賢者のターンと五体のググレカス
次は俺が攻撃する番だ。
とはいうものの、攻める手段に乏しい。
まずは自分の力を再確認してみよう。
火炎魔法や氷結魔法は今でも使えない。何度か魔法を後付けできないかと、魔法契約を試してはみたものの、いずれも拒否されてしまった。風系の魔法や土系の魔法も似たり寄ったりの結果だった。
余程、神や悪魔と呼ばれる上位存在に嫌われているのだろう。真名による魔法契約という、ある種の「使用許可」が得られなければ、魔法は使えない。
例外は、生来持っている魔力特性だ。生まれながらにして魔力を有し、同系統に属する魔法ならば使えるのだ。それが魔法の理でもある。
俺の持つ魔力特性を一言で言い表すのは難しいが、精霊魔法に近いだろうか。霊魂や精霊、純粋無垢なスライムを操る魔法に関しては、幸い「生まれつき」親和性が高いらしい。
検索魔法の根幹を成す『検索妖精』や、その統率個体とも言える妖精メティウス。燐光を放つ鬼火の妖精、ウィル・オ・ウィスプは古き友人のように協力してくれる。
他に、呪文詠唱無しで自由自在に使えるのは『粘液魔法』。そして魔法力そのものを意味する『魔力糸』だ。つまりこれらに頼る魔法を駆使し戦う以外に無い。
さて、どうしたものか……。
相手はスヌーヴェル姫殿下の近衛魔法使い、最強の名を関するレイストリアだ。
初っ端から極大級魔法を放ってくるとは思わなかった。『清らかなる断罪の十字架』という魔法は明らかに殺傷力がありすぎる。
最強の『隔絶結界』で防御することで、なんとか耐え抜いたが、あれは普通の魔法使いなら跡形もなく消し飛んでもおかしくはないレベルの魔法攻撃だった。
ならば、こちらも返礼として奥の手で応じるべきか。
例えば、DDOS攻撃――『分散型神域サービス妨害攻撃』を励起し、戦域全体の魔力を消失させてやる。魔力を一気に消耗させ、無防備になったところをスライム攻めしてやるのも一興だ。
いや……しかし、彼女には通じないだろう。
ハイエルフである彼女の魔力総量は桁違いに大きい。「魔力切れ」を狙おうにも、おそらく此方のほうが先に魔力切れになりかねない。
変化に乏しい表情から窺い知ることは難しいが、レイストリアは今、自信に満ち溢れ戦いを愉しんでいるように思える。
こうしている間にも悠然と、足元の円を中心に美しい魔法円を描いている。どうやら此方の攻撃を防ぐ、防御結界の準備に入ったらしい。
ぐだぐだ考えても仕方がない。俺は賢者らしいやり方で戦うしかない。
「では、行かせてもらいます」
俺は両手を動かし、それっぽいポーズを取りながら『演出魔法』を励起。大勢の見物客、それも魔法使いの目を欺くため、キラキラとした光の渦で演出する。
「おぉ……!?」
「光のヴェールに包まれたわ!」
「な、なんじゃぁ、あの魔法は?」
「魔法円も何も、ここからでは見えないな」
さらに念入りに、『視界規制魔法』の白バージョンを展開。周囲に半透明のモザイク状の光学タイルをランダムに発生させ、視界を遮り手の内を隠す。ちなみにこれも元を辿れば燐光魔法の応用だ。光の三原色を駆使し、カラーバリエーションを生み出している。
ざわ、ざわ……! と中庭のバルコニーで注視していた魔法使いたちが驚きと戸惑いの声を上げる。真っ向勝負は避け、とことんトリッキーな攻めを使うことにする。
「あ、あれは……! かつて闘技場で、カンリューンの四天王と決闘をした時に使った魔法じゃ!」
「そうなのですか魔法兵団副団長殿ーッ!?」
「あぁ、間違いない。この目で見ておったからな。相手の魔法を腐ったカボチャ汁に変えた、実に卑劣かつ侮辱的……いや、痛快な勝負じゃった」
「賢者様が仕掛けるぞ!」
俺は光の渦の演出に身を隠しながら、地面に手をつく。
――粘液魔法!
