光のかけら
【これまでのあらすじ】
魔王と植物系魔物の融合生物である魔王妖緑体デスプラネティアとの死闘の末、ヘムペローザを救出することに成功したググレカスだったが、逆にその体内へと取り込まれてしまう。
デスプラネティアの精神世界に迷い込んだググレカスは、魔王デンマーンと邂逅する。元の世界へ戻ることを望むググレカスに、魔王デンマーンは力を貸す。それは、魔王が寵愛していたヘムペローザを賢者が命がけで救った事への礼であった。
元の世界に復帰したググレカスは、マニュフェルノから譲り受けた腐朽の力を解放し、内側からデスプラネティアに大ダメージを与え、再生能力を奪うことに成功する。
全員が揃ったディカマランの英雄は、ググレカスの戦術に沿って反撃を開始、勇者エルゴノートと戦士ファリアの極大必殺技が炸裂し大ダメージを与え、レントミアの極大級、円環魔法が炸裂する――
「いくよ! 円環……魔法ッ!」
レントミアが凛とした声で叫ぶと、魔法使い達が放った火球を絡め取った。炎の魔法が熱く眩い輝きを放つ熱エネルギー球へと変換されてゆく様に、俺は目を奪われた。
メタノシュタット防衛隊の魔法使いが放った強力な火炎魔法を、レントミアは『円環の錫杖』でかき集めて圧縮、エネルギーの志向性を揃え「加速」しているのだ。
錫杖から響いていた回転音はやがて、キィイインという超高周波を伴った音に変じてゆく。
瞬きほどの間に、回転の渦の中心はやがて直視できない程の輝きを放ち始め、まぶしい光が暗闇を打ち払うかのように俺達の周囲に広がってゆく。
「おぉ!?」「あれが……、円環魔法!」
王国の魔術師達が初めて見るレントミアの極大魔法に感嘆を漏らした。
「加圧臨界だよっ! 5……! 4!」
レントミアがカウントダウンをしながら、ビリビリと暴れ始める錫杖をしっかりと両手で構える。だが――非力なハーフエルフの少年が圧力に耐え切れず体勢を崩す。
「3……、うぁっ!」
「レントミア!」
俺は咄嗟に細い体を後ろから支えると、魔力強化外装を展開、アンカーボルトのように両脚で踏みとどまる。
そして、ありったけの魔力糸を放ち、デスプラネティアまでの魔力の誘導路――「射線」を固定する。
「目標固定、距離百メルテ!」
視線の先では、勇者エルゴノート・リカルの超必殺技と戦士ファリアの戦斧による連続打撃により、大ダメージを受けた魔王妖緑体デスプラネティアが体を振るわせ始めていた。
ブレスを吐く頭部は破壊され、巨大な肉塊のような状態になっているにも拘らず未だにブクブクと粟立ちながら生き続けている。
まるで不死の怪物だった。
時間を与えれば傷ついた部位を自ら切り離し、別の怪物へと進化することさえありうる。
「頃合だファリア! 下がるぞ!」
「あぁ! レントミアの『光』が見えたら即時退避、だったな?」
エルゴノートとファリアは互いに頷きあうと、ダッシュで巨大な化け物から遠ざかった。
巨大な黒い肉塊は、苦し紛れに二人を押しつぶそうとしたのか、エルゴノートとファリアが立っていた場所へ身体を倒しこんだ。
『ギキュゥァアアアアア!』
悔しげな呻き声のような咆哮が響き渡った。
「2……、1ッ!」
「いっけぇえええ!」
「うぁあああッ!」
二人が離れるのを確認した瞬間、レントミアが『円環の錫杖』を渾身の力で振り抜いた。
ドウッ! という重々しい射出音を伴って撃ち出されたまばゆい輝きが空気を切り裂いて飛翔してゆく。
その弾道は直線ではなく、やや斜め上方から弧を描いてデスプラネティアに迫撃するように、魔力糸による精密誘導打撃術式で調整している。
以前、狂狼属の王に放った時は、小指の先ほどの「光の玉」だったが、今度は「光の砲弾」と言ってもいいほどの大きさと熱量と光を伴っている。
撃ち放った反動で吹き飛びそうになるレントミアの華奢な身体を後ろから支えつつ、俺はスタンバイしていた戦術情報表示から、高速暗号化魔法防壁をデスプラネティアに向け『逆固定展開』モードで自動詠唱した。
もちろんマニュから受け継いだ魔力の大半を投入した極大魔法駆動形式――「超駆動」で展開する。
光の砲弾が着弾すると同時に、凄まじい閃光が辺りを照らし出した。
「や、やった!」
「おぉぉおおお!」
「うわぁああ!?」
騎士たちが歓声を上げる。
麦畑、丘陵地帯、遠くに見える村の家々や教会、そしてメタノシュタットの白亜の城までもが、まるで昼間のように照らし出された。
