
ずしゃぁ、と前のめりに地面に倒れ込んだ。地面に、じわじわと赤い液体が広がってゆくのを、霞む視界がぼんやりと捉えている。
しん……と静まり返る会場。
「い、いやぁあああっ! ググレカス! そんな、そんなああっ!」
「ぬ、ぅ……!?」
妖精メティウスが叫びながら飛んできた。流石の魔法協会会長も異変に気が付き、近寄ってくる。
「うぁああああああああああああ!?」
「ググレカス殿が、ググレカス殿がぁああ!」
「魔法が胸を貫通したぞ!?」
「バカな、そんな……!」
「ググレカス殿が……御前試合で……!」
「し、死んだぁあああっ!?」
どぉおおおお、と地響きのような悲鳴とともに、中庭全体が騒然となった。
「……ググレカス?」
レイストリアが一度まばたきをする。やがて、自陣から足を踏み出して、一歩、二歩と、ゆっくり歩み寄ってくる。
いつも無表情でクールなハイエルフの表顔には、わずかばかりだが動揺が見て取れた。
「や、やりすぎだ!」
「いくらなんでも、対人用に使っていい攻撃魔法のレベルを越えていたぞ!」
「衛生兵!」
「治癒魔法が使える者はおらぬか!」
「ググレカス殿、死亡確認――!?」
「だ、だからワシは反対しておったのだ!」
「なんてことだ……! 姫殿下の近衛同士でこんな事が!」
魔法使いや観客達は、すでに派閥も何も関係なく、目の前で起きた惨劇から目を離せないでいた。ある者は頭を抱え、別の者は叫んでいる。混乱と悲鳴が中庭を満たす。
そんな騒乱のなか、近づいてきていたレイストリアが、ふと足を止めた。
「どうなされたのだ、レイストリア殿は!?」
彼女に注目が集まるが、慌てる風もなくゆっくりと辺りを見回し、やがて口を開く。
「………出てくるがいいググレカス。姿は隠しても、賢者は魔力波動で分かりますよ?」
……バレたか。
そろそろ潮時のようだ。
「――フ……。フハ……フハ、フハ、フゥハハハァ……!」
俺は、高笑いを響かせた。
演出効果を狙い『音声拡張魔法』で反響させる。
「な……?」
「なにぃ!?」
「こっ……この声は!? この高笑いは!」
「ググレカス殿じゃ!」
会場に、どよめきが起こった。
観客達はあちこちを見回し、そしてレイストリアから5メルテの位置を指差す。
「如何にも……! 私は健在なり」
ボコボコと粘液が沸騰するような演出とともに、地面の穴からゆっくりと立ち上がった。
『認識撹乱魔法』の効果により、まるで忽然と現れたかのように見えただろう。
どぉおおおおおっ!
と、会場全体が沸き上がり、揺れた。
そこでパチンと指を鳴らして魔法による偽装を解除。タネを明かす。
心臓を貫かれ、倒れていた「俺」は当然偽物だ。ギリギリだったが、自分そっくりに作ったゴーレムの「身代わり」だ。
魔法を解除すると同時に土塊の人形に戻り、ボロボロと崩れてゆく。
「身代わりの術……!」
「奇術、イリュージョンか!?」
ちなみに真っ赤な血に見せかけた液体は、単なる粘液魔法による人造スライム液だ。赤い着色バージョンで見事に「やられた」感を演出することに成功。さらに前のめりに倒れたことで、顔や細部も見えなかっただろう。
「心臓を貫かれたのは偽物だったのじゃな!」
「穴……! そうかゴーレムを生成した時に出来た地面の穴に身を隠し、隠れておいでだったのですね、副団長殿ーッ!」
「わ、ワシはなんとなく見抜いておったがな!」
魔法協会会長、アプラース・ア・ジィル卿が近づいてきた。
「やれやれ、すこし肝を冷やしましたぞぃ」
「申し訳ありません……。あれ程の魔法、まともに受けるのは無理な話」
「ホホホ、姫殿下も流石にちぃとばかり、腰をお上げになっておられたの」
「あとで驚かせたことを謝っておきます」
俺は姫殿下を見上げて、深々と頭を下げた。