ドボドボと手の先から、大量の粘液質の人造スライムを地面に流し、染み込ませる。
これがまず第一の準備。地下侵攻の一手だ。
続いて即席でゴーレムを生成する。
手の先から魔力糸を大量に放出。地面の芝生の土に、人型になるように密集させて這わせてゆく。更にそれを複雑に絡み合わせ、人体の神経のように土を包み込む。
あとは『形態維持魔法』を複数ブロックに分けて励起。これが人体を模したゴーレムの手足や胴体といったパーツになる。そして互いに関節を形成し、協調制御して動作するように『自律駆動術式』を流し込む。
これがお得意のゴーレム生成魔術の詳細だ。
実績のある『フルフル』『ブルブル』や、以前王城で励起してみせた土のゴーレムのように、準備済みのゴーレム制御術式ライブラリを流用する。
中でも安定的で強固な、単純であるがゆえに信頼性の高い『第一世代ゴーレム制御用』の術式を流し込む。
ボゴッ……と足下の地面から、マンドラゴラでも引き抜くかのように、人型のゴーレムが両手を地面について起き上がった。
「おぉ……!? ゴーレムだ! 光の渦の中でゴーレムを生成しておるぞ」
ある程度の高い位階にいる魔法使いだろうか。二階のバルコニーから『視界規制魔法』の視界偽装の壁を、突破して視ているものもいるようだ。
実は、細目で見るとなんとなくモザイクが消えたように見えるので、そんな視界クリアの魔法でも使ったのだろう。
「ご推察の通り、ゴーレムで攻めさせてもらう」
生成したのはもっとも原始的なゴーレム。100%術者が制御するタイプのものだ。
一挙手一投足に至るまで、術者が魔力糸制御する必要がある。俺の場合は『自律駆動術式』により半自動化して省力化しているが、言わば「1.5世代」に分類される旧式だ。
「さぁ、立て我が忠実なる下僕」
俺は右手をゴーレムに添え、地面から引き起こすようにして、身の丈と変わらないゴーレムを起立させた。
この瞬間、ゴーレムに『逆浸透型自律駆動術式』を非活性状態で感染させ、運搬役とする。
感染させたのは、魔力糸の伝達阻害用の『逆浸透型自律駆動術式』だ。それも魔法円励起後に発動して阻害する遅延起動型。魔法円完成直前に阻害する悪質なものだ。
――更に『認識撹乱魔法』を超駆動!
ヴゥンン……! と軽い振動音と共に、ゴーレムの体表面を偽装。俺そっくりの素敵青年に見た目を変化させる。
そして、さらに5体に増殖させた。
この瞬間、賢者のマントを大きく広げ、俺はあるトリックを使う。
複数に増やしたゴーレムのうち、もちろん一体だけが実体を伴う本物だ。
『『『『『グレグレ』』』』』
「お、おぉおお!?」
「な、なにぃ……!?」
「ゴーレムが賢者様の姿にぃっ!?」
「しかも、増えたァアアッ!?」
ちなみに5体には賢者のマントは無し。青いズボンに白いタンクトップ姿という、若干間抜けな感じだがまぁいい。
「あれは……幻惑系の魔法による幻だッ!」
「ばかな! まるで見分けがつかぬぞ!?」
ギャラリーも素人ではない。宮廷の魔法使いたちは目が肥えていてレベルが高く、次々と手の内を解説される。やりにくいが狙い通りに視線を集める効果はあった。
ゴーレムの分身には『認識撹乱魔法』により、影の映像まで映し出して実体感を出している。
しかし、対峙しているレイストリアは相変わらず涼しげな顔で、前髪の乱れを直したりする余裕させ見せる。
「……行け!」
俺がバッ……! と手を差し向けると同時に、ググレカス・ゴーレム軍団5体が猛ダッシュ。レイストリア目掛けて襲いかかった。
両手を上げて大股で走る姿はいささか不格好だが、まぁ視線を集めるには都合がいい。
無表情のはずのハイエルフの眉が、ピクリと動いた。
「くだらぬ」
レイストリアは吐き捨てるようにそう呟くと、舞うような美しい仕草で軽く右腕を一閃。
すると次の瞬間、先頭を走っていた一体のゴーレムの幻が真っ二つに裂けた。
『グレッ!?』
<つづく>




