試合の行方と、姫殿下からのご褒美
いよいよ第二ターン。
次は再びレイストリアが攻め、俺が受ける番だ。
マニュフェルノが聞いたら喜びそうな言葉だが、紛うことなき真剣勝負だ。
メタノシュタット王城の中庭は日が陰りつつあった。夕陽の金色と、影が織り成す濃い闇色がコントラストに塗り分けられている。
光に照らされ、まばゆい輝きを纏うのはレイストリア。
白磁のように美しい肌、そして銀色の長い髪は、傾いた太陽の光により黄金色さえ帯びている。
対して俺は、影の側に溶け込むように佇んでいる。
おまけに黒髪に深い紺色の賢者のマントと相まって、闇に潜む怪人のよう。傍目にはメガネだけを光らせた姿に見えているのかもしれない。
光と影、対称的な中庭で互いが向き合う構図になっていた。
中庭を見下ろす四階の特別バルコニー席で、静かにご台覧されているスヌーヴェル姫殿下にはどう見えているのだろうか。
「正攻法のレイストリア殿の攻めに対し、ググレカス殿は相手の目をくらまし、死角から攻める搦め手の達人か」
「まるで光と闇、実に対象的な二人よな」
「輝く白銀の魔法使いと闇の魔術師の対決、といったところか」
「姫殿下をお守りする近衛とはいえ、これ程までに違うとは……」
下層のバルコニーにいる大勢の観客達も、思わぬ演出に盛り上がりを見せている。
「それぞれお強いのは間違いない」
「だが、どちらも敵にだけは回したくない」
「同感だ」
宮廷魔法使いたちだけではない。噂を聞きつけたのか、軍属の魔法使いたちの姿も見かけるようになっていた。その誰もが対決を眺めながら感想を述べ合っている。
俺は、不思議と心地よさも感じていた。
太陽の下を歩く暑苦しさより、涼しい日陰を往く方が好きなのだと、改めて気付かされる。
魔法協会の談話室の薄暗さや黴の臭い。王立図書館の奥のホコリと古いインクの香り。そうした影に潜む心地よさが頭を冷静にさせてくれた。
「では、参ります」
「お手柔らかに」
レイストリアが手をすっと水平に伸ばす。第一ターンではいきなり極大級魔法を放ってきたのだから、次も同等かそれ以上の魔法を放ってくると見ていい。
思わず身構えて『賢者の結界』を十六層展開する。
それに対策の手は既に打ってある。
魔法が励起する寸前、魔法円の働きを阻害する魔法術式。いわゆる『逆浸透型自律駆動術式』を先程のゴーレム突撃の際、破片と共にレイストリアの周囲に撒き散らし地面を汚染した。
持続時間は5分程度。今は非活性化状態だが、レイストリアがその間に魔法円を地面に描く魔法力に反応し、活性化する。
つまり、レイストリアの魔法は失敗する。
すまし顔のハイエルフがどんな顔をするか楽しみだ。
思わずほくそ笑みたくなるが、ぐっとこらえてメガネを指先で持ち上げる。
と、その時だった。
「あいや、待たれよ」
審判役である魔法協会長アプラース・ア・ジィル卿が右手を静かに挙げた。
白い顎髭を蓄えた老魔法使いは、頭につばありの大きな帽子を被り、銀糸で装飾が施された白いローブ姿。今も戦いの場全体を包む、特殊な閉鎖結界を展開している。
「何か、アプラース卿殿」
魔法の励起に入ろうとしていたレイストリアが、手を止めた。そして身体ごとくるりと向き直り、静かに尋ねる。
「待ったをかけたぞ!?」
「魔法協会長殿が、物言いを?」
バルコニーの観覧席からも戸惑いの声が上がる。
「いやのぅ、先程のググレカス殿の攻撃なんじゃが。1ターンの間に2回攻撃しているように、ワシには見えたものでのぅ」
ぎく。
「そ、そう……です?」
確かに魔法の何処から何処までを攻撃とカウントするかにもよるが、俺は確かにゴーレム生成の魔法に加えて、粘液魔法も同時に使用していた。
白い顎髭を皺だらけの、けれど血色の良い手で撫でながら言う。
ざわざわ、と観客席がざわついた。
「そう言われてみれば……」
