奇策と奇襲の代償
ゴーレムの幻が真っ二つに裂けた。
俺とほぼ同じ姿の幻影が、股下から右肩にかけてバッサリと分断する。
「幻が一瞬で破壊されたぞ!」
「おぉ……!?」
魔法使いレイストリアが放ったのは、対魔術結界の一種だった。
流れるような仕草で右腕を動かすのに呼応し、展開済みの複層型魔法円の上で魔力波動が凝縮。まるで鋭い刃のように形成された光となって「ゴーレムの幻」を易々と切り裂いたのだ。
「だが、そう簡単にはいかんよ」
俺もその程度は想定内。
賢者のマントを振り払い両手を前に突き出す。両手の指を大げさに「わさわさ」と動かし、複数の魔力糸でゴーレムの幻たちを操る。
幻は陽炎のように揺らいだが、再生。再びレイストリアに向けてダッシュをかける。
切り裂かれたのは所詮は「幻影」であり、本体ではない。
全部で5体の人型ゴーレムの幻影たちは、あと7メルテまで迫っていた。
そのうちの1体だけが、土から形成した『クレイ・ゴーレム』の本体だ。他は幻であり囮にすぎない。
狙いは物理的な突進により、陣地を意味する地面の円からレイストリアを押し出すことだ。それが失敗しても、魔法を阻害する『逆浸透型自律駆動術式』を撒き散らす触媒となる。
眼前に浮かぶ魔法の小窓『戦術情報表示』には、ゴーレム軍団を示す青い光点が5つ、レイストリアを示す黄色い光点を目指して進んでいる。
実体を持つゴーレムの青は濃く、幻は淡いブルー。
更に、地中30センチメルテを、歩くほどの速度で「矢印」が進んでいる。
こちらが攻撃の本命だ。最初に染み込ませた地下侵攻用の『粘液魔法』。
だが、地下をジワジワと侵攻中の『粘液魔法』による奇襲作戦は、進行速度が遅く、時間がかかる。こちらを悟られぬよう、地表ではゴーレムをドタバタと走らせ、幻を駆使した大げさな演出を行っている。
こうした数個の魔法を同時に制御するのは、高度な技術を要する。まさに最上位クラスの魔法の技なのだが、レイストリアの放った光り輝く攻撃魔法に比べれば、地味で低次元な魔法に見えるだろう。
「賢者ググレカス殿の攻撃手段はゴーレムか」
「幻術は素晴らしい! だが、レイストリアに通じるのか?」
「結界術は超一流だが、いささか攻撃の手段としては稚拙だな」
バルコニーから戦況を眺めている宮廷魔法使いたちが口々に感想を述べている。
だが、これも狙い通り。油断させ視線をそらす。
「……ふぅん?」
漆黒の魔女アルベリーナは、バルコニーの手摺に大きな胸を乗せて眺めている。彼女は俺の動きを見透かしているだろうか。
いずれにせよ、このターンで「勝ち」を狙うつもりはない。
「幻影に実体を持つゴーレムを紛れ込ませる。思いのほかつまらない攻撃ですね、ググレカス」
「それはどうも」
スヌーヴェル姫殿下の近衛、最強の魔法使いレイストリアは此方の手の内を理解したつもりらしい。余裕が生じたのか、いつもより口数が多い気がする。
細くしなやかな腕を振り、魔法を励起しはじめる。
「――『聖なる花弁の守り』!」
足元の複層魔法円から、薄いヴェールが何枚も、風に舞うレースのカーテンのように揺れながら一斉に吹き上がった。
「おぉ!?」
それらはまるで白い蕾のように、レイストリアの周囲を幾重にも包み込んだ。
――高密度の重層結界を展開!
