貴方の心臓(ハート)を撃ち抜きます
――貴方の心臓を撃ち抜きます。
そんな事を美しい女性から言われたら、普通は嬉しいだろう。
だが、俺には愛する妻がいて子供たちもいる。「ごめんなさい」と応えたい。まぁこれは冗談だが、そんな事をレイストアリに言ったら今度こそ本気で滅殺されかねない。
ハイエルフにはこの手の冗談は通じないだろう。
何故なら、彼女の発した言葉は、文字通り「心臓を撃ち抜く」という意味なのだから。
魔法の勝負で「心臓を撃ち抜く」とは相手の防御結界を突き破り、魔力でねじ伏せ服従させる事と同義になる。
考えられる次のレイストリアの攻撃は、超高密度化した呪詛を弾丸に変えた狙撃。いや、彼女の使う光の魔法特性から考えれば、高密度化した『指向性熱魔法』などによる一点精密狙撃か……。
いずれにせよ『賢者の結界』を重ねただけでは心もとない。やはり『隔絶結界』を展開するべきか。
しかし魔法使いが多く集うこの会場で、こちらの手の内、防御限界を露呈するのは避けたい。
敵はレイストリアだけではなく、観客全ての監視の目とも言える。
何か上手い手立てはないだろうか。
既に試合は俺の「反則負け」が確定している。
ならば、「搦め手の賢者」としては、ここから先は得意の手を駆使し、欺き続けるのが上策か。
「では再開と行こうかの。双方、悔いのないように全力を尽くされよ。此処から先は、魔法の特別実演となるぞい。公式な勝ち負けの記録はつかぬ。じゃが姫の御前である以上、ルールは現状を維持じゃ』
つまり互いに1ターンずつの攻撃。参ったと言うか、円から足が出ても負け。
魔法協会会長、アプラース・ア・ジィル卿が数歩後ろに下がり、手を挙げた。
会場からは割れんばかりの拍手と歓声が再び起こる。
どうやら中庭に集まった観客達――魔法使いが全体の7割ぐらいだろうか――は、俺たち近衛魔法使い同士の対決が見たくて仕方ないようだ。
魔法協会会長は、そんな中庭の魔法使いたちの期待に満ちた顔を見回して、やがて俺に視線を向けた。
「良い機会じゃろうて。時に強大な力は皆の拠り所となり、安心を生むからのぅ」
協会長が小さく囁いて片目をつぶる。その言葉の意味を考える。
もしかすると姫殿下の真の狙いは――普段は見せる事のない近衛魔法使いの力を誇示することなのではなかろうか?
城内には様々な職役に就く「宮廷魔法使い」たちが大勢いる。
貴族から派遣された者、伝統ある魔法使いの名家出身の者、実力と功績が認められ登城する事になった者。
また、王国軍の魔法兵団に籍を置く者も多い。騎士や戦士団に対し、近接火力支援を行う火炎魔法部隊に属する者、ゴーレムを操る操術部隊に従軍する者などだ。
外敵がいて一致団結している時は良いが、今はそれぞれに思惑と派閥が生まれぎくしゃくし、不協和音が聞こえる気もする。
様々な力と思惑を持った魔法使いたちに、スヌーヴェル姫殿下の近衛魔法使いの頂点に立つ者が、圧倒的な戦闘力と実力を誇示する――。
その相手としては、「魔王大戦で魔王と直接対峙した」という実績を持つ俺が適任というわけか。
スヌーヴェル姫殿下の瞳に映る未来、視線の先には『世界樹』の完全統治と遷都という大きな目標と理想がある。
そのために城内の足場を固めるという御心を考えれば、俺の振る舞いもおのずと見えてくる。
このターンで終わらせる。
レイストリアの力を引き出しつつ、俺の力も見せつけるのだ。
「では、覚悟はよいか、ググレカス殿」
「どうぞ」
レイストリアはすっと、腕をこちらに突き出すと、魔法円を腕に励起した。
それも、腕に直接。まるで「入れ墨」のように青白く輝く魔法言語が、体表面を高速で走り幾何学模様を描いてゆく。手首から腕、肘、二の腕へと複雑な文様が積層してゆく。
――魔法円を地面に描かないつもりか!
しまった。
相手の技術が一枚上手なのはわかっていたが、これ程とは。せっかく地面に撒き散らした『逆浸透型自律駆動術式』が無駄になった格好だ。
魔法円の働きを阻害する魔法術式を仕込んだ『逆浸透型自律駆動術式』は、相手が「地面に魔法円を描いた時」に発動する仕組みだったのだから。
レイストリアは此方の手に既に気がついていた。周囲の地面に気配を感じ警戒し、地面を使うことを避けたのだ。
だから自分の体表面に魔法円を描くテクニックで回避したのだろう。
「おぉ……!?」
「な、なんと!?」
「自らの身体に魔法円を直接描くとは……!」
「あれは、いかほど難しいことなのですか魔法兵団副団長殿ーッ!」
「平坦な地面とは違うのじゃ! 体の表面は複雑で湾曲しておる! そこに寸分の狂いもない幾何学図形と魔法言語を描くとなると至難の業じゃぁっ!」
「最上位魔法使いでも、あれは難しいぞ」
しかもレイストリアの結界の内側では、どんな魔法か皆目見当もつかない。
索敵結界で魔法力を検知して分析しようにも、外部に漏れてくる情報が少なすぎる。
傍目からは、無詠唱で魔法を使っているかのようだ。
「くっ……!」
心臓を狙われるのはわかっている。ならば……! とるべき手段は一つ。
――賢者の結界を十六層、正面に集中配置!
ギュゥウン……! と光の壁が俺の正面に高密度に展開した。全周囲を守る必要もないので直径1メルテの円形に集約。超駆動することで、まるで光の盾のようになる。
このレベルの密度ともなれば、あらゆる魔法攻撃に対してだけでなく、ファリアが放つような強力な物理攻撃にさえも耐えられる。
まぁ衝撃波は防ぎきれないので、吹き飛ばされそうだが。
「ググレカス殿が結界を正面に集中された!」
「当然の戦術だな」
「最初ターンでは、最強と謳われる賢者殿の結界もバリンバリンと割れましたからなぁ!」
「今回は何処まで保つのやら」
――更に、『認識撹乱魔法』を超駆動!
「陽炎のように姿が揺らいだ……!」
「なるほど、狙いを定めさせぬおつもりか」
「ワシの魔眼でも……あのレベルとなると見抜けぬぞ」
レイストリアの手のひらに青白い光が生まれ始めている。かなりの高密度魔力が検知される。あれはどうみても闇を貫く光系の魔法だ。
これだけではダメだ。耐えられない可能性がある!
俺は更に『演出魔法』を励起。魔法使いたちの目を欺くため、キラキラとした光の渦で周囲をさらに包み込む。
「また光のヴェールで隠れたぞ!」
地面に手をつき再びゴーレムを生成する。人型に形成し起き上がらせる。
「間に合うか……!?」
その時だった。
戦術情報表示が警告を発した。
強力な魔力波動が照射され、此方の正確な位置がバレた可能性がある、と。反射波を偽装し位置を撹乱する魔法術式もあるが、今はそれを展開していない。
「光波貫通衝撃魔法――!」
ハイエルフの魔法使いが、まばゆい青白い光線をその手から放った。
<つづく>
続きは明後日です!