「ゴーレムの攻撃が一回とするなら、直後にレイストリア殿の足元から行った攻撃は二回目にカウントされるんじゃ?」
「なら、ググレカス殿の反則負け?」
「ウホ、やはり卑劣ホ!」
「フヒ、反則負けフホ!」
国王派の双子の魔法使いたちが二階のバルコニーからはやし立てる。
まぁ、ここは意地を張っても仕方ない。
みっともない戦いはしたくはないが、絶対に勝ちたいわけでもない。
俺なりに得意なやり方で対決したが、ルールを鑑みれば尤もな指摘だ。ここは素直に非を認めて、笑顔で謝ったほうが、姫殿下の顔に泥も塗らず、心証も良いだろう。
「あ……すみません。確かに二回攻撃になっていましたね。私としたことが。大変申し訳ありません。非を認め、負けを宣言します」
俺は手を挙げてそう訴えた。
てへへ、と頬をかきながら微笑みを浮かべ周囲に手を振る。
「あっさりと認めたぞ」
「なんとあっけない……残念だ、次の手も見たかったのに」
「まぁ御前試合だ、仕方なかろう」
観客席からは、唸るような、残念そうなどよめきも交じる。
闇の魔術師だの卑劣だの、ダーティなイメージがあまりつくと、家族にも迷惑がかかるかもしれない。
レイストリアの眼光からして、次は命の危険さえある気がする。
ここは退くのが得策だ。
「さてはて。ということであれば、レイストリア殿はどうじゃな?」
「はい。続行をお願いします」
――なぬ……!?
「なんと? このまま続けても良いと申されるか?」
「えぇ」
しれっとした顔で小さく頷くレイストリア。アプラース・ア・ジィル卿も白くフサフサの眉毛を持ち上げて、レイストリアの顔を眺める。
「……久方ぶりに全力で魔法をぶつけ合える機会を畏れ多くも姫殿下から頂いたのです。こんな楽しい時間を終わらせるのは名残惜しいのです」
あの冷徹な無表情ハイエルフが、自分の感情というか気持ちを吐露したのは、初めてではなかろうか。
それほどまでに俺との対決を「楽しんで」いたのか。
これには場内も戸惑いと驚きを通り越し、やがて静まり返った。
「しかし、ルールじゃからのう」
魔法の番人であり、正義の魔法と秩序をも司る魔法協会長は、やや困惑した表情を浮かべる。
「では、せめて私の次の魔法をググレカス殿が受け止められるか否か。その勝負だけ続けさせては頂けないでしょうか?」
レイストリアがが駄々っ子のようなことを口にする。これには俺も驚いた。
見上げると四階席でスヌーヴェル姫殿下が、小さく頷いたように見えた。
アプラース・ア・ジィル卿は近頃視力が弱くなったと聞くが、遠見魔法で確認なされたのだろう。
「……ふぅむ。普段から心身ともに全てを捧げお仕えしているお主に、姫殿下が与え給うた褒美というわけかの。となれば、無下に終わらせるのも無粋かのぅ」
「ありがとうございます」
「試合はググレカス殿の『反則負け』と記録する。じゃが、後一度だけ継続を許可するぞぃ。それで構わぬかの?」
そこまで言われた以上、此方としては受けないわけにもいかない。観客達も期待に満ちた視線を俺たちに向けている。
「私は構いませんが?」
おぉ! と拍手と歓声が沸き起こった。
「……ググレカス殿が私の周りに撒き散らした、何らかの術式の破片。これは魔法の阻害効果があるのでしょうか? まぁ……これは攻撃にはカウントしませんので」
――気づかれていたか。
対峙するレイストリアは相変わらず無表情。口元を緩めることもせず、半眼でじぃ……と俺を刺すような視線で睨みつけている。
しかし、いつになく饒舌に思えた。
「少しは嬉しそうな顔をしては?」
だが、それには応えずレイストリアはすっと腕を持ち上げて、細い指先を此方に向けた。
「今から貴方の心臓を撃ち抜きます」
「え、えぇ……?」
――こ、怖ッ!?
<つづく>
【作者より】
二人の決着は次回に持ち越しとなりました(てへ
次回は5/7(月)に公開します!
ではよいGWを!