戦術情報表示には、受動型の索敵結界が検知した、レイストリアの使った魔法が表示された。詳しい特性などはまるでわからない。
見た目は美しいが、結界であることは確かだ。しかし『賢者の結界』とは違う、魔法の花弁に似た一枚一枚が強固な魔法の盾なのだろう。
「まるで花に包まれているみたいだわ!」
「実に美しい結界術じゃ!」
「スヌーヴェル姫殿下をお守りするに相応しい可憐さよ!」
観客たちは一斉にその美しさを褒め称え、ため息が漏れた。
そこへ俺の姿を模した5体のゴーレムがドドドドドと突撃する。
白い蕾は静かに花開きながら、レイストリアの周囲を守るように回転した。美しい結界の花弁が徐々に花開くと、そこへ幻影ゴーレム軍団が接触。すると、まるで布を切り裂くかのように易々とゴーレムたちは両断され、消失してしまった。
「ぬうっ!」
5体の幻影とゴーレムは再生することも出来ず、分解し粉微塵に砕け散った。
白く美しい『花の結界』は、その見た目の可憐さとは裏腹に、ゴーレムの実体を切り裂くほどに強力な「魔力の刃」としての効果も併せ持っていた。
「攻防一体型の結界術だと……!?」
「いかにも。『聖なる花弁の守り』は防御だけではありません。触れた物を切り裂き、魔法を中和する力も持っています」
「くっ……!?」
5体の幻とゴーレムを消し飛ばされた俺は、一歩下がり悔しい表情をする。
だが、次の瞬間。
――達した。
レイストリアの直下に差し向けた粘液魔法。戦術情報表示が目標へ到達したことを告げた。
「なぁんてな」
俺はニィと口の端を吊り上げ、右手をくんっ! と動かして、魔力糸を操作する。
「『粘液質の鞭』!」
次の瞬間、レイストリアの足元の地面を突き破り、『粘液魔法』から形成したムチ――『粘液質の鞭』が蛇のように襲いかかった。
「――なっ!?」
重なった花弁の内側、つまり結界の内側。それも直下の地面からの奇襲。これには流石のレイストリアも不意を突かれたようだ。
僅かに対応が遅れる。
咄嗟に跳ねて避けようとするレイストリアの、細い右足首にムチが絡みついた。
「フハハ、捕らえたぞ!」
おっといかん、ついダーティな口調に。
「あぁっ!?」
「なんと卑劣な!」
「乙女に対して足元からの攻撃とは、いささか不埒な所業ではなかろうか」
「賢者殿はこれを狙っていたのか……!」
観客席であるバルコニーからは「あぁ!」という悲鳴のような、明らかにレイストリアを応援する声が多く上がる。
「賢者ググレカス、完全な悪役ですわよ!?」
妖精メティウスが悲鳴をあげるが、手段は選ばない。こうなれば股下を這い登らせてやる。魔力糸と通じて『粘液質の鞭』を更に操る。
だが、距離は10メルテも離れている上、地面を経由しているので思ったように反応しない。これは想定外。しくじったか。
「小細工を!」
しかし、流石は最強の名を冠する魔法使い。レイストリアは不快そうに眉をひそめたが、対応は冷静だった。
『粘液質の鞭』を『聖なる花弁の守り』の向きを変えることで容易に切断、中和して無効化する。
物理的に転ばせて場外を狙ったが、惜しくも失敗。場外による勝利とはならなかった。
「おぉ……! ググレカスの奇襲に対応なされたぞ」
「流石はレイストリア殿……!」
「美しく、しかもお強い!」
やんややんやの拍手と大歓声。観客は完全にレイストリアを応援している。まぁ無理もないが。
「白いエルフ、見事なものだねぇ……! それにひきかえググレカス。アンタもうすこしマシな手はないのかい?」
「これでも精一杯やっているんだがな」
「どうだかね」
アルベリーナの声に反論しつつ、俺の攻撃ターンが終わったという魔法協会長アプラース・ア・ジィル卿の声が耳に届く。
レイストリは白銀の髪を手でかきあげて、乱れたスカートの裾を整える。そして此方をにらみつけた。
「次はこちらの番です。覚悟は良いですか? ググレカス」
レイストリアの口調は穏やかだ。
しかし、瞳には明らかな殺意に似た光が宿っていた。
<つづく>
次回、レイストリア戦決着です