「まぁお喜びのようじゃから、よかろうて。さて……勝ち負けはつかぬが、これが正式な勝負だったら、ググレカス殿の狙い通り、円から先に足を踏み出したレイストリア殿の負け、じゃったかのぅ?」
意地悪な笑みを浮かべて小声で囁く協会長殿に、俺は首を振る。
死んだふり作戦で相手を驚かせて、自陣の円から足を踏み出すことを誘う――。
そんな作戦を考えたわけではない。
単に俺は逃げただけだ。
「いえ、買いかぶりすぎです。私の負けです」
「ほほぅ?」
「私がさきほど隠れた穴は、自陣の円をはみ出していました。つまり、隠れた時点で負けでしたよ。いや、正面で防御していたら本当に死んでいたかもしれませんし」
ははは、と苦笑してメガネを指先で持ち上げる。
「では、非公式ではあるが、ググレカス殿が敗北を認めたので、レイストリア殿の勝ちとするぞい! 双方見事であったぞな」
魔法協会会長が手を挙げて閉会を宣言すると、観客達は総立ちで歓声と拍手を、俺達に送ってくれた。
「実に見事な戦いじゃったのぅ!」
「そうですね副団長どのっ!」
「ウホ、光の魔法使い、レイストリア殿に勝てる者は居ないホ!」
「フヒ、あれで倒せぬとは、絶対にググレカス殿とだけは戦いたく無いフヒ……」
「お前らの目は節穴か? 魔法協会長殿の、手の平の上だったわけだが……」
「ググレカス殿の無敵結界、限界も知れたものよ……」
「フッ、負けは負け。正面から戦えぬからの搦め手。失態だと思うが」
「いずれにせよ、双方強力な術者であることは間違いない。我が国は安泰だよ」
魔法使いたちの議論は続いている。様々な評価はあるようだが、まぁ、結果は上々だろう。
魔法の力を全力で見せつけ、観客全ての目を欺き、あっと驚かせた。それでもう十分だ。
光の魔法使いレイストリアは圧倒的な力を示した。俺は負けはしたが、類を見ない防御力と、卑劣かつ華麗な「搦め手」を駆使する魔法使いとして、思惑通りこのターンで試合を終わらせたことになる。
気がつくと、静かにレイストリアが近づいてきた。
白銀の長い髪をエルフ耳にかきあげながら、相変わらずの無表情で。
「レイストリア、全力をぶつけてスッキリしたか? ていうか、あまりに全力過ぎて死にかけたんだが……?」
「……」
冗談めかして言うが、唇を固く結んだまま何も答えない。
けれどハイエルフの魔法使いは、ぎゅっと拳を握りしめ、静かに視線を落とした。そして、
……ぽす。
と、俺の胸をちいさな拳で突いた。
鼻から息を吐き、片頬を少し膨らませて。
まるで怒っているような、僅かに安堵したような。微妙な視線を向けてくる。
「……レイストリア?」
まさか、俺が本当に死んだとか思ったのだろうか?
レイストリアが自陣から足を踏み出した、あの時。一瞬でも心配してくれた……のだろうか?
なんて、まさかな。
「ありがとう、楽しかった」
それだけだった。
ただ、声には唄うような響きが混じっていた。
レイストリアはくるりと背を向けると、長い髪を揺らしながらすたすたと去っていった。俺は夕日色に染まるその背中をしばらく見送っていた。
もしかして、これも友情というやつなにだろうか? 互いに全力を出し合ってぶつかったことで芽生えた、信頼感のような。
いや。どうだろうか。ハイエルフの気持ちは、深い森のごとく、推し量るのが難しい。
「賢者ググレカス!」
「うわぷ!」
妖精メティウスが頬に張り付いてきた。柔らかくて温かい感触が伝わってくる。
「もう! 驚きましたわよ!」
「心配をかけたな、メティ」
こっちはこっちで涙を浮かべて、ぽかすかと頬を殴りつけている。
「ぐすん……帰りましょう、お家へ。マニュさんに今日のこと全部お話しますから」
うーん? 怒られるのか? あ、そうだ転勤の話を切り出さなければ。
「そうだな、皆が待っている」
◇
<つづく>