更に閃光が強まると。もはや目も開けていられないほどに眩しく、騎士達も短い悲鳴を上げて目を背けた。そして、そこに居る誰もが次に来るであろう猛烈な爆風と爆音を予感し身構えた。
――が。
嘘のような静寂が辺りを包み込んでいた。
光は太陽のように照らし続けているが、鼓膜を破壊されるような爆音も、身体ごと吹き飛ばす荒れ狂う風も何も無い、凪の状態なのだ。
周囲は昼間のように明るいというのに、化け物の断末魔の悲鳴も、爆発音も聞こえないという異常事態に、騎士達や魔法使いが恐る恐る顔を上げ、そして驚愕に顔を強張らせた。
彼らが目にしたものは、巨大な真っ白い「光球」だった。
大きさはデスプラネティアを包み込むほどの大きさで、真円に近い球形をした物体がそこに存在していた。
僅かな輻射熱と振動音、そして猛烈な光だけが、それを幻ではない現実の事象として説明しうる証拠だった。
「な、なにぃ!?」
「ど、どういうことだ!」
「一体……何が!」
「フフ……フゥハハハ……!」
よろめくレントミアを片腕で支えながら、もう一方の指先でメガネを持ち上げる。
俺だけに許された賢者の高笑いをようやく披露する。
「強烈な結界で……ボクの円環魔法を封じ込めたの!?」
「驚嘆。ググレくんの……無敵結界を、逆向きにしたのね?」
「その通り。レントミアの円環魔法が化け物に着弾した瞬間、内向きにその威力を封じ込める結界を最大出力で周囲に張ったのさ」
巨大な光のボールとでもいうべき物体の内側からは、熱の対流で生じたと思われる文様が太陽の表面のように沸き立って見えた。
「ググレカス!」「ググレッ!」「賢者どのっ!」
エルゴノートとファリア、そしてルゥローニィが顔を光で照らされながら俺たちの方へと駆け寄ってきた。
「あれは……ググレの結界か? 爆発自体を封じ込めて、焼き尽くしているのか」
エルゴノートが瞬時に俺の魔法の本質を言い当てる。流石は魔術にも造詣が深い男だと舌を巻きつつも、俺は全員の無事を確かめてホッと胸を撫で下ろす。
「推察の通りだ。あの内側は何者も逃げられない閉鎖空間だ。おそらく……温度は数億度に達しているはずだ」
全員がその言葉に息を飲み、そして徐々に小さくなってゆく光の玉を見つめていた。
魔王妖緑体デスプラネティアが例えどんな化け物であろうとも、内側で合わせ鏡のように反復する膨大なエネルギーの照射に耐えられるはずも無いのだ。
俺の居た世界の言葉を借りるなら、超高温により身体を構成していた物質は原子分解し、更にプラズマの状態となって、最終的には蒸発し消え去るのみだ。
実は「賢者の結界」であろうとも、そんな超高温の熱エネルギーの放射には耐えられない。だが、実はデンマーンと一緒に封じ込められた、デスプラネティアの「閉鎖空間」にヒントを得たものだ。
僅かな魔力でも実現可能な、ナノサイズの微小な「位相空間」を薄幕のように生じさせ、それを一種の「断熱材」として内側に配置、外側を強固な「賢者の結界」で包み込んだものが、あの光球の正体だ。
これは最初に解析していたデスプラネティアの表皮を覆う相転換魔力結界装甲の解析が役に立った。
短い時間とはいえ、騎士たちのお陰で、デスプラネティアが魔法を吸収してしまう仕組みを分析できたことが大きかった。
だが、もちろん俺の結界だけでは、あの化け物を倒すことは出来ない。
仲間達の必死とも言える攻撃――エルゴノートとファリア、そしてルゥの物理攻撃により、あの巨大な化け物を完全に身動きの取れない状態に出来たことが一番大きいのだ。
そこでレントミアの「戦術級核兵器」とも呼べる威力を持つ円環魔法を打ち込むことが可能となり、ようやく俺の『逆固定展開』結界が役に立ったに過ぎない。
気が付くと光の玉は爆宿し、徐々に小さくなっていった。
そして、体積を失ってゆく光球と入れ替わるように、美しい金色の光の粉が天へと昇りはじめた。
「なんだか、綺麗でござるな」
「あの化け物の、最後にしては……眩いな」
ルゥとファリアが静かなその光景に目を細めている。エルゴノートもマニュも、静かに祈るような面持ちで見つめ続けていた。
「きれいだね」
「あぁ、そうだな……」
レントミアが俺の首に腕を回し、そっと囁く。そういえば今回もくっついたままだが、まぁ仕方ないか。
黄金の光はサラサラと粉のように風に舞いながら、空高く舞っていった。それは、デスプラネティアと呼ばれた不運な植物系モンスターの最後の姿だった。
光の粉は、エルゴノートの宝剣で斬りつけられた事で発動する転生の、魂の浄化のプロセスなのだろうか?
それとも、化け物の細胞の一部として捉えられていた魔王デンマーンが、今度こそ本当に天に昇ってゆくところなのか……。
答えは俺にはわからない。
と――。
「おぉ――い! 賢者にょぉおおお!」
「ググレさまー!」
俺はその声にはっと振り返った。
「ヘムペロ! 気がついたのか!?」
馬に乗せられてやってきたのは、ヘムペローザとプラムだった。王国の騎士が手綱を引き、ここまで連れてきてくれたのだ。
俺は馬のところまで駆け寄った。気が付くと全身が痛くてガタガタだ。
「賢者さまっ!」「賢者さま、エルゴノート師匠! 無事ですか!?」
もう一頭の馬には、イオラとリオラが乗っていた。仲良く二人で手を振っている。イオラはエルゴノートを師匠と呼ぶようになったのか。半日でランクアップしたな。と思わず笑みを零す。
「イオラにリオラも……! 苦労をかけたな」
「賢者さま大丈夫ですか!?」
「丸飲みされたって聞いて、心配したんだぞ!」
「はは、作戦だよ、さくせん!」
まぁここは、そういうことにしておこうか。
「賢者にょッ!」
「ググレさまーっ!」
目に涙を浮かべ、馬から俺に向けてダイブしてくる黒髪の少女を俺はしっかりと抱きとめた。更にプラムまでもが飛びついてくる。
「のわ――ッ!?」
グキッと背骨と肋骨が変な音を立てた。咄嗟に魔力強化外装を展開し、二人をなんとか抱きとめる。少女とは言え人間二人を受け止めるなんてのは、現実には無理だという事が身に染みてわかった。
「賢者にょ、賢者にょ……」
ぐずぐずと泣きながら顔をこすり付けるヘムペローザ。嗚咽を漏らしながらしゃくりあげる様子は、幼い子供に戻ったようだ。
「ググレさまー、食べられても平気ですかー? どこか痛くないですかー?」
心配そうに俺の顔を両手で押さえるプラムに苦笑しつつ、
「あぁ、大丈夫だよ」
とプラムのおでこに俺は、コツリとおでこを寄せた。安心したのかほわっと笑うプラム。
泣きじゃくったままのヘムペローザの背中や頭を撫でつつ、俺はやれやれと、一息つく。
気が付くと夜が白々と明けはじめていた。ようやく、長い夜が終わろうとしていた。
涙に濡れた黒い瞳が天に昇ってゆく光の粒子を見送っている。やがて――ヘムペローザの唇から、静かに囁くような言葉が紡がれる。
「……『ありがとう』 って言ってたにょ」
「え……?」
「……デンマーンさまが……」
黒曜石のような瞳が俺を捉え、瞬いた。
――あぁ。
「そうか……」
天に昇ってゆく光の最後のひとかけらを見つめながら、俺は静かに頷いた。
<つづく>
【次回】
ついに章完結。
後始末と、それぞれの旅路、そして
ヘムペローザにとある変化が……!
【作者からのお知らせ】
いつも読んでいただいてありがとうございます!
年末年始、29日~1月1日、休載すると思います。
休載する場合は再開日を明記しますので、読みに来てきてくださいね(涙)